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パリ協定 ヒラリー・クリントンだったら… 気候変動と大気汚染の同時解決へ動いていた可能性

竹村俊彦九州大学応用力学研究所 主幹教授
(写真:ロイター/アフロ)

トランプ米国大統領がパリ協定からの離脱を表明しました。ご存知のとおり、パリ協定とは、気候変動を抑制するための国際的な合意であり、2015年12月にフランス・パリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)にて採択されました。世界のほとんどの国がすでにパリ協定を締結しており、米国は2016年9月3日に批准したことを発表しています。米国のパリ協定からの離脱は、次回の米国大統領選挙後でないと正式には認められないことから、具体的にどのような対応が取られるのか、事態は流動的ではあります。

ところで、前回の大統領選挙で最有力候補であったヒラリー・クリントン氏が大統領になっていたら、気候変動対策はどのように進められていたでしょうか。もちろん、パリ協定にしたがって、積極的に気候変動対策を進めていたであろうことは容易に想像ができます。しかし、気候変動だけではなく、大気汚染をも同時に解決すべく、大きく動いていた可能性があるのです。私のこのYahoo!ニュース個人のタイトルは「大気汚染と気候変動」なのですが、まさにこの問題解決へ向けて、大きく前進していたかもしれないのです。

気候と大気浄化の国際パートナーシップ CCAC

温室効果ガスの代表格は二酸化炭素ですが、これは大気中に放出されてしまうと、その後数十年程度は大気中に残存するため、今すぐに排出量を抑制しても、その効果を望めるのは随分先のことです。そこで、排出量を削減すれば、二酸化炭素より早く温暖化抑制に効果がある物質が存在するのであれば、その削減対策を進めることによって、まずは地球温暖化を緩和しておくのが良いのではないか、と考えられます。

これを国際的に推進するために、2012年に、国連環境計画(UNEP)と6ヵ国により、「短寿命気候汚染物質削減のための気候と大気浄化の国際パートナーシップ(Climate and Clean Air Coalition to Reduce Short-Lived Climate Pollutants)」というものが設立されました。略してCCAC(シーキャック)と呼ばれます。日本も環境省を中心として積極的に関与しています。このパートナーシップの設立に関わった6ヵ国の中に米国が入っているのですが、その中心的役割を果たしたのが、当時国務長官であったヒラリー・クリントン氏なのです。当時の会見の様子が、英語ですが、Youtubeにあります。

短寿命気候汚染物質とは?

「気候と大気浄化の国際パートナーシップ(CCAC)」で着目しているは、短寿命気候汚染物質(Short-Lived Climate Pollutants (SLCPs))と呼ばれているものです。これは、人間活動により増加する物質の中で、大気汚染を通じて健康影響を及ぼし、かつ、地球に余分なエネルギーを蓄える作用をもたらす物質、つまり地球温暖化をもたらす可能性がある物質であるとCCACでは定義されています。具体的には、ブラックカーボン(黒色炭素)・メタン・オゾン・フロンガスの一部です。ブラックカーボンはPM2.5の一部ですし、オゾンは光化学オキシダントの主要物質ですから、大気汚染物質であることは理解できるでしょう。これらの物質の大気中での寿命は、数日〜十数年です。したがって、大気汚染と気候変動の緩和が、同時にかつ早期に望めます。これらの排出量削減のイニシアチブを取ることが、「気候と大気浄化の国際パートナーシップ」の目的です。

なお、PM2.5が気候変動を引き起こすしくみについては、「PM2.5が引き起こす気候変動」にて、また、オゾンについては「光化学スモッグの原因」にて解説しています。「気候と大気浄化の国際パートナーシップ」では、地球に余分なエネルギーを蓄える作用をもたらす物質にのみ着目していることになっていますが、人間活動由来のPM2.5には、太陽光のエネルギーを地球に入りにくくする効果を持つものもあります。したがって、実際には、すべての大気汚染物質による気候変動を考慮して、対策を考える必要があります。

今後の見通しは?

ヒラリー・クリントン氏は、「気候と大気浄化の国際パートナーシップ」設立の中心人物ですから、当然、気候変動問題と大気汚染問題の両方について理解が深いでしょう。したがって、同氏が米国大統領に就任していたら、国際的な環境問題の代表格である「気候変動」と「大気汚染」の解決へ向けて、政治的にも大きく前進していたことが見込まれました。「気候と大気浄化の国際パートナーシップ」は、国連環境計画(UNEP)により運営されていますが、米国もメンバーの一員であるため、パリ協定と同様に、今後どのような状況になるのかは不透明です。しかし、大気汚染物質の健康影響は明白です。温室効果ガスだけではなく、「短寿命気候汚染物質」にも注目してみましょう。

九州大学応用力学研究所 主幹教授

1974年生まれ。2001年に東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。博士(理学)。九州大学応用力学研究所助手・准教授を経て、2014年から同研究所教授。専門は大気中の微粒子(エアロゾル)により引き起こされる気候変動・大気汚染を計算する気候モデルの開発。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書主執筆者。自ら開発したシステムSPRINTARSによりPM2.5・黄砂予測を運用。世界で影響力のある科学者を選出するHighly Cited Researcher(高被引用論文著者)に7年連続選出。2018年度日本学士院学術奨励賞など受賞多数。気象予報士。

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