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西城秀樹さんの元付き人、みっちーが語る感謝と後悔

中西正男芸能記者
西城秀樹さんとの思い出を語ったみっちー

 福山雅治さんのモノマネでブレイクしたタレント・みっちーさん(41)。これまで「お名前の力を借りるようなことをしてはいけない」と明かしてはいませんでしたが、かつて、西城秀樹さんの付き人を務めていました。一番近いところから見た西城さんの素顔。そして、果たせなかった思いを、後悔の念をにじませながら吐露しました。

名前の力を借りてはいけない

 僕が付き人をしていたのは2002年の4月から1年半くらいでした。ただ、これは全く公にはせずにきました。というのも、なんというのか、西城さんのお名前の力をお借りするようで、それは自分としてはするべきでないと思いまして。

 もし、お名前を出させてもらうならば、自分が売れて、西城さんと何かしら番組などでご一緒するようになって「その節はお世話になりました」というお礼を込めてという形しかないなと。…ただ、今回、西城さんが亡くなり、直接お礼をお伝えする機会も失ってしまい、当時お世話になった西城さんの周りの方々に感謝の思いを伝えるためにも、このような取材の場を事務所のスタッフさんにお願いして作ってもらいました。正直、今も、西城さんのお名前をお借りすることになっているのかもしれませんが、感謝の気持ちをしっかりと表すことができればと思って、お話をさせてもらっています。

歌手の運転手募集

 僕は1998年に福井から東京に来て、最初は役者を目指していました。ただ、ドラマのエキストラにたまに呼ばれたりするくらいで、なかなか厳しい状況ではありました。

 そして2002年、当時25歳だったんですけど、何かしらもう結果を出さないといけない年齢だと。なので、今までとは違う方法論でやっていかないとダメなんじゃないか。そう思って、いろいろ探していたら、求人情報誌「フロム・エー」に“歌手の運転手募集”というのが載っていたんです。誌面上は誰の運転手かは明記されていなかったんですけど、とにかく応募したら、1回目は中目黒の音楽スタジオで面接、2回目の面接にはご本人もいらっしゃって、合格となったんです。

とにかく食べさせてもらった

 西城さんのお宅の近くにアパートを借りてもらって、毎日自転車でご自宅に行って、車の運転や仕事場でのお手伝いなどをさせてもらいました。仕事がない日でも午前10時ごろに行って、おうちの掃除や洗車、ゴルフの打ちっぱなしにお付き合いするとか。毎日ご一緒してましたし、そして、毎日怒られてばかりでした…。本当に申し訳ない話ではありますが、ものすごく出来の悪い付き人だったと思います(苦笑)。

 ただ、とても強く印象に残っているのは、とにかく、よくご飯を食べさせてもらったことでした。西城さんがおっしゃるには「自分が東京に出てきた時は食べるものがなくて、本当につらい思いをした。なので、自分の周りにいる人間には食べさせてあげたいんだよな」と。

 当時ちょうど西城さんのお子さんが生まれた時期とも重なっていて、おうちに帰ってご家族とお食事をされることも多かったんですけど、それでも週4日くらいは外でいろいろな方々とお食事をする場に、僕も連れて行ってもらいました。そして、ナニな話ながら、財布もカバンも僕がお預かりしていたので、西城さんの財布を持って支払いに行くんですけど、お勘定がびっくりするような金額なんです。高いものだからいいということではないんですが、これだけのものを事もなげに食べさせてくださっている。そのカッコよさ、そして感謝の思いというのは今も鮮明に残っています。

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韓国での異変

 僕がついていた時、1回目のご病気(脳梗塞)がありました。韓国・済州島でのディナーショーで、もちろんご一緒していました。ディナーショー前日の午後に済州島に入って、ホテルのジムで運動して、夜は焼肉を食べてと全く普通のご様子だったんです。ただ、翌朝、普通だったら朝早く起きてらっしゃる西城さんがいつもより長めに寝てらっしゃった。そこから2人で散歩にも行ったんですけど、珍しく、ホテルに戻って二度寝をされたんです。そのあたりで体調がおかしいとご本人も判断されたようで、夜のディナーショーもゆったりしたバラードを中心にやって、東京に戻ってから診察を受けたら、病気が分って。

 それ以来、タバコをおやめになりました。それまでは、西城さんにライターをお渡しするために常に自分のポケットにいくつもライターを入れていたんですけど、そこからは一切ライターを持つことはありませんでした。今、自分も人の親になって分かる気がしますけど、お仕事のこと、そして、ご家族のこと、お考えになったんだろうなと思いました。

会えないまま、今に…

 結局、僕の父親が2003年の8月に亡くなりまして、それをきっかけに付き人を離れさせてもらったんですけど、そこから、西城さんとお会いすることはありませんでした。

 付き人をしている時は自分が俳優を目指しているということも明かさずにいました。付き人を辞める時に、西城さんからは「いつでも遊びに来たらいいからね」と言ってもらったのに、なまじ芸能の仕事をしているからこそ「いつか、きちんとお仕事でご一緒するまでは」という思いもあり、伺うことはなかったんです。

 俳優から福山雅治さんのモノマネにシフトしてテレビにも出演するようになった頃、西城さんのスタッフさんから連絡をもらいました。「テレビに出てるの、見たよ!それとね、秀樹さんも見たって言ってたよ」と。だから、自分が今どんな仕事をしているかはテレビ越しながら知ってくださってはいたようなんです。だけど、自分の口でお礼を伝え、改めてごあいさつをするということができないまま、今になってしまいました。

 子どももでき、家庭を持って、今ならまた違う形で、お話ができるんだろうなと思ったりもします…。西城さんはご家族を本当に愛して、芸能界で生きてこられた。もし恩返しできることがあるならば、僕も芸能界で頑張って、そして、家族を幸せにすることなんだろうなと。それしかないと思っています。

(撮影・中西正男)

■みっちー

1976年9月26日生まれ。福井県鯖江市出身。本名・道下明広(みちした・あきひろ)。近畿大学短期大学を卒業後、俳優を目指して東京へ。TBS系ドラマ「池袋ウエストゲートパーク」などに出演するも、2007年から芸人としての活動をスタート。オスカープロモーションのお笑いライブを勝ち抜き、所属となる。2010年に一般女性と結婚。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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