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家族の命が残り少ないと告げられたら?ノルウェー・スウェーデンの実話映画『希望』大絶賛の理由

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
Photo: Norwegian Film Institute

見ようと思っていた作品を、やっと鑑賞した。

この日は、主演女優のアンドレア・ブライン・ホヴィックさんもトークショーで来場予定。日本語で彼女の情報をネット検索してみたら、ほとんどヒットしなかった。ノルウェーでは有名な大女優のひとりなのだが。

病気と闘うアーニャを演じた女優のAndrea Braein Hovigさん Photo: Asaki Abumi
病気と闘うアーニャを演じた女優のAndrea Braein Hovigさん Photo: Asaki Abumi

ノルウェーとスウェーデン合作の映画『ホープ』は、この作品を手掛けた監督でもあるノルウェー人女性、マリア・ソダール監督の実話だ。ソダール監督は、映画の中では「アーニャ」という名前になっている。

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あらすじ

本作の主人公であるアーニャは、同棲しているパートナーであるトーマスと6人の子どもに囲まれて、幸せな生活を送っていた。

3人の子どもはトーマスと彼の前妻との間に生まれ、もう3人はアーニャとトーマスの実子だ。

クリスマス直前、医師に緊急で呼び出されたアーニャとパートナーは、アーニャの脳に腫瘍があり、余命残り少ないと宣告される。

平穏に過ごすつもりだった家族とのクリスマス中だが、死の恐怖に向き合いながら、愛する子どもたちにどう伝えるか、アーニャはひどく動揺する。

トーマスは、彼女と結婚したいと言い出すが、アーニャは二人はそもそも愛し合っているのか、関係に疑問を持ち始める。

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映画のストーリーは、実話が忠実に再現されている。

アーニャを演じる女優のアンドレア・ブライン・ホヴィックさんはノルウェー人。パートナーのトーマスを演じるのは、スウェーデン人男優のステラン・スカルスガルドさん。

ソダール監督のパートナー(作品ではトーマス)は、実在するノルウェー人映画監督ハンス・ペッテル・モーランドさん。

トーマスを演じたスカルスガルドさんは、モーランド監督の作品にも出演しており、プライベートでは家族とも親交が深い。

2019年秋にこの映画が公開されてから、ノルウェー現地メディアは揃って、高得点の評論を次々と掲載した。

現地メディアで大絶賛

ノルウェーでは、映画や音楽作品をテレビ局や新聞社の専門家が、サイコロで評価するのが定番だ。サイコロの目が1~6あり、最高得点が6となる。

私がノルウェーに引っ越した12年前は、「ノルウェー映画」というだけで、ノルウェーのメディアは甘く高評価をつけてしまう傾向があった。

北欧の中でも物価が高いので、ノルウェー映画は作りにくく、重圧も重い。

「ノルウェー映画」というだけで、嬉しくて、甘くなりがちな評論の傾向だったが、今ではより客観的に厳しくなりつつある。その中で、各紙から5~6点が連発するというのは、ちょっと異常な現象ともいえる。

「実話で、死というテーマということもあるだろうけれど、批評家がここまで厳しい意見を投げてこない作品も珍しいな」と思った。とにかくも、絶賛・絶賛の嵐だったのだ。

高い評価は北欧だけにとどまらず、トロントやベルリンなどでの国際映画祭でも喝采を受けた。

その理由は、このようなどの国でも共通する不変のテーマにあるといえる。

  • 映画が実話
  • 親子愛
  • 男女の愛
  • 死と病気との闘い
  • 真実と秘密の天秤で揺れ動く人間の感情
Photo: Norwegian Film Institute
Photo: Norwegian Film Institute

一方で、家族にとってクリスマスがどれほど大事か、事実婚という結婚にこだわらない価値観など、北欧らしいシーンもある。

クリスマス休暇中だからと、患者の事情よりも、休むことにこだわる医療関係者のシーンも、日本の現場とは異なるだろう。

上映後、オスロの映画館ではトークショーが始まった。この日はソダール監督は来なかったので、女優のホヴィックさんが、監督がこれまで語ってきた話を代わりに観客に伝える。

「監督はそもそも自分の話を映画にすることを考えてはいなかったんです。でも、過去の体験が頭の中に残っていて、映画を作らないと、前に進めないと感じていた」

「この話がきたとき、私は女優としてアーニャを自分の見解で解釈して演じることができるのかと、不安がありました。監督の実話となると、『違う、実際はこうだった』と監督が強くこだわる可能性がある。女優として私は作品作りのプロセスに関われないのではないかと。でも、監督は体験者としては距離を置いて作品作りをすると決めていたので、私は安心して取り組むことができました」

上映後のトークショー Photo: Asaki Abumi
上映後のトークショー Photo: Asaki Abumi

本作にはたくさんの医療関係者が出てくるが、実は本物の医師たちが素人の役者として参加している。映画の話が出た時は、「出演したい」と希望した医師がたくさんいたそうだ。「素人の役者がいたおかげで、映画が本物らしくなった」とホヴィックさんは話す。

会場の観客も自由に質問することができた。

映画では、脳が病気で侵されていくアーニャがどんどん精神を崩し、周囲に辛くあたったり、病院の廊下などで大声でプライベートな会話をすることがある。

「病気だった監督は、あんなにプライベートな会話を、実際に病院などでされたんですか」と、観客はどこまでが本当で作られたシーンか困惑していた。ホヴィックさんは、「薬の影響で、本人は大きい声で話すことを気にしなくなる」と丁寧に答えていた。

迫りくる死と別れの恐怖のなかから、希望を見出そうとする2人。多くのシーンが家庭と病院で繰り広げられる Photo: Norwegian Film Institute
迫りくる死と別れの恐怖のなかから、希望を見出そうとする2人。多くのシーンが家庭と病院で繰り広げられる Photo: Norwegian Film Institute

映画に出演した6人の子役とは、関係を縮めるために、山小屋ヒュッタに一緒に出掛けて過ごしたそうだ。ヒュッタというのは、丸太小屋などの別荘を意味し、ノルウェーの人にとって自分らしさを取り戻し、都会の喧騒から離れて休憩するための大切な場所だ。

あなただったら、どうするか

映画を見ている時、私はぐるぐると考えた。

「私だったら、この時にどういう反応をしているだろうか」

「6人の子どもたちに、こういう対応ができていただろうか」

「トーマスは、この時に何を思っていただろうか」

「周囲の人たちは、この時どういう気持ちだったろうか」

「自分のお母さんが同じ状況だったら、子どもとして私はどう反応していだろうか」

病気と迫る別れという苦しみにどう向き合い、その状況からどのような「希望」(本作タイトルのホープ)を見出すか。

トークショー後に女優のホヴィックさんと話したところ、「日本での公開予定は今のところないと聞いている」そうだが、映画祭などで日本でもいつか鑑賞できる機会があることを願おう。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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