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英労働党新政権が政治とカネのスキャンダル 献金を利用しての衣類購入、休暇取得で不公平感

小林恭子ジャーナリスト
10月、ベルリンの英大使館で会見を行うスターマー首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者コラムに補足しました。

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 去る7月、英国の2大政党の1つ、労働党が14年ぶりに政権を奪回しました。ところが、党内を分断する政策提案やお金にまつわる数々のスキャンダルの対応に追われています。

 最初の衝撃は、7月末です。英国初の女性財務相となったレイチェル・リーブス氏が財源安定化のため年金受給者への冬季暖房費補助金を原則停止すると発表したのです。国から各種手当を支給されている低所得の高齢者世帯には継続されますが、この決定によって約1000万人の年金生活者が支給対象外となってしまうのです。光熱費も上がる予定で、高齢者にとっては厳しい冬になってきました。

 「財源安定化のため」の苦渋の選択だったかもしれませんが、前回の保守党による緊縮財政を長年批判してきた労働党ですから、まさかという感じでした。ここで労働党は大きく信頼を損なってしまいます。

官邸へのパス

 8月、労働党への大手献金者の1人として知られるワヒード・アリ卿に対し、官邸に自由に出入りできる許可が与えられていたことが発覚します。通常は官邸で働く人、首相の家族、議員だけが往来の許可を与えられるのですが、アリ卿が大型献金者だったから規則を緩めたのでしょうか?

 新政権は「お金をくれる人・身内を優遇する」という印象を与えてしまいました。

高価な洋服や眼鏡をもらっていた

 アリ卿をめぐるスキャンダルは深まります。政権発足初日、官邸のドアの前に立ったキア・スターマー首相の隣にいた妻のヴィクトリアさんが着用していた真っ赤なドレスは、アリ卿が提供したものだったのです。

 首相は当初、この事実を申告していませんでした。政党・選挙・国民投票法(PPERA)に基づき、国会議員は一定以上の金額の献金や融資を届け出る義務があります。ただ、議員ではない妻の分まで届け出る義務があるのかというと、決まった答えはないようです。

 スターマー氏の届け出の内容を見ると、昨年はアリ卿から宿泊費、洋服、複数の眼鏡など4万ポンド(約772万円)相当の献金を受けていました。

 また、サッカーのプレミアリーグからは米歌手テイラー・スウィフトのコンサートのチケット4枚をもらっていました。4000ポンド(約77万円)相当だそうです。さらに、サッカーの試合ではアーセナル・ファンのスターマー氏に特別席のチケットが提供されていました。「自分は立ち席でもよいが、国民の税金を使って警備費を負担することになる」ので、特別席で観戦したと同氏は説明しています。 

米国での休暇代も

 その後の調べで、副党首アンジェラ・レイナー氏がアリ卿からの献金で米国で休暇を取ったり、洋服を購入していたことや、リーブス財務相も別の献金者から衣料費などの支援を得ていたことが分かりました。労働党側は「全て合法だった」と弁明しました。でも、年金生活者への暖房費補助金の支払いを大幅に削減する一方で、高額給与をもらっている首相や閣僚たちが眼鏡、洋服、観戦チケット、休暇などを無料で得るというのでは、有権者は納得がいきませんよね。

 首相となれば国際舞台に英国の代表として出る場合もありますし、国賓を迎える機会もあるでしょう。そんなときには官邸や省庁の予算を使えばいいのでは? と思いますが、衣料費は高額になりがちで、過去の首相夫人らも苦労していたようです。ゴードン・ブラウン元首相のセーラ夫人は購買価格の10パーセントを払ってデザイナーズ・ブランドをレンタルで利用したと自著に書いています。9月末になって、ようやくスターマー首相も主要閣僚も今後は衣料費の寄付を受けないことにしたと述べました。

補佐官の給与が首相よりも高額だった

 一方、9月中旬には首相の首席補佐官が「首相よりも高い給与をもらっている」とBBCが報道します。首相の給与は16万6788ポンド(約3212万円)ですが、この補佐官の給与はこれよりも3000ポンド(約57万円)多いそうです。高額給与の官僚が政権を牛耳っている印象を与え、同時に内部情報をリークされた首相の指導力にも疑問の目が向けられました。

 英国北西部リヴァプールで開催された労働党の党大会最終日となった9月25日、労組党員らによる呼び掛けで暖房費補助の支給停止を撤回する動議が可決されました。これで政府が撤回に動くことはないのですが、党の分裂が表面化されました。

 新首相は党そして国民を一つにまとめ、明るい未来を描けるのかどうか、大いなる疑問符がついています。

キーワード

PPERA(政党・選挙・国民投票法)

正式名はThe Political Parties, Elections and Referendums Act 2000。この法律に基づいて、政党の党員あるいは議員は政治活動に関連した500ポンド(約9万6000円)以上に相当する献金や融資について「議会基準委員会」に受領から28日以内に届け出る。政治活動とは政策調査、集会開催、海外研修、事務所の運営など。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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