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【ジャニーズ、児童虐待問題】中田敦彦氏の〈YouTube大学〉に補足コメントします

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:イメージマート)

■はじめに

 先日、中田敦彦氏の〈YouTube大学〉で、今大きな話題になっている「ジャニーズ、児童虐待問題」が取り上げられました。私もこれを視聴しましたが、複雑な内容が丁寧にまとめてあって、問題(事件)の本質がよく理解できたとともに、彼の勇気ある行動に感服し賞賛したいと思います。一人でも多くの人に観ていただきたい動画だと思いました(現在、再生回数が300万回を超えています)。

 ところが残念なことに、この動画を観た方々のコメントを見ると、法的な理解についての誤解が散見されますので、刑法学者として少しだけ法的な状況について補足したいと思います。

 動画の〈41:46〉あたりから日本の法的状況についての説明があります。だいたい次のような内容です。

  1. 明治40年制定の刑法が、刑法の一部改正があった2017年までアップデートされてこなかった。
  2. つまり、強姦罪(現在の強制性交等罪)の被害者は女性のみであり、少年たちの性被害が当てはまっていなかった。
  3. また、手段として「暴行か脅迫」が必要で、拒否できなかったというだけでは犯罪の成立が難しい。
  4. 性的同意年齢が13歳である(13歳未満ならば、暴行・脅迫は不要)。
  5. 2017年に一部改正されたが、現在も少年たちは保護されていない。

 このような説明は刑法典における性犯罪の説明にはおおむね当てはまりますが、特別法に目を転じると、児童の性被害を保護するための処罰規定がかなり作られてきていますので、法秩序全体から見ると、中田氏の説明は不十分であり、誤解を与えかねない内容になっています。

 そこで、この点について補足的なコメントを行ないたいと思います。

■児童(18歳未満)に対する性犯罪処罰規定

1.児童福祉法の犯罪

 児童に対する性的行為を処罰する法律としては、まず児童福祉法があります。

 これは、児童の福祉に関する総合的・基本的な法律として終戦直後の1947年に制定されました。日本国憲法にある基本的人権の尊重などの新しい理念を取り入れ、すべての児童の健全育成、自立、福祉増進を積極的に目指すことを目的としています。この中に「淫行させる罪」(34条1項6号)があります。

 「淫行」とは、性道徳上、非難に値する性交、またはこれに準ずべき性交類似行為のことです。その内容と当罰性は、当該性行為をその動機、目的、態様および結果等について、全体的に観察し、その時代における平均的な倫理感に照らして決すべきものとされています。

 「させる」とは、児童に対する働きかけを行なって、犯人以外の第三者を相手方として淫行をさせる場合のほか、犯人自らも淫行の相手方となった場合も含まれます。

 どの程度の働きかけを必要とするかについては、児童に淫行を強制したり、勧誘して淫行させる場合に限らず、直接たると間接たるとを問わず、児童に対し事実上の影響力を及ぼして児童の淫行を助長し促進する行為があれば足ると解されています。

 この罪が問題になる場面としては、雇用関係や(親子や教師と生徒などの)身分関係がある場合が典型です。とくに雇用者が契約などで児童を支配している場合には、児童の同意の有無は基本的に問題とならず、かりに児童が個々の淫行を自発的な意思で行った場合であっても、児童の保護が目的ですので、この罪が成立します。

2.児童買春処罰法の犯罪

 1999年にできた法律で、児童に対して経済的対償などを与えて性行為を行なうことが処罰されるようになりました(児童買春罪・4条)。

 経済的対償とは、普通は現金ですが、高価な物品、債務免除なども入ります。もちろん、同意があっても罪は成立します

 法制定の背景には、当時の世界的な児童買春ツアーや、国内での女子高生などの「援助交際」など、いわゆる「性の商品化」現象があり、これに警鐘を鳴らし、児童を保護する目的で本法が制定されました。

 「児童」は18歳未満の者ですが、被害者が13歳未満であれば、刑法上の強制性交等罪や強制わいせつ罪が成立します。

3.青少年保護育成条例の犯罪

 現在ではすべての都道府県に青少年保護(健全)育成条例が制定されています。そこでは、18歳未満の青少年に対する「淫行」または「みだらな性行為」を禁止し、違反者を処罰しています(淫行条例)。もちろん児童の同意があっても成立します。適用される刑罰は、条例によってさまざまですが、条例で設けることができる上限いっぱいの2年の拘禁刑を規定しているものがほとんどです。

 「淫行」という言葉はあいまいだとの批判がありましたが、最高裁は、「淫行」とは、青少年に対する性行為一般を指すのではなく、青少年を誘惑したり、おどすなどする不当な手段による性交または性的類似行為のほか、青少年を単に自己の性欲の対象として扱っているとしか認められないような性交または性交類似行為を意味する、としています(最高裁昭和60年10月23日判決)。

■まとめ

 性犯罪については、何よりも密室で行なわれるため、証拠が残りにくく立証が困難であることは否定できません。さらに、確かに刑法上の罪は要件が厳しく、その適用が困難なこともあります。しかし、今回の動画の中で紹介されている告発本で主張されているような行為については、すでに上記のような特別法による多くの摘発事例、処罰事例があります。

 したがって、現在まで少年たちが法制度上保護されてこなかったという点は不正確ではないかと思います。この点は、視聴者に誤解を与えるおそれがありましたので、あえてコメントしました。(了)

〈参考〉

児童に対する性犯罪を整理してみました(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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