Yahoo!ニュース

NewJeans「日本デビュー」の成功は、日本と韓国の音楽の境界線を溶かす

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:NewJeans公式サイト)

「日本デビュー」を6月21日に果たしたNewJeansが、次々に日本で大きな話題を巻き起こしています。

デビュー当日には朝からテレビ局の情報番組に出演したのを筆頭に、複数の日本の音楽番組に出演。その勢いで「日本デビュー」曲の「Supernatural」が、21日付のオリコンのデイリーシングルランキングで1位を獲得します。

さらに、26日、27日には、東京ドームにて海外アーティスト史上最速となる単独公演を開催。9万人以上のファンを動員して成功を収めただけでなく、当日のハニさんがカバーした「青い珊瑚礁」が日韓でXのトレンド入りもするなど、SNS上でも大きな話題となりました。

参考:NewJeans HANNI「青い珊瑚礁」カバー大反響で日韓トレンド入り 「大優勝」「選曲天才」「おじさん狙い撃ち」とファン大興奮

ここで注目したいのが、NewJeansの「日本デビュー」が、これまでの日本と韓国の音楽業界の常識を大きく変えようとしている点です。 

「日本デビュー」は日本語版リリース?

NewJeansは韓国の5人組ガールズグループですが、日本でも昨年の紅白歌合戦に出場するなど、既に日本にも多くのファンがいるグループです。

そもそも、デビューしたのは2年前の2022年7月になりますから、現段階で「日本デビュー」と言われても戸惑う方も少なくないと思います。

この「日本デビュー」というのは、主にK-POPにおいてよく使われる言葉で、基本的にはK-POPのアーティストが、日本向けの日本語曲などをリリースし、日本市場向けの活動を正式に開始するタイミングで使われることが多いようです。

あのBTSも、2013年6月に韓国デビューした後に、2014年6月に「No More Dream」という既存曲の日本語版をリリースし、「日本デビュー」をしていますし、最近ではLE SSERAFIMが2022年末の紅白歌合戦に出場するにあたり、わざわざ翌年の1月25日の「日本デビュー」時にリリース予定だった「FEARLESS」の日本語verを先行して披露したのが象徴的な事例と言えます。

日本でも若い世代は、K−POPの韓国語の歌をそのまま聴く人が増えているものの、日本向けに大々的にCDを販売したり音楽番組に出演したりと、本格的に活動しようと思うと、日本語版の楽曲をリリースすることが暗黙の必要条件になっていたわけです。

NewJeansの「日本語曲」は「三カ国語曲」

しかし、今回のNewJeansの「日本デビュー」の楽曲である「Supernatural」と「Right now」の2曲で注目されるのは、どちらもNewJeansの既存楽曲の日本語版でもなければ、日本専用の日本語曲でも無く、日本語と韓国語と英語の三カ国語が入り交じったトリリンガルな楽曲であると言う点です。

当初「Supernatural」に収録されている「Right now」が6月17日に先行公開されたときには、多くの日本メディアが『日本語曲「Right Now」のMV公開』と報道していましたが、実際に聞いていただければこの曲が日本語曲ではなく三カ国語曲であることが良く分かると思います。

また、通常のK-POPの「日本デビュー」の楽曲には「Japanese Ver」などの表記がされるのが普通ですが、NewJeansの「日本デビュー」曲にはそうした表記もありません。

もちろん「Supernatural」が発表された直後から「90年代のSMAPを思い出す」という声がネットでも話題になったように、明らかに二つの曲は日本市場を意識して作られた楽曲ではあります。

参考:「90年代のSMAPを思い出す」 人気韓国グループの“革命的な日本デビュー曲”にさまざまな声 「歌詞はこういう方法もあるのか……」

ただ、日本専用の日本語曲ではなく、あくまで通常のNewJeansの他の楽曲同様に全世界向けの楽曲であり、だからこそ韓国のチャートでも1位を獲得することができたと言えるわけです。

ある意味、今回のNewJeansの「日本デビュー」曲には、音楽において、どの「言語」で歌ってるかをそんなに気にする必要ありますか?というメッセージが込められているようにも思えてきます。

韓国語曲のまま世界中でヒット

振り返ってみると、そもそもNewJeansのヒットの歴史は、そうした言語の壁を軽々と乗り越えてきた歴史でもあります。

NewJeansの楽曲は基本的に全て韓国語曲ではありますが、歌詞のほとんどが英語で占められています。

だからこそ英語曲を出さないまま、米国のビルボード200で1位を獲得するという快挙を成し遂げることができたわけですし、デビュー1年で米国の大型音楽フェスティバル「ロラパルーザ・シカゴ」に7万人もの観客を集めたライブを成功させることができているわけです。

参考:iPhoneコラボに、全米1位。NewJeansが確立した新しい世界ヒットの作り方。

またNewJeansは日本においても、今年の「日本デビュー」をする前に日本の「音楽の日」や、紅白歌合戦での音楽番組での韓国語歌唱を行った第一人者でもあります。

すでに韓国語の楽曲で、紅白歌合戦出場まで果たしてしまっているほど、日本で大きな人気を得ているNewJeansが、「日本デビュー」のために既存楽曲を日本語曲にする必要はそもそもなかったと言うこともできます。

それにもかかわらず、今回「Supernatural」と「Right Now」をわざわざ日本語を含む三カ国語曲にしてリリースするぐらい、日本を重要視してくれているということは、NewJeansの日本のファンだけでなく、日本の音楽界にとっても非常に意味があることだと言えます。

NewJeansメンバーが日本のヒット曲をカバー

特に日本の音楽界にとって更に良いニュースと言えるのが、NewJeansが今回の東京ドームのライブにおいて、本気の日本コラボを多数披露してくれた点です。

象徴的なのは、ミンジさんがVaundyさんの「踊り子」を、ヘインさんが竹内まりやさんの「プラスティック・ラブ」を、そしてハニさんが松田聖子さんの「青い珊瑚礁」と、メンバーが日本のヒット曲をカバーしてくれたことです。

筆者も幸いライブの初日にこのパフォーマンスを目の当たりにすることができましたが、これらのカバーは、単純にカラオケ的に字幕をみながら歌ったというレベルのものではなく、メンバーそれぞれが、その楽曲に思い入れやリスペクトを感じていることが伝わってくる素晴らしいカバーでした。

その反響の大きさは、ソニーミュージックが、6月28日に松田聖子さんの「青い珊瑚礁」の武道館ライブの映像をYouTubeに急遽公開したことからも伝わってきます。

また、こうした反響を受けて、7月6日放送の「THE MUSIC DAY 2024」では、ハニさんとヘインさんによるカバー曲のパフォーマンスも披露されることになったようです。

参考:NewJeans・HANNI、大反響の「青い珊瑚礁」カバーをテレビ初披露へ 『THE MUSIC DAY』でHYEINとソロ出演も

さらにNewJeansの今回の東京ドーム公演では、1日目にはYOASOBIと、2日目にはリナ・サワヤマさんとの素晴らしいコラボステージも披露しています。

ある意味NewJeansというグローバルスターが、日本のヒット曲やアーティストを世界に紹介してくれる入り口になってくれているとも言えるわけです。

MCもトリリンガルMC

さらに今回の東京ドーム公演で興味深かったのは、NewJeansのメンバーが当日のMCを「日本デビュー」曲同様に、日本語、韓国語、英語の三カ国語が混ざったトリリンガルなMCで実施していた点です。

当然、韓国語が分からない筆者には、韓国語部分のMCは意味が分かりませんでしたが、それも含めて三カ国語をちゃんぽんでMCを行う姿こそが、等身大のNewJeansであるというのが強く伝わってくるMCだったとも言えます。

特に今回の東京ドーム公演に向けてかなり日本語は練習されたようで、全員が大事なポイントでは日本語でMCをされていたのは、NewJeansの日本に向けての本気度が伝わってくる印象もありました。

下記の1年前の会見で、たどたどしく日本語の単語を披露している映像と比較していただくと、その日本語の進化は歴然でした。

10代にして、世界的スターにのぼりつめたNewJeansのメンバーが、その多忙なスケジュールの中、日本のアーティストの楽曲をカバーしてくれたり、日本語を真剣に学んでくれているという事実は、間違いなく非常に大きいはずです。

日本と韓国の音楽の境界線は既に溶け始めている

日本と韓国は近い国ではありながらも、様々な歴史的経緯がある複雑な関係の国でもあります。

特に韓国においては20年前まで日本語歌詞の音楽の放送が禁止されており、お互いの文化が政治的に遮断されてきた歴史もあります。

ただ、ここ数年日本においても若い世代を中心にK-POP人気が高まり、韓国においてもJ-POPのアーティストのライブが多数開催されるなど、徐々にお互いの文化が影響し合うようになってきています。

参考:YOASOBI King Gnu 羊文学 J-POPアーティストが韓国で公演ラッシュ K-POP発信地でなぜ?

昨年の紅白歌合戦におけるYOASOBIの「アイドル」におけるNewJeansをはじめとする多くのアーティストとのコラボも象徴的な出来事だったと思いますし、今年に入ってからも、すでにNumber_iとジャクソン・ワンさんがコーチェラで「GOAT」のコラボを行ったり、BE:FIRSTとATEEZがコラボ楽曲を発表したりと、J-POPとK-POPのコラボも増え始めています。

今回のNewJeansの「日本デビュー」は、ある意味そんな新しい日本と韓国の音楽の新しい関係を象徴するような、両国の境界が溶けていく時代を象徴する出来事と考えるべきなのかもしれません。

noteプロデューサー/ブロガー

新卒で入社したNTTを若気の至りで飛び出して、仕事が上手くいかずに路頭に迷いかけたところ、ブログを書きはじめたおかげで人生が救われる。現在は書籍「普通の人のためのSNSの教科書」を出版するなど、noteプロデューサーとして、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についてのサポートを行っている。

徳力基彦の最近の記事