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「メキシコなら無罪だ」、「契約金は全額返すべき」。アギーレ氏を巡る地元の喧々諤々

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
スポーツ紙エストに掲載された風刺コミック

メディアも元選手もバックアップ

ハビエル・アギーレ前日本代表監督に対する地元メキシコの報道は八百長容疑発覚後は何となく「今はあまり触れたくない」といったニュアンスに感じられた。それでも解任が発表されると、波風が立ってきた印象が否定できない。テレビでは正面切ってメインテーマとして扱う番組も出てきた。

解任発表直後、ESPNのスペイン語チャンネルESPNデポルテスの人気番組「フットボール・ピカンテ」(メキシコシティで製作)では5人のコメンテーターの一人、元スター選手でメキシコ代表監督も務めたウーゴ・サンチェスがコメント。「モラル、行儀のよさを重視するのが日本人の習慣。彼らの文化に照らし合わせると、疑いがある人物が代表を指揮するのは危険だと判断したんだ。もしメキシコで同じ問題が発生したら、裁判で時間をゆっくりかけて何も起きなかったようになる。でも日本やスペインではそう行かなんだ」と自論を展開。同席した他のコメンテーターからも驚きの声が上がった。

他の出席者も「裁判でとことん戦うべき」という見解が主流。そのケースは「我々は全面的に支持する」と強調。これに呼応するように現メキシコ代表監督ミゲール・エレラもテレビ・インタビューで「(告発状受理は)とても悲しい出来事だけど、ハビエルは解決能力がある男だから、必ず無実を証明するだろう。(アジア杯の)準決勝で負けたって気にすることはない。日本の協会は圧力をかけたけど、彼は有能だし、仕事にストレートに取り組む人間だから、きっとこの苦境を乗り越えるはずだ。彼は何も(悪いことは)やっていない」とエールを送った。

氏の人柄なのか、アギーレ氏に近かった人間ほど解任のニュースに驚きを隠せない。元メキシコ代表ディフェンダーで、アギーレ監督の下、クラブ(パチューカ)、代表そしてリーガのオサスナでプレーしたマヌエル・ビドリオ(現テコス・グアダラハラ=メキシコ2部の監督)は「初めて聞いた時はビックリした。今は問題のプロセスの段階だから、何も口をはさめない。個人的には彼は何も関与していないと思う。さて、どうなるか?」と静観する様子だ。

元パチューカのカバジェロ(右)は元師匠を擁護
元パチューカのカバジェロ(右)は元師匠を擁護

9日(日本時間10日)メキシコの2大スポーツ紙のひとつ「レコード」は同じくパチューカでプレーし、アギーレ氏の薫陶を授かったアルゼンチン人でメキシコに帰化して代表選手になったガブリエル・カバジェロのインタビューを掲載。「正直に言って、彼は物事に真摯に対処する誠実な人間だから、曲がったことに首を突っ込むとは思えない。状況は難しいけど、ハビエルは起こったことをすべて法廷で話すことが重要だ」と師匠を擁護する発言。そして「彼の口座に入金があったのか、それとも彼が相手チームに振り込んだのかもはっきりしないうちに事態は暗転した。その事実を解明するべきだ」と続ける。

大仁vsアギーレの大一番?

真面目な?報道ばかりではない。前日の8日、米国のスペイン語TVウニビシオンはスポーツ・バラエティー番組「リパブリカ・デポリティーバ」で今回の問題をおちょくるような報道に終始した。

最初にブルーの日本代表のユニホームを着たメガネをかけたサポーターとおぼしき日本人が登場。居酒屋のセットの前でアギーレ前監督を言いたい放題、罵倒する。かなりきついことを「バカヤロー!」といった際どい日本語を含めて喋るのだが、2度入った通訳の音声では当たり障りのない訳となっている。この男は果たして本当のサポーターなのか?ユニホームをかじったりする演技がうまいから、もしかしたら現地で雇われた俳優のタマゴという推測もできる。

それはさておき、次の場面でアギーレ氏と大仁邦弥・日本サッカー協会会長が握手しているショットが登場。進行役の一人が蜜月時のエピソードを紹介。ここからグッとくだけて、2人が力士の姿になり仕切りをしている場面へシフト。同じ司会者が「ここからコンピュータ・グラフィックになります」とコメント。丸々と太った両者はコミカルだが、真剣に笑えない。これは八百長事件が発生して2人に亀裂が入ったことを言いたいようだ。それにしても、どこから入手したのか対面する2人の横顔にまったく違和感がない。

次に日本刀を差し出す大仁会長とその横で介添え役のようなアギーレ氏が寄り添う。司会者が「セニョール・ダイニがついに“ハラキリ”を決意しました。サムライ・アギーレはただ見届けるだけだから、気楽ですねえ」とコメント。昔、武士は主君が切腹した後、殉死する習慣があったことを知らないのだろうか。

最後は2人が腹ばいになってサウナでマッサージを受けている場面。結局、紆余曲折を経て事は丸く収まるだろうと締めくくる。オチがイマイチのような気がしたが、なんか日本のサラリーマン、会社組織の比喩のような印象もあった。少なくとも同じ番組の後半に流れたメッシやネイマールが空手選手になって登場するバルセロナFCの最新PRコマーシャルのエゲツなさに比べれば、よくできた方ではないだろうか。

レコードのライバル紙、老舗の「エスト」は風刺漫画でアギーレ問題を報道。サポーター風の男が「ここから出て行って!俺は家が汚くなるのがきらいなんだよ」と訴える。また同紙にも寄稿し、テレビで番組を持っているベテラン記者フェルナンド・シュワルツは「日本協会の解任通知は悲しむべきことだけど、チーム(日本代表)の選択肢は、それしかなかった」とツイッターで発信している。

前述のESPNデポルテスのキャスターであり、メキシコ、米国を股にかけて活躍するダビ・ファイタルソンは自身のコラムで胸の内をを打ち明けた。「私は現役時代のアギーレに会っており、今日のように指揮官になる資質があると直感した。彼は誠実で非の打ちどころがない、仕事に対して本当のプロフェッショナルだといえる。私は彼に言葉をかけてやりたい。そういう衝動にかられるけど、言葉が出て来ない。起こったことはとても恥ずべきことだ。でも私の心は罪が証明されるまでは少なくとも無実だと信じてやりたい」

ちなみに前記テレビ番組「レプブリカ・・・」で視聴者に「今、アギーレ氏は真っ先に何をすべきか?」と問いかけたところ54%が「契約金を全部返却すべき」と回答している。これだけはまともに思えた。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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