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はじまったスポンサーの「ジャニーズ離れ」。長年の「忖度」の反動はどこまで拡がるか。

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(写真:ロイター/アフロ)

ジャニーズ事務所が9月7日にひらいた記者会見が、様々な波紋を呼んでいます。

5月の謝罪動画では性加害の事実認定を避けた藤島ジュリー氏が、今回の会見では明確に事実を認定し永続的な被害者救済を明言したことで、ようやく事態が本格的に動き出したと言えるでしょう。

特に直近で注目されているのが、スポンサー企業の動向です。

ジャニーズ事務所側の会見を受けて、複数のスポンサー企業がタレント契約を更新しないことや契約解除を検討していることを発表。

これまで、様々な報道を受けても目立った対応をしていなかったスポンサー企業が、ここにきて動き出したことは、様々なメディアで「ジャニーズ離れ」の象徴として報道されています。

今後注目されるのは、この「ジャニーズ離れ」がどのレベルまで拡がるかということでしょう。

なぜ今になってスポンサーが決断したのか

一般人の視点からすると、ここ数ヶ月散々批判がされてきたジャニーズ性加害問題に対して、ずっと対応を保留してきたスポンサー企業が、なぜ今回の会見を受けて契約の見直しを決定したのか、分かりにくい方も多いでしょう。

会見では、東山社長の新体制の中で、団結して再起を目指すと宣言されたのに、この新しい門出の段階で契約を見直すというのは、タレントを裏切る行為だと感じるファンも少なくないようです。

しかし、これは明確にジャニーズ事務所側の会見が招いた結果と言えます。

今回のジャニーズ事務所の会見で注目されていたのは下記の5点でした。

■1.否定していた性加害の事実を認めるのか

■2.経営体制を刷新できるのか

■3.同族経営問題(資本構造)を払拭できるのか

■4.社名を刷新するレベルで解体的出直しができるのか

■5.被害者が満足するレベルの謝罪や補償ができるのか

今回のジャニーズ事務所の会見では、1の事実認定はされたものの、経営陣は内部からの昇格で、外部から招聘するチーフコンプライアンスオフィサーも誰かは不明。

さらに藤島ジュリー氏100%オーナーという資本構造も当面は変わらず、ジャニーズ事務所という社名も変更しない、ということですので、上記の2〜4は企業改革の視点で見るとゼロ回答に近い結果となっているのです。

またジャニーズ事務所の会見後に実施された「ジャニーズ性加害問題当事者の会」においても、一部に反発の声がきかれるなど、5の部分についても今回のジャニーズ事務所側の発表内容では全てがおさまらないことが明白になっています。

ジャニーズ性加害問題当事者の会の会見の様子
ジャニーズ性加害問題当事者の会の会見の様子写真:ロイター/アフロ

今回の会見の進行を担当したのがFTIコンサルティングという米国系コンサル会社だったことから、今後資本構造等が大きく変わる可能性もささやかれていますが、会見の段階ではビジネス的な目線では何一つ変わらないという印象を受けた企業が多かったはずです。

東山社長は年内は芸能活動を継続

さらに新社長の東山氏が、年内は舞台やディナーショーなど芸能活動を継続すると発言していることを考えると、年内は新体制が本格的に稼働せず、従来の藤島体制の延長で運営されるという印象は否めません。

今回の問題の大きさを考えると、普通に考えれば全てをなげうって社長業に専念すべきタイミングです。

写真:REX/アフロ

おそらく東山さんのファンを大切に思う気持ちが影響した選択だとは思われますが、スポンサーからすると、ジャニーズ事務所側の真剣さを疑う選択に見えかねません。

参考:和田アキ子 ジャニーズ・東山新社長の芸能活動「年内までやるんだ」「今より大事なことなのかな」

ジャニーズ事務所の会見では、繰り返し今回の犯罪がジャニー喜多川氏個人によって引き起こされたものであることが強調されていました。

確かに性加害自体は、ジャニー喜多川氏個人が引き起こした性犯罪かもしれませんが、長年ジャニーズ事務所がその犯罪を隠蔽し、実質的にサポートしていたという問題こそが、ジャニーズ事務所が払拭すべき問題でした。

スポンサー企業からすれば、その企業体質が明確に刷新されるかどうかが重要だったのですが、今回の発表では社長の肩書きが変わった以外は何一つ刷新されていないように見えるわけです。

契約継続がスポンサー企業のリスクに

この記者会見までは、建前上ジャニー喜多川氏の性加害は、事務所が事実認定せず「疑惑」という扱いだったため、スポンサー企業は事務所を信じて態度を保留してきました。

ただ、今回事務所が明確に性加害を事実と認定し、自らの非を認めたにもかかわらず、事務所への問題提起に対する早期解決の道筋を示すことができませんでした。

写真:ロイター/アフロ

おそらく外部の経営者や外部資本は会見までに合意をすることができず、社名変更についても、既存のグループの名称など影響が大きいため現段階では変更を断念したということだとは想像されますが、不透明感の残る回答が多かった印象は否めません。

現段階でのジャニーズ事務所との取引継続は、戦後史上最悪の性加害を数十年にわたって隠蔽していた企業と経営者に、引き続き賛同して資金提供をするという宣言になりかねません。

スポンサー企業にとって大きなリスクとなったのは残念ながら明白でしょう。

本来、こうした謝罪会見は、引き起こした問題を上回るレベルでの対応を発表しなければ、再スタートのスタートラインに着くことができないどころか、再炎上のリスクもあります。

参考:ジャニーズ事務所が性加害問題から所属タレントを守る為に、今本当にやるべきこと

今回の記者会見では、4時間にわたる長時間の質疑応答に丁寧に対応し、特に井ノ原さんが誠意ある発言で多くの人に共感されるなど、最低限の謝罪会見の目的は達成することができたとは言えますが、スポンサー企業が求めるレベルの対応にはなっていなかったわけです。

スポンサー企業の「ジャニーズ離れ」は拡がるか

今後注目されるのは、こうした「ジャニーズ離れ」がどこまで拡がりを見せるのかという点です。

現時点で何らかの「ジャニーズ離れ」を大きく報道されている企業は下記の4社です。

■東京海上日動火災保険 「広告契約の解除を検討」

■日本航空       「広告起用を当面見送る」

■アサヒグループホールディングス「現在の契約は満了を持って解除」

■キリンホールディングス「広告契約を更新しない」

ただ、ジャニーズ事務所と契約しているスポンサー企業は100社を超えると言われていますから、現時点で行動している企業は4社しかいないという見方もできます。

通常の契約タレントの不倫騒動や薬物問題であれば、広告の即刻停止や契約解除はもちろん、訴訟も視野に入れて問題発覚後即座に反応するケースが多いはずです。

それに対して今回は、事務所の会見まで多くの企業が態度を保留していた上に、今回行動した4社も、日本航空は広告起用見送りを表明しているものの、アサヒグループもキリンホールディングスも、既存の契約を解除するのではなく、更新をしないと言及しているだけですので、穏便な対応と言えます。

タレントとの契約を更新しないことや、契約解除を発表したスポンサー企業に対しては、当然と言う声もある一方で、一部のジャニーズファンから批判の声もあるようですから、スポンサー企業側は難しい判断を迫られていると言えるでしょう。

タレントとの直接契約を事務所側に打診する企業も出ていると報道されていますし、過去にタイガーウッズの不祥事を通じても支援を続けたナイキのように、今回の会見を受けても契約を解除しないという選択肢も当然あります。

参考:ジャニーズ性加害問題 注目される「広告主」の今後の対応

いずれにしても、こうした事件報道後のタレント起用は、日本においては他社の決定を見て判断する企業も少なくないため、週末の間に何らかの判断を行う企業が増える可能性は十分あります。

注目される外資系グローバル企業の動向

特にここで注目したいのは、外資系グローバル企業の動向です。

未成年に対する性犯罪は、欧米では日本とは比べものにならない厳しい社会的批判や制裁がされる犯罪行為です。

今回の騒動で人権デューディリジェンスという言葉も注目されていますが、企業が人権侵害に加担することが、海外では非常に激しく批難されるようになっています。

未成年も含めた性犯罪を繰り返していたとされる人物としては、米国の投資家で、Netflixのドキュメンタリーにもなっているジェフリー・エプスタイン氏が有名ですが、このジェフリー・エプスタイン氏と交友のあった人物は何人も辞任に追い込まれました。

日本人でも、以前MITメディアラボ所長をされていた伊藤穣一氏が、ジェフリー・エプスタイン氏から資金提供を受けていたことが原因で辞任に追い込まれ、後に当時の決断を反省するコメントを発表されています。

参考:伊藤穣一氏、資金提供問題を「深く後悔」 デジタル庁の有識者委員

資金提供を受けていただけで、それだけの批判が巻き起こるわけですから、スポンサー企業とジャニーズ事務所との関係についても、今後海外からは厳しい目が注がれるのは間違いありません。

直近で象徴的なのは、櫻井翔さんのラグビー日本代表アンバサダー起用を、フランス大手紙「ル・モンド」に批判されているというニュースでしょう。

参考:櫻井翔のラグビー日本代表アンバサダー起用を仏紙が批判 ジャニーズ性加害問題を受けて

日本のメディアは気にしないかもしれませんが、フランスのメディアからすると、性犯罪の被害者に対してキャスターとしてコメントしていなかったという姿勢の面で、アンバサダーとして適切ではないと批判されてしまうわけです。

当然、外資系グローバル企業は、海外のメディアや消費者から同様の批判がされるリスクがあることになります。

現時点で、例えばP&Gジャパンは、ジャニーズ事務所に対して「被害者の救済や再発防止策に向けた具体的な行動計画」の提示を強く求めただけで、タレントのテレビCM起用に関しては判断を保留しています。

参考:P&Gジャパン、ジャニーズに「被害者救済や再発防止」要請

マクドナルドも「引き続き状況を注視」するとコメントをしているようですし、こうした外資系グローバル企業が、ジャニーズ事務所側の対応に満足せず、先行する日本企業同様に、起用の見送りや契約解除に踏み切ると、業界に大きな影響を与えるのは間違いないでしょう。

テレビ番組のタレント起用に影響は拡がるか

さらに、今後注目されるのは、こうしたスポンサー企業の「ジャニーズ離れ」がメディアに波及するかどうかという点です。

特にテレビ番組では、ジャニーズ事務所の所属タレントを起用することこそが、視聴率をあげ、スポンサーを呼び込むことにつながっていたため、多くのテレビ番組にジャニーズ事務所の所属タレントが出演。

それがまたタレントのファンを増やし、スポンサーにとっての魅力を増やすというポジティブサイクルがまわっていました。

しかし、もしスポンサー企業が、当面ジャニーズ所属タレントの出演番組に広告出稿すること自体を避けるようになると、このサイクルが逆回転することになりかねません。

前述の櫻井翔さんのラグビー日本代表アンバサダー起用が、フランス大手紙「ル・モンド」に批判されたように、ジャニーズ所属タレントの番組へのスポンサーをメディアや消費者に批判されるような事態になれば、当然スポンサー企業にとっても大きなリスクになりえるわけです。

メディアの「忖度」の反動は起きるか

また、並行して注目されるのが、今回ジャニー喜多川氏の性加害問題において、問題の一つとして明確に「メディアの沈黙」や「忖度」を指摘されているメディアの対応です。

ジャニーズ事務所の記者会見でも、テレビ番組においてジャニーズ事務所以外の男性グループやジャニーズ事務所を退所したメンバーを出演させないという「忖度」があったのではないかという指摘がされ、東山社長が今後そうした「忖度」をやめるのは当然という趣旨の回答をする流れがありました。

この質問をした松谷さんが、TBSの番組で「次はメディアのターン」と発言されていたように、当然メディアは今後ジャニーズ事務所への「忖度」を脱却できているかという視聴者の厳しい目線にさらされることになります。

参考:ジャニーズ事務所の最大の共犯者・テレビ局は、自己検証を避けてはならない

ジャニーズ事務所の会見の後、テレビ局各局は声明を発表。

NHKは「事務所の姿勢などを考慮して出演者の起用を検討」と慎重な姿勢を見せたものの、民放キー局は基本的に「これまで通り」というスタンスの声明を出しました。

参考:ジャニーズ所属タレントの番組出演、民放キー局「これまで通り」 NHK「事務所の姿勢など考慮」

これに対しては、さまざまな有識者や視聴者からも批判の声があがっており、フランス・ジャポン・エコー編集長のレジス・アルノー氏は「開いた口が塞がらない」として、日本の大手テレビ局は「最低でも第三者委員会を立ち上げ」て自らの忖度の検証をするべきだと問題提起をされています。

参考:海外記者がジャニーズ会見に見た日本の「大問題」

こうした批判に見られるように、今後テレビ局各局は番組作りの際に、ジャニーズ所属タレントを起用するたびに、番組が「忖度」しているように視聴者に見えていないか、を気にすることになります。

現在出演しているタレントがいきなり降板するような展開にはならなくても、ジャニーズ事務所所属の若手タレントの起用が減ったり、バランスを取るために他の事務所の男性グループと共演させたりというシーンは増えるかもしれません。

また、スローニュースのような新興メディアからは、すでに「ジャニー喜多川氏による性加害が野放しになってきたのは、メディアがそれを看過してきたからでもある。」として、ジャニーズ事務所とメディアの癒着を詳細に指摘する報道がはじまっています。

参考:ジャニーズとメディア|SlowNews

もし、メディア側が自分達のことを棚に上げジャニーズ事務所ばかりを批判して、自分達の行動を変えなければ、当然批判の矛先はメディアに向かう可能性があるわけです。

ある意味、長年のジャニーズ事務所に対するメディアの「忖度」が、ここに来て反動としてジャニーズ事務所の所属タレントの活躍の場を奪う「忖度」に変わる可能性すらあるわけです。

ジャニーズ事務所は本当に聞く耳を持てるか

もちろん、これらのシナリオはいずれもジャニーズ事務所の企業体質が変わらず、スポンサー企業やメディアにとって、ジャニーズ事務所の所属タレントの起用がメリットよりもデメリットの方が大きいと判断された場合の話です。

今回の会見においては、残念ながらゼロ回答に近い結果となった、ジャニーズ事務所の企業改革ですが、一つの光明と言えるのは、東山社長が今後もメディアや被害者との対話を重視し、広く意見を聴き続ける姿勢を見せたことでしょう。

また、同席した井ノ原さんの、ファンへの感謝についての熱い思いが詰まったコメントには心を動かされた方も多かったはずです。

写真:REX/アフロ

会見での東山社長の一連の発言を見る限り、今回は国連の人権理事会による厳しい指摘や、再発防止特別チームによる想像以上の厳しい報告書の内容を受け、ジャニーズ事務所側が後手後手にまわっているという印象を強く受けます。

そのために、おそらく問題の深刻さや、被害者や社会、そしてスポンサー企業の問題意識に、ジャニーズ事務所の対応が追いついてない面があるようです。

ジャニーズ事務所の混乱が長引けば、今回の性加害の被害者だけでなく、所属タレント1人1人や、そのタレントのファンの方々も傷つくことになります。

Travis Japanのような海外を目指していたグループの活動も、当面厳しい扱いを受けることになるでしょうし、世界から見た日本のエンタメ産業全体や日本のメディアの印象が大きく悪化するリスクすらあります。

前述のアルノー氏が指摘されているように「ジャニーズの物語はすべての人に影響を与えるものであり、それは今やすべての人の責任である」とも言えます。

メディアやスポンサー企業はもちろんですが、すべての人がこの性犯罪が数十年にわたり放置されてきた背景を考えなければいけないタイミングでもあるのです。

井ノ原さんが会見で話されていたように、ファンの1人1人がどのような思いで今回の騒動を見つめているかを考えれば、現在のジャニーズ事務所がもっと迅速で本質的な対応をしなければいけないことは明白なはず。

東山社長や藤島ジュリー元社長が、本当に所属タレントの未来を一番に思うのであれば、スポンサー企業や海外メディアの批判がこれ以上大きくなる前に、真剣に被害者やファン、そして社会の声に耳を傾けていただきたいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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