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『インフルエンザの検査は明日に』救急外来でなぜ説明される?

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(写真:アフロ)

インフルエンザの流行期に入ったとき、外来は大変な混雑になります

写真AC
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毎年のことですが、インフルエンザの流行シーズンには、外来は大変な混雑になりますね。私も、夜間の救急外来で160人の診療をしたこともあります。

そんな外来では重症患者さんを見逃さないように、そして必要最低限の情報をお話することで、どうしても精一杯になってくるのです。

もちろん皆さんは、そういったときだからこそ医師に聞きたいことがたくさん出てくるに違いありません。

ですので今回は、医療者と患者さんがすれ違いやすい、インフルエンザの検査に関してお話ししたいと思います。

インフルエンザにおいて一番こわい合併症は脳炎や脳症です

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インフルエンザの多くは、確かに自然に改善します。

しかし、一部は重症化して入院する方もでてきてしまいます。

そして最も重篤な合併症のひとつが『インフルエンザによる脳炎や脳症』です。

たとえば2013年から2015年まで行われたオーストラリアの14歳以下の子どもにおけるインフルエンザ関連脳炎や脳症の発生における検討があります。

その結果、インフルエンザ関連脳炎/脳症は100万人中2.8人でした。

決して多いものではありませんが、一旦発症した脳炎や脳症は、先進国であるオーストラリアでも、重篤な後遺症を半数に残したそうです(※1)。

※1) Britton PN, et al. Clinical Infectious Diseases 2017; 65:653-60.

夜間の救急外来に受診される保護者さんの中には、『脳炎になっていたらどうしよう』といった心配事をかかえて受診される方もいるでしょう。

この報告では、脳炎や脳症を起こしたお子さんの中には予防接種をされている方がゼロだったとされています。

もちろん、インフルエンザの予防接種をしたから絶対に脳炎や脳症にならないという意味ではありませんが、予防接種はとても重要だという理由のひとつに脳炎や脳症を減らす可能性があるということを知っていただきたいと思います。

それでもインフルエンザに罹ったかな?と心配になったとき

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どんなに予防策をしていてもインフルエンザに罹ってしまうこともありますよね。

流行シーズンだからこそインフルエンザに罹ってしまうのですし、場合によっては混み合った夜間の救急外来に受診しなければなりません。

わたしは、心配事があるならば受診していただきたいと思っています。

ただ、その受診前に、いくつかのサイトやアプリを確認してみてほしいと思います。

今のうちに、お手持ちのスマホにインストールしておくと、慌てずにすんで良いかもしれません。きっと大きな味方になってくれることでしょう(※2) (※3)。

※2)Q助

※3)教えてドクター!

もちろんそれでもご心配なときもあるでしょう。

その心配を減らしたり、重症ではないかどうかの判断をするためにあるのが救急外来です

救急外来で、『インフルエンザの検査は明日かかりつけ医で』と説明されたけど、それは正しいの?

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混み合った救急外来で、ようやく診察を受けたとき。

『今は問題なさそうです。インフルエンザの検査は翌日に行いましょう』と説明されることもあるかもしれません。

『できたら、すぐ検査をしてほしい』というお気持ちも良くわかります。

なぜ、そのような説明があるのか説明いたします。

インフルエンザの検査は一般的には鼻に綿棒を奥までいれて鼻水を取り、その中にインフルエンザウイルスがいるかどうかをみる検査です。

しかしインフルエンザウイルスの量が少ないと、陽性になりにくいのです。

例えば、2009年の新型インフルエンザの流行期にインフルエンザを疑うような症状のある患者から採取された432検体からの検討があります。

この研究では、インフルエンザの検査キットでインフルエンザ患者であるひとをインフルエンザと区別できた率(感度)を、症状がではじめてから検査までの日数ごとに調べました。

すると、症状がではじめた1日目では感度は61%でした(つまり4割は外れました)

そして2日目では92%にあがり、3日目では59%に下がりました(※4)。

※4)Kwon D, et al. Journal of clinical microbiology 2011; 49:437-8.

これは、他の研究でも似たようなものです。

多くの研究をまとめた検討でも、症状がではじめてから検査までの日数を考えずに検査すると感度は6割くらいなのです(※5)。

※5)Chartrand C,et al. Annals of internal medicine 2012; 156:500-11.

なお、症状が出始めてからの日数により検査の精度を検討した研究結果(※4)は、いわゆる2009年に流行した新型インフルエンザ、すなわちインフルエンザA型で行われた研究です。

インフルエンザはA型とB型があります。

そしてインフルエンザの検査は、どちらかというとA型が陽性になりやすく、B型が陽性になりにくいのです。

例えば1~3歳の子どもを対象にした研究では、24時間以内でもA型であれば、感度も9割あったという報告もあります。

ただし、感度が高かったのはA型のみで、B型は25%しか陽性にならなかったという結果でした(※6)。

※6) Heinonen S, et al. European journal of clinical microbiology & infectious diseases 2011; 30:387-92.

検査をいそいでしない場合もあります。それは検査の精度にも由来します

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こんな理由から、症状が出始めてから24時間以内に検査をしなければならないというケースはほとんどないことがわかってきています。

ですので、インフルエンザの検査を夜間は原則実施しないという医療機関も増えてきました(※7)。

※7)東京都立小児総合医療センター 救急診療(ER)について

夜間救急の受診がいけないという意味でも、インフルエンザの検査が不要という意味でもありません

そして、インフルエンザ治療薬は、たしかに発熱の期間を短くします。

しかしその短縮期間はせいぜい17時間程度であり、それ以外の効果は、合併症の中耳炎を3割減らす程度です(※8)。

一番心配な脳炎や脳症のリスクは減らすという証拠はほとんどないのです。

※8)Malosh RE, et al. Clinical Infectious Diseases 2017; 66(10): 1492-500.

検査を急ぐことをあえて避けるケースもあるのだということをご理解いただければ嬉しいです。

そしてこの記事が、患者さんと医療者のお互いの誤解を少なくすることを願っています。

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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