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中年男性2人組の英ポッドキャスト ―政治家、ジャーナリストが音の世界へ

小林恭子ジャーナリスト
元財務相らによる「Political Currency」(アップルサイトより)

 (「メディア展望」2023年12月号掲載の筆者コラムに補足しました。)

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 ここ数年、英国ではテレビ界からラジオやポッドキャストなど音声メディアに移籍する著名ジャーナリストが目に付くようになってきた。

 テレビで自分の名前を冠した番組を持っていたBBCの司会者アンドリュー・マーが「自分の声で話したい」と民放ラジオLBCに転職したのは2021年である。BBCの報道職員は不偏不党を求められ、自分の意見を番組内で出すことは禁止される。

 性犯罪者ジェフリー・エプスタインと交流があったアンドリュー王子の独占インタビューを担当したBBCの司会者エミリー・メイトリスはこれで数々の賞を受賞したが、2022年退職し、元BBCの北米編集長ジョン・ソーペルとともにポッドキャスト「News Agents」を開始した。

 メイトリスもマーもBBCの職員の中では高額所得者の上位に入り、BBCのジャーナリズムの「顔」となっていた。ラジオ局、あるいはポッドキャスト界への転身は「都落ち」のようなイメージを与えた。

 しかし、2023年秋までにポッドキャストは新たな注目を浴びるようになった。特に「中年男性2人組」がトレンドになっている。

 英国のテレビ界では「50:50プロジェクト」(BBCの記者が発案)によって番組に出演する男女の比率を同数にする動きが広がっており、ニュース番組で司会、コメンテーター、街頭インタビューに答える人のほとんどが女性である場合が珍しくない。

 男性たちが自分の知識や経験を生かす場として行き着いたのがポッドキャストとも言えるのかもしれない。

先鞭をつけたポッドキャスト

人気の先鞭をつけた「The Rest is Politics」(アップルサイトより)
人気の先鞭をつけた「The Rest is Politics」(アップルサイトより)

 中年男性2人がホストとなるポッドキャストの人気に先鞭をつけたのは、「The Rest is Politics (後は政治)」(2022年3月開始)である。その名称は「この後に起きたことは良く知られている(ので、説明する必要がない)」という意味の「the rest is history(後は歴史)」のもじりだ。

 2人組の一人は2019年まで保守党の下院議員で閣僚経験も持つローリー・スチュアート(50歳)。名門イートン校からオックスフォード大学というエリート層のコースを経て外交官となったが、中断してアフガニスタンからネパールまで徒歩で横断する旅をした経験を持つ。

 もう一人は元大衆紙記者でトニー・ブレア首相(在職1997-2007年)の片腕として広報戦略を仕切ったアラステア・キャンベル(66歳)で、強面・マッチョな言動で知られる。

 政治的には正反対の2人だが、キングズ・イングリッシュで物事を論理立てて話すスチュアートとより親しみやすい英語で実体験を語るキャンベルが別々の視点から時事問題を斬っていく。政権担当時の裏話も出てきて、多くのリスナーを引き付けた。2人が話す回の後、次の回ではリスナーから寄せられる質問に答える。

 これまでの2人の人脈を駆使し、ブレア元首相、フランソワ・オランド元フランス大統領などをゲストとして呼び、著名人にインタビューする「リーディング(指揮を執る)」も始めた。こちらの方で10月上旬にゲストになったのが、テリーザ・メイ元首相(2016-19年)だ。メディアのインタビューでは面白みがない回答ばかりだったメイは「リーディング」では非常に饒舌だった。ジャーナリストによるインタビューでは引き出せなかった面が出たようだ。

元財務相と影の財務相のコンビ

 9月から開始されたのが、ジョージ・オズボーン元財務相(保守党)とエド・ボールズ元影の財務相(労働党)が組んだ「Political Currency(政治の通貨)」である。

 2大政党制が続く英国では政権交代時にすぐに内閣を発足させることができるよう、最大野党が「影の内閣」を結成する。オズボーン(52歳)とボールズ(56歳)はライバル同士だった。今は両者ともに政界を離れ、家族ぐるみで旅行に出かけるほどの友人となったものの、政治信条は正反対だ。

 醍醐味は2010年から16年までキャメロン政権にいたオズボーン、ブレア政権時代にブラウン財務相と緊密に働いたボールズよる政治の行方の分析やこぼれ話だ。

 後者の例として、ある時の保守党・党大会で飲み過ぎた高級官僚がホテルの部屋の中で裸で目覚めたという。トイレに行こうとしたが、間違えて部屋のドアを開けてしまい、廊下に出てしまった。この後、どのようにして受付に降りて新たな鍵をもらったのかをオズボーンが話す。また、他国の首脳陣の生の姿はどうだったのかにも言及する。新聞がさわりを紹介することもあり、リスナーの増加に役立っているようだ。

新聞社の元編集長らも

 同じく昨年9月末からは経済高級紙フィナンシャル・タイムズのライオネル・バーバー前編集長(68歳)と左派系高級紙ガーディアンのアラン・ラスブリジャー前編集長(70歳)による「Media Confidential」が始まった。

 ジャーナリズムについての様々なトピックを扱うが、両者のネットワークを活用したゲストの顔ぶれが魅力だ。10月には2021年まで米ワシントン・ポストの編集長だったマーティン・バロンを呼んだ。バロンが「ボストン・グローブ」で編集長だった時、報道チーム「スポットライト」がカトリック教聖職者による性加害事件を明るみに出したことはよく知られている。

 翌11月には、ドイツのメディア大手アクセル・シュプリンガー社の最高経営責任者マティウス・デップナーがゲストになった。2016年、同社はFTの買収を試みたが、日本経済新聞社に先を越された。バーバーはなぜ英国の新聞を買おうとしたのかを聞いている。「英新聞界は生き生きして面白い」とデップナーは答えた。

 先の2つのポッドキャストと比較して、こちらはより真面目な雰囲気だ。友人同士の気軽な会話のような流れを重視するポッドキャスト界で生き残っていけるだろうか。

 「News Agents」(元BBCのメイトリス、ソープ、ほかホスト一人)、「The Today Podcast」(BBCのラジオ4で毎朝放送される「トゥデー」の司会者アモル・ラジャとニック・ロビンソンがその日の放送を振り返る)でも「気軽なおしゃべり」の雰囲気が強い。リスナーは「友人の分析」を聞くつもりで、耳を傾けることができる。

 2024年秋にも行われる総選挙の見通しを語るポッドキャストも、続々と出現中だ。例えば、世論調査の分析で知られているジョン・カーティス教授(ストラスクライド大学)の「Trendy」、労働党重鎮ピーター・マンデルソンの「How to Win an Election」などである。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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