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テレグラムCEO、仏で逮捕 経営者に社会的責任を持たせることがトレンドになるか

小林恭子ジャーナリスト
英フィナンシャル・タイムズに掲載されたドゥロフ氏の記事(サイトのキャプチャー)

 「メディア展望」(新聞通信調査会発行)10月号掲載の筆者記事(「海外情報 欧州」)に補足しました。

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 秘蔵性が高いと言われる、ロシアで生まれた通信アプリ「テレグラム」の創業者で最高経営責任者の(CEO)パベル・ドゥロフ氏が、8月24日、パリ郊外の空港で仏警察に逮捕された。

 仏当局によると、プライベートジェットで到着した同氏には、テレグラムが犯罪の連絡手段として使われているにもかかわらず、運営者として監視や管理を怠ったなどの疑いがあるという。

 通信アプリやソーシャルメディア上でさまざまな声が発信されるようになって久しいが、米ソーシャルメディア大手メタのマーク・ザッカーバーグCEOやX(旧ツイッター)を所有するイーロン・マスク氏がネットワーク上で行き来した情報の内容によって逮捕される構図は想像しにくい。

 プラットフォーム運営者側に情報の管理・監視不届きの責任を負わせえる形を取ったドゥロフ氏の逮捕劇はプラットフォーム側にとっても大きな衝撃となったに違いない。

 経営陣トップの身柄の拘束まで行われた背景には何があったのか。

ドゥロフ氏とは

 ドゥロフ氏は1984年、ロシア第2の都市サンクトペテルブルクで生まれた。現在39歳。奇遇だが、誕生年はザッカーバーグ氏と同じである。

 母がウクライナ人、父がロシア人で、2007年、20代前半で米フェイスブックのロシア版と言える「VKontakte」(通称「VK」)を共同創設した。VKはロシア最大のSNSに成長していく。

 2013年、ドゥロフ氏は兄とともにテレグラムを始めた。翌年、ロシア政府からウクライナ人のVK利用者の個人情報を引き渡すよう言われたことをきっかけに、ドゥルフ氏は母国を去ることに。

 所有していたVKの株は親ロシア政府の新興財閥に3億ドル(現在の換算では約420億円)で売却された。

 今はフランスの他にアラブ首長国連邦(UAE)の国籍を持ち、UAEの中心都市ドバイに居を構えて、テレグラムを運営してきた。

 既にロシア国民ではなくなったが、2014年以降、50回以上、ロシアを訪れている。

 ドゥロフ氏がメディアのインタビュー取材に応じることは珍しい。常に黒の洋服に身を包み、本人によると、毎朝必ず200回の腕立て伏せと100回の腹筋を欠かさないそうだ。アルコール飲料をとらず、タバコを吸わず、砂糖や肉を摂取しない。禁欲的な実業家としてのイメージをつくってきた。

テレグラムとは

 テレグラムはフェイスブック、通信アプリ「ワッツアップ」などと並ぶ人気のアプリで、ドゥロフ氏によると月間利用者は世界中で約9億8000万人。

 情報の行き来は暗号化されており、ほかのアプリよりも秘蔵性が高いと言われているが、「秘密のチャット」機能はデフォルトにはなっておらず、「ほとんどの情報は暗号化されていない」(英サイト「コンピューター・ウィークリー」、8月24日付)。

アプリ「テレグラム」
アプリ「テレグラム」写真:ロイター/アフロ

 

 ロシア、ウクライナの政府関係者及び戦場の兵士らに頻繁に使われており、イランや香港の民主化運動の参加者も利用する。ワッツアップの場合は情報交換のためにグループ化できる人数は最大で1000人だが、テレグラムは20万人まで可能だ。

 パリ検察当局によると、ドゥロフ氏には児童ポルノ画像配布や詐欺、麻薬取引などの組織的な違法行為をほう助した、事前の許可なく暗号通信サービスを提供したなどの疑いがあるという。

 もし組織的な違法行為をほう助したとして有罪になれば、最長で10年の禁錮刑、罰金50万ユーロ(約8000万円)を科せられる可能性がある。また、トラフィキング、ヘイトクライム、児童への性犯罪についてのフランス当局からのたび重なる連絡に対応してこなかったという。

 欧州連合(EU)も動き出している。EUは大規模IT企業の規制を定める「デジタルサービス法」使って、Xなどに違法コンテンツの削除を要求しているが、規制対象となるのは欧州での月間利用者が4500万人を超えるサービスだ。テレグラムがこれに該当するかどうかを精査中だ。

ウクライナ戦争で重宝されてきたが

 外部への秘蔵性が高いという評判を持つテレグラムは、統制が厳しい国では当局の検閲をかいくぐるアプリとして重宝されてきた。

 2022年勃発のウクライナ戦争では、多くのウクライナ市民が空襲や家族・友人たちの安否をリアルタイムで追った。ウクライナのゼレンスキー大統領のほかに前線にいる兵士らも愛用している。

 ロシア市民にとっても、テレグラムは貴重な情報源となってきた。フェイスブックやXの利用がブロックされる中、テレグラムはほとんど制限なく使えるという。

 韓国では、テレグラムを使うデジタルの性犯罪が大問題となっている。若い女性がソーシャルメディアに投稿した画像をAIソフトを使ってポルノ画像にし、これをテレグラムで拡散する。8月27日、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニュル)大統領は「犯罪の根絶」を誓っているが、抜本的対策まで行き着くだろうか。

 一方、ブラジルでは最高裁がXのブラジル国内でのサービス停止を命じた(8月30日)。最高裁は偽情報対策をめぐり、Xの所有者マスク氏と対立し、許可無くXにアクセスした個人や企業には罰金を科すと宣言した。

 違法コンテンツの監督・監視の責任を大手プラットフォームに求める動きはこれからトレンドになっていくのかどうか。注視していきたい。

BBCの「アトミック・ピープル」

 最後に、来年、第2次世界大戦の終了から80年となるが、これに先駆けて7月末、英BBCで放送された「アトミック・ピープル」に触れておきたい。1945年8月、広島と長崎に投下された原爆の被爆者らにその体験を聞いてまとめた。共同監督は日英で育ったインマン恵氏だ。2023年3月にBBCで放送された番組「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」は、日本で大きな反響を巻き起こしたが、インマン氏はこの番組の監督・プロデューサーだった。

 日本人として、筆者は原爆やその被害についての一定の知識を持っているつもりだったが、被爆当時子供だった人々の体験をその言葉を通して聞いたことで被害のすさまじさがリアルに伝わってきた。ウクライナ戦争、ガザ紛争など戦争の怖さがお茶の間から伝わってくるようになった今、日本でもぜひ放送されてほしい番組である。

(「アトミック・ピープル」、BBCのウェブサイトからキャプチャー)
(「アトミック・ピープル」、BBCのウェブサイトからキャプチャー)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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