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藤井聡太七段(17)王位戦リーグ2連勝で快走 上村亘五段(33)との難解な戦いを制して勝率も8割復帰

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 3月20日。大阪・関西将棋会館において王位戦リーグ白組2回戦▲上村亘五段(33歳)ー△藤井聡太七段(17歳)戦がおこなわれました。10時に始まった対局は19時44分に終了。結果は118手で藤井七段の勝ちとなりました。

 リーグ成績はこれで藤井七段2勝0敗、上村五段は0勝3敗となりました。

 藤井七段はこれで今期成績は48勝12敗。勝率を8割に戻しました。

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 今年度も残りあとわずか。藤井七段はこのまま負けることなく、勝率8割オーバーでフィニッシュできるでしょうか。3月24日には王位戦リーグで稲葉陽八段と対戦します。

藤井七段に「負けなし」の上村五段

 藤井七段は1回戦で羽生善治九段に勝っています。

 一方の上村五段は2回戦で羽生九段と対戦。終盤まで五分にわたりあいながら、最後は惜しくも敗れています。

 藤井、上村の両者は互いに四段だった2017年9月22日、銀河戦(テレビ棋戦)で対戦。上村四段が88手で会心の勝利を収めています。藤井四段にとっては公式戦通算7敗目。後手番で藤井四段に勝ったのは、上村四段が初めてでした。

 以来、上村五段は、藤井七段と対戦して「負けなし」の数少ない棋士の一人として、たびたび言及されてきました。

 局後、上村五段は次のように語っています。

上村「前回は前回で、今回は今回で、心機一転して、指そうと思っていたので、過去のことは忘れてという気持ちだったんですけれども・・・」

 本局の先後は組み合わせ抽選時にあらかじめ決まっていて、上村四段が先手。戦型は角換わり腰掛銀となりました。

 序盤は互いに間合いをはかりながらの駒組。開始から1時間ほどして、後手番の藤井七段の方から歩を突いて動きました。

 昼食休憩後、上村玉の上部で両者の駒が威勢よくぶつかり、本格的な戦いが始まります。ただし、藤井七段は上村五段の受けの応手を少し軽視していたようです。

藤井「ちょっとそれ以降は自信のない展開が続いてしまった印象です」

 藤井七段は飛角交換の成果をあげました。対して上村五段は桂を跳ねて反撃に出ます。形勢はほぼ互角で、バランスが取れています。

 藤井七段は強力な飛を上村陣に打ち込んで横から攻めるのに対して、上村五段は藤井玉の上から押していきます。形勢は難解ながらも、上村五段の上手い指し回しが功を奏して、やや上村ペースとなったようです。

天才の香打ち

 75手目。藤井七段におそるべき一手が出ました。それが△8五香という手です。ねらいは先手の8六銀取り。8一に飛車がいるので、威力ある二段ロケットの攻め。そこまではわかります。

 ではなぜ香を離して下からではなく、くっつけて上から打つのか。格言は「香は下段に打て」「遠くから打て」と教えています。縦にまっすぐどこまでも進める香は、ほとんどの場合、下にいる方がいいわけです。それをあえてそうしない意味は何なのか。観戦者には当初、その意図がさっぱりわかりませんでした。

「本当に人がそこに打つんですね」

 解説の高見泰地七段はそう感じ入っていました。

 結局のところ――。またしてもここは、藤井七段の才能爆発という場面でした。いい手なのは、将棋ソフトがその手を最善と示しているところからも明らかです。

 進んでみると、藤井七段の意図が明らかとなります。

 上村五段は中段、攻めの要所に角を打ちます。これは藤井七段の8一飛車取りになっています。藤井七段はすぐに△8四飛。四段目に浮いて逃げます。この時、香を上から打った効果が現れ、縦に逃げるスペースが広いことがわかります。

 形勢は上村五段にとってわるくはありません。しかし最善手が何なのかは、相当に難しいところです。王位戦リーグの持ち時間は4時間。藤井七段が先行して時間を使うのに対して、上村五段も次第に時間がなくなっていきます。

 上村五段はじっと一段目に金を引きました。浮いている金にひもをつけながら、後手の一段龍の利きを遮断し、人間の目には落ち着いたよさそうな手にも見えます。上村五段がわずかにリードで難解な終盤戦に入りました。

 藤井七段は上村玉にねらいをつけ、桂を控えて打ちます。

藤井「自信のない局面が続いていたんですが、△6四桂と打って、少し難しくなったのかなと思いました」

 藤井七段の控えの桂に対して、上村五段は一段目に▲4九香と打ちました。これぞまさに「下段の香に力あり」の格言通り、常識通りの一手。藤井七段の龍の利きを二重に遮断して、相手陣にまで利かせています。しかし将棋ソフトの判定では、この手でわずかに差が詰まり、形勢はほぼ互角。将棋は例外が多すぎる、難しすぎるゲームとしか言いようがありません。

 両者ともに終盤で最善に近い手が続き、勝敗不明のまま局面は推移していきます。残り時間は両者ともに10分を切りました。

 最終盤のきわどい競り合いを制したのは、藤井七段でした。6八にいる上村玉へ王手で打った△4六角が大局を制しています。上村五段は合駒を打つしかありません。そこで藤井七段が桂を跳ね出せば、詰めろとともに、9一龍取りになります。

 藤井七段が勝つように、偶然うまく駒が配置されているように見えてしまうのが不思議です。しかしもちろん藤井七段は、偶然ではなく、深謀遠慮でそう進めているわけです。

上村「ずっと難しい展開かなと思っていたんですけれども、終盤△4六角と打たれた局面で負けになってしまった印象で。ずっと難しくて、指していてわからない将棋でして・・・。ずっと難しかったかなと思います」

 さあ藤井七段が桂を跳ねて華麗なフィニッシュへ・・・と思ったら、そうではありませんでした。藤井七段はあらゆる変化を含みとして、上村五段の下段の香をじっと取ります。これもまた藤井七段の強さを感じさせる一手です。

 上村五段は歩を打って藤井玉に迫ります。

 藤井七段が最後に用意していたのは、詰めろ龍取りをさらに上回る、上村玉の23手詰でした。いつもながらに鮮やかな決め方で、藤井七段が難解な一局を制しました。

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 藤井七段はこれでリーグ2連勝です。

藤井「ここまではいい結果が出ていると思うので、次戦もすぐにあるのでいい状態で臨めればと思っています」

 一方の上村五段は、前局の羽生九段戦に引き続き、終盤で競り負けるという結果となりました。

上村「本局は非常に終盤に切れ味を発揮されて、届かなかったなという印象です」

 藤井七段は王位戦リーグは残り3戦。3連勝すれば文句なしの白組優勝ですが、次戦の稲葉八段をはじめ、残るメンバーも強力です。まだどうなるのかはわかりません。

 そして藤井七段は今期成績を8割に戻しました。史上初の3年連続8割超えは達成できるのでしょうか。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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