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なぜ、副業は促進されないのか?

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:アフロ)

副業解禁!など、内閣府などが旗振りを進めているにもかかわらず、副業に対する企業の慎重姿勢は変わらず、実際に副業をしている人の数は横ばいだそうです。

なぜ、副業は促進されないのでしょうか。

一つの理由として、労働時間の「通算」問題があります。

労働基準法第 38 条では「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されており、「事業場を異にする場合」とは事業主を異にする場合をも含む(労働基準局長通達(昭和 23 年5月 14 日基発第 769 号)) とされています。

つまり本業と副業の労働時間が「通算」されるのです。

1日や1週間の途中で「残業」になってしまったり、1か月の上限労働時間に達してしまうため、副業されると本業の労働時間という意味で支障がでるということになってしまうのです。

そこで、この通算に関する考え方を変えようという検討が内閣府で進んでいるようです。

内容を見てみますと

「兼業・副業の開始及び兼業・副業先での労働時間の把握については、新たに労働者からの自己申告制を設け、その手続及び様式を定める。この際、申告漏れや虚偽申告の場合には、兼業先での超過労働によって上限時間を超過したとしても、本業の企業は責任を問われないこととしてはどうか。」という案のようです(令和2年6月16日「第39回未来投資会議」)。

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/miraitoshikaigi/dai39/siryou1.pdf

現在の検討案では、上記労働時間の「通算」について、本業の会社では把握できないので、自己申告させることとし、申告漏れや虚偽申告の場合、本業企業は責任を問われないことにより、副業を促進させようとのことです。

これにより、割増賃金や労働時間の上限規制との関係で自由度を出そうという意図が一応伺えます。

しかし、それでも副業は促進されないでしょう。以下に理由を述べます。

理由1 通算することそのものが問題であって、自己申告にすればよいという問題ではない

 そもそも自己申告云々の議論以前に、なぜ他社で働く労働時間が通算されなければならないのかという点です。本業の企業にとってはメリットを感じにくく、デメリットばかり強調される話でしょう。自己申告にすれば解決という次元の話ではありません。

 副業先での労働時間はそもそも管理が「不可能です」。別会社ですから当然です。

 それがなぜ通算されなければならないのか?

 この通算規定は、A法人とB法人を設立し、どちらも8時間ずつ働かせて割増賃金を払わないようないかにもブラック企業的な事例に対応するための考え方です。しかし、それがあまりに幅を利かせすぎていて、まっとうな会社にも当てはめた通算議論をすること自体が間違っています。

理由2 そもそも企業が副業をさせたくない理由は労基法上の「通算」問題だけではない

そもそも副業がなぜ促進されないのか、結論から言えば、本業の企業にとってメリットがあまりないからでしょう。

 デメリットをざっと挙げれば

 1上記労働時間「通算」の問題(残業代、労働時間の上限規制との関係)

 2過重労働による労災、安全配慮義務の問題

  本業と副業、両方忙しく、長時間労働となった場合には労災となったり、その後、民事訴訟においていずれの企業も安全配慮義務違反の損害賠償義務を負う可能性があります。その場合不真正連帯債務になると解されるため、結局「お金がある方」からとられるため、本業の会社にとっては健康被害や損害賠償など、そもそも副業をさせること自体のリスクが大きいのです。

 3本業がおろそかになるリスク

 4本業にとって競業となる会社で働かれてしまうリスク

 5秘密漏洩のリスク

 などが挙げられます。

 企業で副業が促進されるには、メリットが多い状況を作るしかありません。

 一方、副業による企業のメリットとしては、単純な金銭目的の副業ではなく、パラレルキャリアと呼ばれる、別のキャリアとしての経験を本業に生かす「複業」であれば視野が広がったり経験値が増すことによるメリットもあるでしょう。

 しかし、このように言える「複業」がどの程度多いのでしょうか。

 このような副業に関する根本問題が横わたる中で、未来投資会議の検討案は「1」だけの問題議論となっておりその他のデメリットへの対処が何もないのです。そのため、このままでは、副業が劇的に促進されることは考えづらいでしょう。

理由3 副業はそもそも自己責任で行うものでは?

 副業について、労働者にとっては1金銭面、2経験、3キャリアの選択肢・深化という意味でむしろメリットが多いかもしれません。これを会社に還元しないと本業会社として副業を認めるメリットがないことになります。

 「私生活なのだから会社が規制するのはおかしい」、という議論もあります。確かに会社は私生活への制約を行うことはできません。しかし、私生活というなら、なぜ労働時間が「通算」されるのか、という問題がやはり生じます。

 そもそも、労働とは「時間」だけで図ることが正しいのでしょうか。明治時代の工場法の時代であれば、働いた時間分の給料をという考え方でよかったのです。しかし、現代においては必ずしも時間だけで図るのが正しい価値観とは言えないでしょう。

 終身雇用の崩壊により、一つの会社のキャリアに掛けるよりも、複数のキャリアの選択肢を設ける方が労働者にとっては有利なケースは多くみられます。一つの会社で終身雇用ではなく、社会全体として終身雇用という考え方の方が時代に適合していると言えるでしょう。

そのためには、明治時代の工場法から脈々と続く労働時間の通算という考え方からの脱却が必要です。本業企業に義務を課すとすれば健康被害を防止するための体制作りくらいで良いのではないでしょうか。確かに複数会社を設立して、どちらも45時間残業させるようなブラックな使い方は想定されますが、それは個別に対処する話です。副業全体の促進議論とごっちゃにすべきではないでしょう。

 そもそも労働とは、労働時間の切り売りだけで考えるべきなのか、自己責任の労働とは何か、そんなことを考えさせられる、副業促進に向けた未来投資会議の対応案でした。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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