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「球界のご意見番」、エモやん。フライボール革命に物申す

阿佐智ベースボールジャーナリスト
メジャーリーグではボールを高々と上げる「フライボール革命」が進行している(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 昨年あたりから、打法が変わってきている。これまで日本の野球では、ゴロを転がすことがバッティングの鉄則とされ、指導者もこれを金科玉条のように扱ってきたが、メジャーリーグではここ近年、ゴロよりフライの方が安打になる確率が高い、という研究結果に基づき、アッパー気味のスイングからボールを上げる打ち方が主流となりつつあるのだ。いわゆる「フライボール革命」である。アメリカで流行れば、日本でも流行るのは、野球に限らない。日本の野球も、メジャーリーグの影響が強くなったここ20年ほどで大きく様変わりしているが、そういう「アメリカ至上主義」に、「球界のご意見番」、ご存知、江本孟紀が切り込んだ。

江本孟紀はアメリカ一辺倒の球界に複雑な思いをもっている
江本孟紀はアメリカ一辺倒の球界に複雑な思いをもっている

アメリカ野球にも精通している「ご意見番」

 名解説者として、古希を過ぎた今でも活躍している江本だが、これまで、球界の発展のためにと、米国球界との関係も築き、独立リーグのコミッショナー、クラブチームをつれてのトライアウトツアーなど様々な活動にも携わってきた。今でも、手持ち弁当でメジャーキャンプの訪問は欠かさないと言う。その江本の目には、アメリカ野球が全面的に日本野球の見本とはならないと映る。

「毎年、もう何十年もアメリカのキャンプには行っているんだけどね。その時、マイナーも見に行く。1A、2Aぐらいのやつらはもう、最近振り回してばっかり。小さいやつでもそう。バッティングはもう、技術優先ではなくなってきているね。これは駄目だと思う。野球って、パカパカ打つだけじゃないんだよね。やっぱり作戦であったり、投手交代であったり、そういうところも観客は見に来ている」

 かつて、日本の野球は「箱庭野球」と揶揄された。野球の醍醐味であるホームランが少なく、そのため細々とした作戦が多く、それが魅力をなくしていると。しかし、江本は言う。フィールドでの作戦もまた野球の見どころなのだと。

ベンチワークも野球の醍醐味

 往年の阪急ブレーブスのエース、山田久志は、試合開始直後の第1球目は一種の儀式のようなもので、打者は手を出すべからずという哲学をもっていた。しかし、昭和の大エースがマウンドを去り、平成時代が終わりを告げようとしている今、試合開始直後の初球を待つ一番打者はほとんど見かけなくなった。そのあたりについて江本に話を向けるとこのような答えが返ってきた。

「まあ、初球から手を出すというのは、作戦のひとつであって、ある種の流行でもあるんだけれども。昔は初球から打ってくるのはピッチャーだけやったね。野球の違いとかいろいろあるけれども、解説やっている立場からすると、ベンチの采配が、最近はバカの一つ覚えなんだよね。打てないから初球からどんどん行けと。いいピッチャーは、初球から打ってくれるバッターが一番楽なんです。初球からというのは、打つほうの発想なの。だからろくなバッターが増えないんです」

東映にドラフト外で入団した江本は、たった1シーズンで南海にトレードに出されてしまう。当時の南海の監督は、あの野村克也。ここで、江本は、のちの「ID野球」、当時「シンキング・ベースボール」と呼ばれた野村野球の薫陶を受け、その素質を開花させる。その江本の目からは、初球から手を出すなら出すで、それなりの根拠が必要だと映る。

「野村さんなんかと野球をしたときのミーティングなんて、1球目、このバッターにはなにを投げるというところから始まるの。何を投げるかを決めたら、今度ストライク入ったら、次の球、何投げる。ボールだったら何投げる。そういうシミュレーションなんだね。野球ってそういうスポーツなの。ボールが来たからえいや、でやるスポーツじゃないの。だからやっぱり、野球の面白さを意識しないと。一時のブームだけだったらやっぱりダメ」

 そういう江本の目には、「フライボール革命」も一時のブームのようにしか映らない。

「アメリカの野球、アメリカの野球っていうやつの多くは、日本で成功してないんですよ。彼らが言っていることが正しいわけではないから。やっぱり頭とトレーニングの両方やらないと」

 

「2番打者最強」説の裏側

 フライボール革命とともに、アメリカで流行っているのは2番にスラッガーを置く「2番打者最強」説だ。江本に言わせれば、これもアメリカと日本のシステムの違いから生じたもので、決して「真理」ではない。

「昔、クラブチームの監督していたんで、アメリカにも連れて行ったことがあるんですよ。その時、マイナーリーグのチームと練習試合を組むんだけど、まず、相手のシートノックのときのキャッチャーの肩を見るんです。ほとんどみんな肩が悪い、下手だし。だからランナーが出たら、一発目、1球目か2球目に走らせると、99%成功です。

 でも、日本のプロ野球なんかは1球目からいかない。ピッチャーは1球目から盗塁を警戒する。そうするとカウントが詰まってくるわけですよ。そうなると逆に、ランナーの方も硬くなってスタートが悪くなるんですが、それはプロ野球なので、しょうがないです。プロはそこから走って成功させます。だけど、アマチュアとかレベルの低いところは、それやったらまず走れない。逆にキャッチャーは、1球目に走られたらびっくりして、いい球投げられない。あれなら2番バッターが、バントしないのは当たり前ですよ。

それに、向こうのマイナーは、戦法で勝つということよりも、打者を育てたいわけ。だからバントするよりも、2番だろうと3番だろうと打たせて、そのバッターのレベルを上げようとする」

そういうマイナーで育った選手が最終的にはメジャーに上がってくるので、結果的に2番打者も小技よりも大物打ちになってしまう。これが「2番打者最強」説の裏側だと江本は言う。いわゆる「フライボール革命」もその延長戦上にあるのだろう。つまり選手を育てる土壌が違うところに結果論だけ持ってきても有効なものにならないのだ。

「そこをみんな勘違いしていて、2番打者最強だと言っているけれども、例えば、菊池(広島)の打率は.233。打ってないんだよ。2番が打てなくても優勝できるわけですよ。広島なんかそういう野球をしている。なのに、下手なやつは、2番最強打者とかいって、アメリカのマイナーでやることをやっている。マイナーはそうだけど、メジャーは、打順がそうでもやっぱり作戦が勝負。それに向こうは、素質だけでやっぱりやるんです。素質のあるやつがたまたま、チャンスと重なって、成績を上げている人だけが残っているんです。その人の運と、チャンスを与えたときにどれだけ生かせるのか、精神力を持っているか。それから練習を本当にちゃんとやっているのか向こうはそこで決まります。だから1から10まで教えてうまくなったら、全員うまくなる。やっぱりそこは見ておかないかん。

 もう1つは、マイナーの選手はやっぱりフォームが悪いんです。そういうのを全部総合して、野球ってものを考えなければいけない」

 明日からいよいよプロ野球のキャンプが始まる。各打者はそれぞれの思う方法でトレーニングを積んでいき、開幕までに今シーズンバージョンの打撃を仕上げていく。キャンプを訪問する多くのファンのお目当ては、やはり柳田(ソフトバンク)、山川(西武)らが「特打ち」で連発する柵越えの打球だろう。しかし、江本のこの声を参考に、フィールドの隅にまで目をやれば、日本野球がこれまで営々と築いてきた「匠の技」が磨かれているところを見ることができるかもしれない。

(文中の写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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