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ゴールデン・グローブ:反トランプはどこへやら。女たちが乗っ取る中、男は黙って聞き役

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
エマ・ワトソンは、黒人女性への暴力と闘う団体のディレクターを同伴(写真:ロイター/アフロ)

 ハリウッドの授賞式番組といえば、トランプバッシング祭り。ここ1年半近く、それが常識だったが、西海岸時間7日(日)のゴールデン・グローブ授賞式は、まったく違う相手を攻撃した。女性を軽視し、抑圧し、沈黙を要求してきた、従来の男社会である。

  昨年末から女優たちの間で軽く示し合わせられていたとおり、授賞式に出席する女性たちは、全員、黒をまとって現れた。ただし、この運動「#TimesUp」を仕切る女性たちの団体が、「一致団結を示すため、ゴールデン・グローブには黒を着てきてください」と新聞広告で正式に告知したのは、年明けになってからのこと。クライアントから急遽、ドレスの変更を要求されたスタイリストやお直し屋は、この数日、大変だったそうである。間に合わなかった人や、すでに別の色のドレスを用意していた人は、胸元に「#TimesUp」の小さなバッジをつけるのでもいい、とのことだったが、舞台に立った中でこのバッジをつけていたのは「スリー・ビルボード」の監督兼脚本家のマーティン・マクドナーなど何人かの男性だけ。あれだけの数の女性たちは、なんとかほかとバッティングすることなく、それぞれに美しい黒のドレスを確保していた。

 この団体はまた、前もって、レッドカーペットのファッションをレポートする番組に、質問を指示している。通常、レポーターは女優たちに、「そのドレスはどこのですか?」と聞くものだが、そうではなく「どうしてそれを着ているのですか?」と聞けというのだ。そこから「#TimesUp」の主旨である反セクハラ、男女の賃金平等などといった深刻な話題にもっていけるからである。

 しかし、レッドカーペットのアライバル中継というのは、本来、軽いもの。とくに、高尚なオスカーと違い、ゴールデン・グローブは、緩く、楽しいパーティの雰囲気が売りだ。アライバルを生中継するE!チャンネルは、女優たちの意思を尊重しつつも重くなりすぎないためにどうするかと頭を悩ませたようだが、出だしのほうでインタビューしたデブラ・メッシングに、最近E!の女性レポーターが男女の賃金不平等を理由に辞めたことをぴしゃっと指摘されてしまい、早速気まずいシーンが展開されてしまっている。

 レッドカーペットには、大物女優たちに連れられて、お手伝いさん団体やフェミニスト団体のリーダー、女性政治コメンテーターらも登場。いざ授章式が始まると、ニコール・キッドマン、エリザベス・モス、ローラ・ダーン、アリソン・ジャネイ、フランセス・マクドーマンドらが、受賞スピーチで強烈なメッセージを繰り返した。極め付きは、功労賞を受賞したオプラ・ウィンフリーだ。

 お手伝いさんの母を持つウィンフリーは、「子供を養うため、生活をしていくために、ひどい扱いにも耐えなければいけなかった私の母のような多くの女性たちに感謝します」などと述べ、最後は「ここにいるすばらしい女性たち、そして何人かの優れた男性たちのおかげで、ようやく、新しい時代がやってこようとしています。もう誰も『#MeToo』と言わなくていい時代が来るように、彼らは一生懸命闘っているのです」と締めくくって、満場の拍手を受けている。このスピーチがあまりにパワフルだったことから、今や、ウィンフリーは本気で大統領選に立候補すべきだという声が、あちこちで飛び交っている状況だ。

政治色は主催者の意向ではなく、女性たちの戦略

 授賞式にこのような政治色を持ち込むと決めたのは、ゴールデン・グローブの主催者でも、放映するテレビ局でもない。「#TimesUp」運動を始めた女性たちである。

「#TimesUp」は、ハーベイ・ワインスタインに始まった一連のセクハラ暴露騒動を受け、リース・ウィザスプーン、サラ・ジェシカ・パーカー、エヴァ・ロンゴリアなどの女優や、女性監督、女性プロデューサー、女性スタジオエグゼクティブらが集まって真剣な話し合いを始めたことから生まれたイニシアチブ。ハリウッドに限らず、セクハラの被害に遭った女性たちが法的手段に出るための基金も設立しており、全世界で中継されるゴールデン・グローブでそれをアピールするのは、戦略のひとつだった。やる側は、格式の高いオスカーではやりづらいがゴールデン・グローブならば問題ないと判断したのだろうし、主催者側としては、招待している大物女優がみんなそうするとあれば、流れに乗るしかない。つまり、この授賞式は、女性たちが目的のとおりに見事、乗っ取ってみせた結果なのである。

 当然、男性たちはおとなしかった。賞をもらって舞台に上がっても、 「○○さん、ありがとう」という、基本的な感謝スピーチに徹している。監督部門のプレゼンターとしてナタリー・ポートマンと舞台に上がったロン・ハワードも、ポートマンが5人の候補の名前を「みんな男性ですね」と言って読み上げた時、やや居心地が悪そうだった(『Lady Bird』のグレタ・ガーウィグ、『ワンダーウーマン』のパティ・ジェンキンスをはじめ、女性監督が活躍した年だっただけに、監督部門が全員男性だったことは、かなり批判を受けている)。ただし、ホストのセス・マイヤーズは、さすがにコメディアンらしく、開幕のモノローグで上手にこの話題に触れた。

 たとえば、こういった場のスピーチは、「Ladies and gentlemen」で始まるのがお決まりだが、マイヤーズは、代わりに「Ladies and remaining gentlemen(まだここにとどまることができている紳士のみなさん)」と呼びかけて、最初から笑いを取っている。続いて、今月からカリフォルニア州で娯楽用のマリファナが合法になったことを受け、「2018年。マリファナはついに許されるようになり、セクハラはついに許されなくなりました」とも述べた。さらに、昨年10月以来、毎日のように新たな男性の名前がセクハラ加害者として浮上したことにからめ、「(この授賞式では)男性も、自分の名前が呼び上げられるのを聞いてびくっとする必要はありません。そんなのは、ここ3ヶ月で初めてかも」と言い、ワインスタインについても「彼は、20年後、ここに戻ってくるでしょう。お悔やみのコーナーに出てブーイングされる、史上初めての人物として」と、やや辛辣なジョークを言っている。

 しかし、そのマイヤーズですら、それ以降は女性たちに主導権を握らせ、無難なホストに徹した。巨大な黒の塊となった女性たちには、それだけの威圧感があったのだ。本当の問題は、これから。 普段着に戻り、それぞれに好きな色を着るようになった時に、同じように敬意を払ってもらえ、聞く耳をもってもらえるかどうかだ。女性の監督にも同じようなチャンスが与えられ、平等なギャラがもらえるかどうか。男優の妻または恋人役に、ひとまわり以上も若い女優でなく、似た年齢の女優をキャストするのが当然になるかどうか。”Time’s up”とは、「もうおしまい」という意味。古い時代が本当におしまいになってくれたのかどうかは、まだわからない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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