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常勝軍団ドジャースをデータ分析で支える前田健太の元通訳の献身

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
今やドジャースに欠かせない存在になっているウィル・アイアトン氏(本人提供)

【常勝ドジャースをデータ分析で支える裏方スタッフ】

 今オフはFA市場にあまり手を出さず、年俸総額を大幅に削減したドジャースだが、それでもオッズメーカーによる2023年ワールドシリーズ優勝オッズでは4位(1位:ヤンキース、2位:アストロズ、3位:メッツ)に入る人気ぶりだ。

 ここまで2013年から10年連続ポストシーズン進出を果たし、9度の地区優勝(8連覇を含む)、3度のワールドシリーズ進出(うち1度制覇)を成し遂げるなど、ドジャースは黄金期の真っ只中にいる。

 ドジャースの強さの秘訣といえば、MLB屈指の潤沢な資金を有しスター選手たちを集めるだけでなく、同じくMLBトップクラスのマイナーリーグ・システムを築き上げ、次々に生え抜きの若手有望選手を育て上げている点だ。

 そこに加え最近では、MLBの中でも最先端をいくデータ野球を導入し、その強さを更に強固にしている常勝軍団だ。そんなドジャースのデータ野球を支えているスタッフの1人が、ウィル・アイアトン氏だ。

【前田投手の通訳から現在はデータ分析を元にした戦略担当者に】

 アイアトン氏の名前を聞いて、MLBファンなら聞き覚えのある人も少なくないのではないだろうか。

 彼は2016年にドジャース入りした前田健太投手の初代通訳を務めた人物で、実はその後マイナーリーグのコーチに転身し、現在はメジャーでパフォーマンス・オペレーション主任を務めている。

 現在のアイアトン氏の業務は遠征を含め常にチームに帯同し、データを元にしてコーチと選手をサポートするというもの。その一環として昨シーズンからチーム・バッティングの戦略にも携わり、戦略チームからもたらされるデータを分析した上で、試合前に選手たちの前で対戦投手の傾向や対策をプレゼンテーションも行っている。

 これだけ説明すれば容易に理解できるように、アイアトン氏はドジャースにとって必要不可欠な存在になっているスタッフの1人なのだ。

【通訳をしながら徐々にデータに興味を抱きコーチに転身】

 東京生まれ、東京育ちのアイアトン氏は、元々生粋の野球少年だった。将来MLBでプレーすることを夢見て米国に移り、高校、大学で野球をプレーし続けた。

 そして卒業と同時に第3回WBCに合わせフィリピン代表がトライアウトを実施するのを知り、母親がフィリピン出身だったこともありトライアウトを受験。見事パスし、代表入りを果たすことに成功している。

 その実績を評価され、大会終了後にレンジャーズとマイナー契約を結んだが、「自分の限界を感じました」とわずか1年で現役引退を決意。MLB2チームでビデオコーディネーターや編成部門のインターンを歴任した。

 その後東京に戻りマネージメント会社で働いていた際に、前田投手の通訳のオファーが届き、2016年に再び米国に戻ることになった。

 「最初はとにかく1年間クビにならないように必死でしたが、何とか3年間やらせてもらい、選手側の1人としてメジャーの現場にいる中で、前田投手に届けられるデータを説明しているうちに、徐々にそうした分野に興味を持つようになりました」

 そうした心境の変化に呼応するかのように、ドジャースが3Aでデータコーチ(多くのチームはディベロップメントコーチと呼ぶ)を募集しているのを知り、前田投手から許可をもらい2019年からコーチに転身することになった。

【選手とコーチにデータを伝える“第5”のコーチ】

 アイアトン氏によれば、ドジャースはMLBの中でも先駆けて、2018年からマイナーリーグ全チームにデータコーチを配置するようになった。現在ではアストロズやレッドソックスなども、ディベロップメントコーチという呼称で追随するようになっている。

 日本ではなかなか馴染みのないコーチ職だが、彼らの業務は一体どんなものなのだろうか。

 「これまでマイナーは監督、打撃コーチ、投手コーチ、その他諸々を担当するコーチと4人体制が一般的でしたが、自分は第5のコーチとして監督、コーチをサポートする立場で、大抵はチームに入ったばかりの若手スタッフが務めます。

 打撃コーチや投手コーチの中にはまだ最新のテクノロジーを使いこなせない人がいるので、現場で(データ集積装置の)セットアップだとか、集めたデータの解釈の仕方などを伝える役目で、コーチや選手たちと毎日コミュニケーションをとります」

 例えばある先発投手が変化球を上手く投げられないとしたら、彼のブルペン投球の際にアイアトン氏がデータ集積装置のトラックマンやラプソード、さらにリリースポイントをチェックするためのスローカメラを設置。そして投手が投げる変化球の回転数や回転軸などのデータを集め、投手コーチ、投手に伝える。

 その後変化球のキレを増すためにどのように工夫すれば良いかを3人で話し合い、指の握りを変えるなどを行い投手本人の感覚を確認しながら、変化球の質を改善していく手助けをするというものだ。

 つまりアイアトン氏が務めたデータコーチは、コーチと選手をデータで繋ぐことで選手の育成、成長を促そうとする役目を果たしているのだ。

【将来の夢は「いつかはGMになってみたいです」】

 この3Aでの実績が認められ、翌2020年にはメジャーに昇格。パフォーマンス・オペレーション担当(2022年から主任)として、コーチや選手たちにデータ及び分析結果を届けるようになった。

 チーム関係者によれば、編成担当責任者のアンドリュー・フリードマン社長からも絶大な信頼を得ているという。

 アイアトン氏に将来の夢を尋ねたところ、以下のような答えが返ってきた。

 「まだまだ経験や知識は足りないですけど、いつかGMになってみたいですね。

 最近は編成だけではなく、トレーナーやストレングスの勉強をさせてもらっていますし、選手の評価、スカウティングの部分も興味深いですし、そちらも勉強していきたいです。そういうものをしっかり把握していきながら段階を進んでいければと思っています」

 ドジャースの輝かしい栄光の陰で、アイアトン氏のような存在がいることをぜひ理解してほしい。そしていつの日か、彼が表舞台に登場する日を願ってやまない。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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