Bリーグにたどり着いた43才オールドルーキー
「黄門様の印籠のごとくピッカピカに磨きあげた頭を駆使して、ロボッツのライバルチームをなぎ倒していきます! 43才オールドルーキーの活躍に注目してください!」
そんな愉快なコメントとともに、Bリーグ2部(B2)の茨城ロボッツから岡村憲司の契約が発表されたのは、16年11月2日のことだった。背番号は年齢と同じ『43』で、肩書は選手兼アシスタントヘッドコーチだ。ただBリーグは『ベンチ入り10人以上』という規定があり、『コーチを念のため選手登録する』という受け止めをしたファンもいただろう。
しかし岡村は間違いなくチームの戦力になっている。18日の青森ワッツ戦も第1クォーターの途中から登場し、40分のうち12分17秒に渡ってプレーした。ポジションはパワーフォワード(PF)かスモールフォワード(SF)だ。2ポイント、3リバウンドというスタッツは平凡かもしれないがディフェンスや、ゴール下で相手をブロックする『スクリーンアウト』のプレーは出色。身体を張ったプレーで、100-82の勝利に貢献していた。
10年に及ぶサラリーマン生活を経験
「13、4年ぶりくらいで、バスケットプレイヤーとしてお給料を頂いています」(岡村)
彼はそう説明するが、アスリートとしてあり得ない長さのブランクだ。Bリーグには折茂武彦(レバンガ北海道)という46才の『レジェンド』もいるが、岡村のキャリアには驚くべき振幅がある。
彼は洛南高、日本大とバスケ界のエリートコースを進み、そこからジャパンエナジー、ゼクセル(ボッシュと改称)、三菱電機とチームを移った。実業団チームでは、バスケに専念できるプロに近い環境でプレーをしていたという。ただ時はまさにバブル後の失われた10年で、二度もチームの活動休止による退団、移籍を強いられる苦労もあった。そして2004年に岡村は三菱電機の戦力外となり、一般企業のサラリーマンへ転ずる。
「30才過ぎからサラリーマンをやったんですけれど、履歴書を何通も出しました。30才だけど何も分からないで、中途(採用)なんですけど新人みたいな形で入って、若い方が上司だった」(岡村)
若い上司がいる環境は、バスケ界に戻っても変わらない。Bリーグに若い指揮官が多いとはいえ、ロボッツの岩下桂太ヘッドコーチ(HC/監督)は28才。岡村選手よりも何と15才年下だ。ただビジネスの世界でおそらくもっとタフな経験を既に積んでいたこともあり、彼は「若い方の言うことを聞くというのが、自分はそんなに嫌じゃない」と気にするそぶりを見せない。
練習は週1,2回 飲みは週3回
岡村の相手の気を逸らさないコメント力は、営業マンとして磨いたスキルでもあるだろう。彼は当時の生活をこう振り振り返る。
「一番長くやったのは建築関係で、保険の代理店さんにも呼んでもらって入ったり。(社歴は)2年に1回くらい会社を変わっているので4社か5社。サラリーマンのときは営業で飲みに行ったり、社長に連れられて飲みに行ったり、週3回くらい飲んでいました」(岡村)
営業なら“飲みニケーション”も仕事の一部だ。もっとも、それはアスリートの生活でない。彼は04年から千葉県内のクラブチームに所属し、国民体育大会にも出場している。しかし練習は週に1,2回という同好会的なプレー環境で、第一線からは完全に遠ざかっていた。
岡村は10年から会社勤めの傍ら、大塚商会アルファーズ(現B3)のコーチを務めた。そして13年からは山梨学院大に専任指導者として迎えられ、男子バスケ部の監督を務めていた。大塚商会のコーチ業も併せて継続していた。
実は昨季のNBDL(NBLの2部リーグ)でも、彼は選手として登録されていた。それが活きているということは当然あるだろう。彼も「(昨季は)無理し過ぎて肉離れをしたりしたんです。そうならないように、今は上手く調整させてもらっています」と振り返る。バスケに割ける時間が長くなったことで、今季もまだコンディションの上昇が期待できるはずだ。
「今後も大事なところで出場させることのできる選手」
そんな彼に目を付けたのが、昨季はNBL最下位に終わった茨城ロボッツだった。bjリーグとNBLが合流した新生Bリーグでは2部からのスタートだ。現在は東地区で6チーム中2位につけ、B1昇格を目指してリーグ戦を戦っている。
「選手をやるつもりは全然なかったんですけどチーム状況と、実際に練習の中でやって示すことを社長GMから求められて『選手をやってくれ』という話になった」(岡村)
バスケ選手として特別に大柄というわけではないが、彼には190センチ・88キロの屈強な肉体がある。「(大学を卒業して)初めの5,6年は一番練習がきついと思われるチームにいて、貯金がちょっと残っていると思うんです」と語る、若き日の鍛錬もある。あとはやはり年齢以上の若さ、生まれ持った肉体のタフさがあるに違いない。
岩下HCも自らのアシスタントとして選手として、岡村に信頼を置いている。「バスケットボールのIQが非常に高いので、あの人が出るとディフェンスもオフェンスも非常に落ち着く。今日(18日)は12分出ていますが、今後も大事なところで出場させることのできる選手だと感じいます。第一線から離れていた時間が長く、年齢の影響もあるんですが、それを補う知識と経験があの方にはある」(岩下HC)
岡村自身も「試合の中で慌てるとか、焦るということは無い」と胸を張る。
日本のバスケ界は十年以上に渡って、リーグの分立も含めた混乱があった。能力のある者をスムーズに活かせる状況だったら、岡村のような人間は脱線のないキャリアを積めただろう。しかし彼はそんな『脱線』を無駄にしていないし、苦労を重ねてきたからこその逞しさと人間力がある。こういう常識から外れたキャリアの持ち主がいることは、Bリーグ草創期だからこその楽しみかもしれない。