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もはや「身近な制度」 非正規雇用のための生活保護入門

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 低賃金で無貯蓄の状態に置かれた「中年フリーター」が社会問題となっている。年金の貯蓄ができないために、年齢を重ねて働くことができなくなれば即座に生活に困窮してしまうだろう。

 そんな「中年フリーター」にとって、生活保護は健康保険や国民年金と同じように、「身近で有用な制度」である。ところが、生活保護制度についてはまだまだ誤解が多いことも事実である。

 そこで本記事では、「中年フリーター」が生活保護を利用するにあたってのノウハウや注意点を解説していきたい。

「中年フリーター」の実態

 今日の日本社会では、35歳〜54歳のうち、非正規雇用で働く「中年フリーター」は約273万人に上ると言われている。

 非正規雇用は働いているにもかかわらず、貧困状態に置かれている(ワーキングプア)。例えば、最新(平成29年)の賃金構造基本統計調査によれば、正社員の賃金321.6万円に対し、非正規の賃金は男女計平均で210.6万円である(ともにフルタイム)。

 非正規女性に限ると189.7万円とかなり下がる。月当たりに直すと、男女計の平均が17.6万円である。なお、ここでの「賃金」とは、税金などが控除される前の金額である。

 しかも、年齢が上がっても、その数値は上がることはない(図表参照)。就職氷河期に就職できず、非正規を続けている中年フリーターはずっと低賃金である。

【図1】非正規の賃金(「2017年 賃金構造基本統計調査」)
【図1】非正規の賃金(「2017年 賃金構造基本統計調査」)

 非正規雇用の拡大と軌を一にするように、貯蓄ゼロ世帯も増加している。日銀の外郭団体である「金融広報中央委員会」が実施している「家計の金融行動に関する世論調査」によれば、2017年に金融資産のない世帯は、単身世帯で46.4%、2人以上世帯で31.2%に上る。

 中年フリーターが含まれる30代〜50代では、いずれも2007年から2017年にかけて貯蓄ゼロ世帯が増加しており、特に単身世帯になると4割を超えている。

【図2】金融資産のない世帯(「家計の金融行動に関する世論調査」より著者作成)
【図2】金融資産のない世帯(「家計の金融行動に関する世論調査」より著者作成)

 このように、低賃金で無貯蓄の状態に置かれていれば、生活保護をいつ利用してもおかしくないのである。

 実際に、NIRA総合研究開発機構のレポートによれば、就職氷河期におけるフリーターが増加することによって、今後77万4000人の潜在的な生活保護受給者が生まれると試算されている。

 生活保護制度は、もはや「身近な制度」になりつつあるのである

生活保護はどうすれば利用できるか

 次に、誤解の多い生活保護について解説していこう。まず、生活保護を利用し始める時点からはじめていく。

 生活保護は、(1)居住地の自治体で申請を行い、(2)世帯の収入や資産について調査を実施し、(3)受給要件を満たしていれば決定、満たしていなければ却下される。

(1)については、居住地が「居住の実態」で判断されるというのがポイント。もし、いま現に住んでいる自治体と、住民票が置かれた自治体が違っている場合でも、今住んでいるところで申請できるということだ。

 また、(2)についても、世帯状況は「実態」を見て判断する。もし実家で親と同居していれば、ほぼ間違いなく親と同一世帯とみなされる。

 生活保護制度は世帯人数と年齢で計算された世帯単位の「最低生活費」と、実際の世帯収入を比較し、後者が前者を下回れば適用される。

 例えば、都内単身者の最低生活費は約13万円であるが、夫婦や子どもがいる場合には、この「最低生活費」金額が増加していくことになる。

 さらに、資産については、自動車や生命保険などは原則保有できない(例外もあり)。預貯金は1ヶ月の最低生活費の半分しか保有できないことになっている。

 このように、世帯や資産についての調査を経て、原則14日以内(最長30日)で保護を開始するかどうかの決定がなされる。

申請時に頻発する「水際作戦」

 それでは、実際に役所に行けば、簡単に生活保護の申請ができるのだろうか。実はそうではない。多くの自治体では、程度の差はあるが、そもそも申請をさせないようにする「水際作戦」が行われているからだ。

 生活保護は誰でも申請ができ、申請権を侵害することは違法である。しかし、相談室という密室で行われるうえ、口頭でのやり取りであるため録音でもしない限り、証拠が残らない。

 そのため、明確に違法な説明をしていたり、あるいはあえて「誤解」を誘導するような話し方をするケースが後を絶たないのだ。

 役所の面接員は申請を思いとどまらせるために、次のようなことをいう場合が多い。

  • (特に65歳未満の人に対し)「あなたは若いからまだ働ける。まずは仕事を探してください」
  • 「家族に養ってもらいなさい」
  • (ホームレス状態の場合)「住所がないと受け付けられません」

 中年フリーターの場合、一番上のように就労を促されるケースが特に多い。失業していれば仕事を探すよう言われ、収入が低ければより高い収入の仕事を探すように言われ、結局は申請できずに追い返されてしまうのだ。

 もちろん、最低生活費を上回る仕事が簡単に見つかるなら良いが、そもそも相談に訪れる人たちはそれが難しいから、生活保護の受給を考えている。若い失業者が「仕事を見つけなさい」と追い返された末に、餓死に至った事例も実在する。

 それでは、こうしたケースにどのように対応したら良いだろうか。

 一番おすすめの方法は、申請の際に支援者に同行してもらうというものだ。生活保護についての専門知識や経験を積んだ支援者が同行すれば、ほぼ間違いなく申請できる。本当はあってはならないことだが、支援者が同行すると面接員の態度が軟化するということはよくある。

 ぜひ、末尾の相談窓口に問い合わせていただきたい。

ホームレスの場合に入所させられる劣悪な貧困ビジネス

 もし、申請時に住居を失いホームレス状態にある場合には、さらに注意しなければならない点がある。最近ではネットカフェや24時間のファミリーレストランで野宿する若い「ネットカフェ難民」も増えている。そのような状態も実質的な「ホームレス」に当たる。

 そのような場合、すでに書いたように、「住所がないと受け付けられない」と突っぱねられることや、「施設」への入所を勧められることが少なくない。

 まず、「住所がないと受け付けられない」というのは、すでに見たように間違った説明である。そして、ここで勧められる「施設」がまた問題だ。

 確かに、「施設」に入所すれば保護を利用することはできる。しかし、この「施設」はあまりに居住環境が悪すぎて、脱走する人が後を絶たないほどなのである。

 典型的な「施設」の環境は、個室なし(ワンルームをカーテンなどで仕切って2人以上住まわせるなど)、衛生環境が悪い(南京虫が湧いているなど)、食事がまずい(レトルト食品やインスタントラーメンなどばかり出されるなど)、保護費のほとんどを徴収される(手元には1万円程度しか残らないことも)、などである。

 このような「施設」の劣悪さは、最近では政府やメディアからも問題視されている。実際に、そこで生活することで持病を悪化させてしまう人も少なくない。むしろ、自立が不可能になるほど心身が消耗させられてしまうのである。

 本来、生活保護は居宅保護の原則と言って、アパートや持ち家に住みながら利用するべきものだ。それができない「例外的なケース」だけで施設入所が認められている。

 しかも、施設入所は強制できないことになっている。役所側が入所しなければ保護を利用できない、などの説明をしていることが珍しくないが、それはほとんど強制に近いので不適切な対応だ。

 このような場合も、支援者に同行してもらい、まともな居住環境のNPOのシェルターに入ったり、ネットカフェや友人宅に居候状態から申請もできる。

受給中に行われる就労圧力というパワハラ

 それでは、なんとか「水際作戦」をかいくぐり、生活保護が開始されたら安心だと言えるだろうか。

 近年、生活保護を含めた様々な社会保障制度において、「自立支援」が強調されている。ただ単に社会保障を受給するのではなく、「社会保障の受給が必要なくなるように経済的自立を図ってください」というわけだ。

 中年フリーターであればまだ稼働年齢とみなされるため、就労支援の対象にされる可能性が高い。

 だが、繰り返しになるが、まともな仕事が簡単にみつかるならば、生活保護を求めて相談に訪れる人はいないだろう。「仕事をみつけろ」といっても簡単に見つかるわけではない。

 そのため、新たな問題が起こっている。「就労支援」のはずが、実際にはケースワーカーが無理矢理就職させようとパワーハラスメントを行なってしまうケースがあるのである。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEにも、「(放射能被曝のリスクのある)除染の仕事でもしろ」「風俗でもいいから働け」といったあからさまな暴言や、70代の高齢者や、主治医から就労不可の診断が出ている人に就労指導に行うなど不適切な事例が多く寄せられている。

 そもそも、「職業選択の自由」は日本国憲法で認められた犯すことのできない人権である。本人が嫌がる職業に就くことを強要することは、人権侵害に当たる恐れが強い。すくなくとも、しつこく要求することは、パワーハラスメントに当たると言って良いだろう。

 また、ケースワーカーの生活保護受給者に対して生活上の指導をする権限は、「必要の最小限度」に止めなければならず、「意に反して、指導又は指示を強制」することはできない(生活保護法)。

 パワハラや暴言は口頭で行われることがほとんどであるため、状況が酷い場合には、録音をして証拠を残しがほうがよいだろう。

制度についての正しい知識

 以上、生活保護制度の利用のノウハウと注意点について述べてきた。

 行政の生活保護相談は、外部の目に触れない密室で行われていることに加え、職員との権力関係の中で「保護を受けさせてもらっている」という意識が生まれやすく、ものが言えない状態になってしまいやすい。

 しかし、これからもっと「身近になる」ことが確実な生活保護が適切に機能しないと、餓死・孤独死が蔓延したり、あるいは自立に向かって進めるはずの人がかえって病気が悪化するといった不合理が繰り返されてしまう。

 そういった事態を防ぐためにも制度についての「正しい知識」が広がっていくことが大切だ。

生活保護についての無料相談窓口

NPO法人POSSE

03-6693-6313

seikatsusoudan@npoposse.jp

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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