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男を奪われ、会社を追われ、バスの運転手に。それでも悲劇のヒロインにならない彼女が教えてくれること

水上賢治映画ライター
主演のイヴァナ・ウォン 提供:武蔵野エンタテインメント株式会社

 香港から届いた「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」は、いまを生きる女性たちに温かなエールを送るようなヒューマン・ドラマだ。

 主人公のソックは、結婚寸前までいった恋人の男性に裏切られ関係が破綻。

 しかも彼と築き上げてきた会社を彼の新たな恋人の策略で追われる身に。

 自暴自棄になってもおかしくない状況の中、彼女が路線バスの運転手となって新たな人生を切り拓いていく様が、ユーモアを交えながら描かれる。

 ともすると卑屈に映ってもおかしくない、このヒロインを実にたおやかに演じ切って深い印象を残すのが、イヴァナ・ウォン。

 香港の人気シンガーソングライターで、女優としても活躍する彼女に訊くインタビューの第二回に入る。(全三回)

「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より
「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より

ソックはよく言えば純粋。ちょっと悪い言い方をすると、バカ正直すぎる

 前回のインタビューでは、自分がバス運転手の免許を撮らないと映画の企画自体が流れるというちょっとした裏話が語られたが、ここからは演じたソックについて。

 ソックは恋人ジーコウが経営するチリソース店で働き、一緒に会社を築いていく。

 ところが結婚寸前、ジーコウを同じく会社経営に関わっていたケイケイに奪われてしまう。

 しかもこのことがもとで、会社を追われてしまう。

 悲運に見舞われっぱなしの彼女をどう受け止めたのだろうか?

「ソックという人物については監督と議論を尽くしました。

 わたしの立場からすれば、当然演じる彼女のキャラクターをまずはしっかりと把握することが重要でしたから。あらゆることを考えておくことが必要でした。

 最終的なことを言うと、ソックはよく言えば純粋。ちょっと悪い言い方をすると、バカ正直すぎるところがある。

 ゆえに不器用で、普通ならばやり過ごせばいいものも、うまく流せない。

 用意周到な計画を立てたり、あるいは周囲に便宜をはかったりといった計算高さは一切ない。

 周囲から『もうちょっとうまくやればいいのに』と思われる、損な性格かもしれません。

 でも、自分に正直だし、誰かの力になろうとする。誠実な女性です。

「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より
「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より

 まあ、ちょっと恋人に裏切られて捨てられて、復讐に走ろうする場面はあるのですが(苦笑)、そのときも彼女自身にはさほど復讐心はない。

 復讐を誘ってきたケイケイの元恋人レイ・ザンマンに持ち掛けられて、しぶしぶ考えただけで、実際は実行に至っていない。

 このように彼女の人生もそうですが、どなたも人生もままならないことがある。とある問題に直面することが多々ある。

 突如直面した問題に対して、わたしたちはどうすることもできなくて、立ち尽くすしかないときがある。

 ただ、そういう場面に遭遇して、そこからどう動くかで、その人の本質のようなものが出ると思うんです。

 ソックでいうと、こういう嫌な場面に直面して落ち込むけど、卑屈にならない。悲運のヒロインにはならない。

 相手を責めていつまでもウジウジと悔やむのではなく、前を向いて次に進もうとする。

 この前向きさが彼女のいいところ。

 彼女は楽観的といえば楽観的なのですが、前を向いて進んでいけば、どこか自分のいくべき方向、あるいは目的地を見つけることができると信じている。

 ですから、ソックを演じる上では、その前向きさを失わないことを心がけました。

 どんなに苦しくても道が拓けることを信じている芯の強さを出せればと思いました」

「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より
「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より

彼女には価値観で共有できるところがありました

 そのソックのポジティブで誠実な人間性が伝わってくるポイントが2つある。

ひとつは彼女は決して人を裏切るようなことはしない。それを表すように、名物チリソースの販売拡大よりも、味と品質に重きを置き、商品を大切にする。

 もうひとつは、人を大切にする。会社の功労者である古株の社員たちにつねに寄り添い、彼らを敬う。

「おっしゃるとおり、この2つのポイントは、まさにソックの人間性の根幹を表していると思って、大切に演じた部分です。

 ですから、役としてもちろん常に入り込んでいるのですが、とりわけこの2つのポイントについてはソックと同じ気持ちになって演じた感覚があります。

 ほんとうに彼女はある意味、無欲。私利私欲がない。

 チリソースに関しても、恋人のために販路を拡大に同意しますけど、彼女自身は、そんなことより品質を保って、いいものを届けてお客さまに喜んでもらう。

 それ以外の望みはないんですね。とにかくひたすらいいチリソースを作って、たくさんの人に食べてもらい喜んでもらう。それだけなんです。

 そのことを演じながらわたしは感じていました。

 また、このソックの考え方は、実は私も同じような考えの持ち主なんです。

 自分のやることの規模を大きくすることが目的ではない。よりよいものを届けることがテーマです。

 ですから、彼女には価値観で共有できるところがありました」

(※第三回に続く)

「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より
「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より

「人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~」

監督:パトリック・コン

出演:イヴァナ・ウォン、フィリップ・キョン、エドモンド・リョン、

ジャッキー・ツァイ

シネマカリテほか全国順次公開中

公式サイト http://jinsei-driver.musashino-k.jp/

場面写真はすべて(C)2020 Media Asia Film Production Limited. All Rights Reserved.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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