ウクライナ侵攻「偽フェイク動画」を「偽ファクトチェック」が暴く、そのわけとは?
ウクライナ侵攻の「偽フェイク動画」を“暴く”と称する「偽ファクトチェック」が拡散している――その実態を、ファクトチェックの第一人者が明らかにした。
ロシアによるウクライナ軍事侵攻をめぐる「フェイク動画・画像」の攻防は、複雑さを増してきた。
米調査報道メディア「プロパブリカ」は3月8日、そもそも存在しない「偽フェイク動画」を“暴く”とする、自作自演の「偽ファクトチェック」がソーシャルメディアに広がっている、と報じた。
いずれも親ロシアのアカウントによって、「ウクライナのフェイクニュースの手口だ」として投稿されているという。
また、仏AFP通信の同日付の報道によると、「偽CNN」のロゴを流用した同様の「偽ファクトチェック」が拡散しているケースを確認したという。
相次ぐ「偽ファクトチェック」拡散、そのわけとは?
●拡散していない「偽フェイク動画」
調査報道メディア「プロパブリカ」の記者、クレイグ・シルバーマン氏は3月8日、ツイッターでそう指摘している。
シルバーマン氏は、ファクトチェックの第一人者として知られ、ソーシャルメディア上の誤情報・偽情報の拡散をいち早く「フェイクニュース」と指摘したジャーナリストだ。
シルバーマン氏とジェフ・カオ氏は同日、「プロパブリカ」に掲載した検証記事の中で、ロシア発祥のメッセージサービス「テレグラム」やツイッター、フェイスブックなどのソーシャルメディアで、「偽ファクトチェック動画」が拡散している状況を報じている。
その一例としてシルバーマン氏らが挙げるのが、親ロシア派支配地域「ドネツク人民共和国」幹部のアカウントが3月3日、「ウクライナのフェイクのつくり方」としてツイッターに投稿した動画だ。
20秒の動画には、ロシア語で「ウクライナメディアからの新たなフェイク」とのタイトルがつき、都市部で大爆発が起きている同じ動画が2つ上下に表示されている。
上の動画には「ハリコフが再び侵略軍の攻撃にあっている!」とのキャプション(説明書き)があり、下の同じ動画では「弾薬庫の火災 バラクレヤ市 2017」とのキャプションがついている。ハリコフはウクライナ北東部の第2の都市で、バラクレヤはそこから南東70キロ強の都市だ。
今回のロシアによるウクライナ軍事侵攻で、「ハリコフへのロシア軍の攻撃の被害」とされている動画が、実は2017年にあった弾薬庫の火災の動画を流用した「フェイク動画」だった――この動画は、そう主張している。
だがシルバーマン氏らは検証の結果、そもそもの「フェイク動画」とされるものが、今回のウクライナ侵攻に絡んでソーシャルメディア上で拡散した形跡が見当たらない、と指摘する。
そしてこれが、「ファクトチェックを偽装した新手の偽情報拡散キャンペーン」だとしている。
●ロシア政府、国営テレビが広げる
シルバーマン氏らは米クレムソン大学の研究チームと共同で、十数本に上る同様の「偽ファクトチェック動画」を検証した。
それによると、これらの動画は「テレグラム」の親ロシア派アカウントによる投稿によって100万回以上閲覧され、ツイッター上の「いいね」やリツイート数は合わせて数千件に上るという。
クレムソン大学のチームが、このうちの2本の動画について、作成情報などが含まれる「メタデータ」を調べたところ、1つの動画ファイルを使って、「元動画」と「フェイク動画」の両方を一度に作成していたことがわかった、という。
本当のファクトチェックであれば、元動画と新たに作成したフェイク動画、2本別々の動画ファイルが存在するはずだ、と指摘している。
「プロパブリカ」に先立つ英BBCの3月2日の検証記事によると、これらの「偽ファクトチェック動画」の一場面を、ロシア国営のテレビ局「チャンネル1」が朝の番組で、「ウクライナによるフェイク動画」の例として放送していたという。
この「偽ファクトチェック」には2つの同じ破壊された軍用車両が写っており、上の画像には「ドンバス 2014」とのキャプション、下の画像では車両にロシア軍を示す「Z」印が加えられており、「ウクライナによる合成」とのキャプションがついていた。
ジュネーブ駐在のロシア政府の公式ツイッターアカウントは3月4日に、「チャンネル1」が取り上げた「偽ファクトチェック」を含む複数の事例を2分15秒に編集した動画を、「西側とウクライナの#フェイクニュース」としてツイートしていた。
「プロパブリカ」の検証では、これら「偽ファクトチェック動画」は、キャプションがロシア語であることから、ロシア国内などロシア語ユーザーに向けた発信と見ている。
シルバーマン氏らの記事の中で、フェイクニュースに詳しいハーバード大学ショーレンスタインセンターのリサーチディレクター、ジョーン・ドノバン氏は、これらの「偽ファクトチェック動画」を、「低品位の情報戦」と評している。
●「偽CNN」への「偽ファクトチェック」
「偽ファクトチェック」には、マスメディアを巻き込んだものもある。
AFP通信のマノン・ヤコブ氏は3月8日の記事で、「CNN」を偽装した「偽フェイク画像」による「偽ファクトチェック」を検証している。
大爆発の画像に「ウクライナで爆発」「CNNライブ」のテロップ。その隣には「爆発 ウクライナ 2015」のキャプションがついた同じ画像。
ウクライナ侵攻での爆発とされる映像は、2015年の映像の流用だった――この「偽ファクトチェック」はそう主張している。
このような投稿がツイッターやフェイクスブックなどを舞台に、スペイン語や英語などで1,000回以上共有されているという。
ヤコブ氏によると、元になった画像は2022年2月24日のロシアによるウクライナ軍事侵攻開始後に、ウクライナ政府が公開したものだった。CNN広報は、拡散している画像は同局が放送したものではない、と否定しているという。
またこの爆発の画像は、画像検索で調べても、軍事侵攻開始の2月24日以前のものは確認できないという。
CNNを偽装した「フェイク画像」は、このほかにも複数拡散しており、同局自身でも検証記事を公開している。
このほかにも、「偽ファクトチェック動画」は指摘されている。
ウクライナ侵攻の被害者のように並べられた多数の遺体収容袋の一つが動いていて、しかもこれは新型コロナ禍のポーランドで撮影された動画だ――そんな「偽ファクトチェック動画」も拡散した。
スペインのファクトチェックメディア「マルディタ.es」やシリアのファクトチェックメディア「ベリファイ-Sy」の3月2日付の記事によると、元動画は2月にオーストリアで行われた環境保護団体による抗議活動を撮影したものだった。
●「わからなくさせるだけで十分」
過去の動画や画像を、あたかも今起きたことのように流用する手法は、最も一般的な「フェイク動画・画像」の手口だ。
国際連携組織「インターナショナル・ファクトチェッキング・ネットワーク(IFCN)」が「#ウクライナファクツ」というサイトにまとめている各国のファクトチェックメディアの検証記事を見ても、多くがこの「流用型」だ。
※参照:ウクライナ侵攻で氾濫する「フェイク動画・画像」の3つのパターンとは?(03/04/2022 新聞紙学的)
それを逆手に取った自作自演が「偽ファクトチェック」だ。
「プロパブリカ」の記事の中で、共同調査を行ったクレムソン大学准教授のパトリック・ウォレン氏は、この「偽ファクトチェック」の狙いは、「疑いを埋め込むこと」だとして、こう述べている。
つまり、メディア空間をかき混ぜて、濁らせるだけでその目的は達成できる、ということだ。
ファクトチェックは、「フェイク動画・画像」拡散の防波堤となっている。ウクライナ侵攻をめぐる情報戦は、そのファクトチェックの信頼性にも、攻撃の照準を当てている。
メディア空間の信頼を支えるのは、ユーザーの冷静な判断だ。おかしな動画や画像は、共有しない。ユーザーのその冷静さが問われている。
(※2022年3月10日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)