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お客様が経営幹部に?「ステーキのあさくま」が異例の役員総選挙を決めたワケ

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「ステーキのあさくま」はいち早くチェーン化を進めてきた。(あさくま提供)

進取の精神に富んだ創業者のイズムを生かす

新役員をメール会員を含め「総選挙」で決めようとしている企業がある。それは株式会社あさくま(本部/名古屋市天白区、代表/横田優)。同社はロードサイドのステーキハウス「ステーキのあさくま」をメイン業態として全国に68店舗展開、グループ全体では98店舗となっている(2020年9月現在)。設立は1948年となっているが、実質的な創業者である近藤誠司氏が1962年に「ステーキのあさくま」の前進となる「ドライバーズコーナーキッチンあさくま」を開業したことが今日の業容に結び付いた。2006年に中古厨房販売の株式会社テンポスバスターズと資本・業務提携を行いグループ会社となっている。2019年6月27日に東京証券取引所JASDAQスタンダード市場に上場した。

今回の役員人事の方向性を決めた背景について同社取締役の新貝栄市氏が解説してくれた。新貝氏自身、3年前にこれと同じ方法で取締役に就任している。

「これは進取の精神に富んだ創業者・近藤誠司のイズムを役員人事に取り入れたものです。定例化してきたことではないが、現在当社の取締役管理部長である西尾すみ子がパートタイマーのウエートレスとして入社して、1983年に取締役に登用されたことがはじまりです」

日本外食産業の幕開けは1970年であるが、近藤氏は1960年代に「ステーキハウス」の有望性に着眼して、チェーン化構想を進めていた。これこそ進取の精神の象徴である。そして、人材を登用していった。

今回の役員「総選挙」の仕組みを紹介しよう。

役員を公募するのは「あさくま」、グループ会社の「テンポスグループ」(社外役員)、「あさくまメール会員(アプリを含む)」(非常勤役員)の三つのカテゴリーからだ。このあさくまメール会員は現在100万人が存在する。あさくま以外で選抜される役員の立ち位置は、テンポスグループの場合「グループ会社からの改善提案」、あさくまメール会員の場合は「コアなファンとして、従業員満足、顧客満足向上のための改善提案」を行う存在である。

新貝氏は外食畑を歩み、10年ほど前に中途採用で同社に入社、後にエリアマネージャーを務めていた。社歴6年を経て、「自分の成長に挑戦するために」3年前の役員公募に応募した。選考期間中に与えられたさまざまな課題に対して解決提案した内容が評価されて役員に選出された。

「役員になって変わったことは、それまで現場目線で考えていたことが経営目線で考えることになった」と新貝氏は語る。

現在の取締役である新貝栄市氏も3年前の「役員総選挙」に立候補して選出された。(筆者撮影)
現在の取締役である新貝栄市氏も3年前の「役員総選挙」に立候補して選出された。(筆者撮影)

店とお客との「カウンターをなくす」店舗運営

ちなみに、同社では「カンタレス経営」を推進している。これは店とお客様との「カウンターをなくす」という意味で、同社と一緒になって「あさくまをより良い店にしていきたい」と共感するお客様を応援者として業務を依頼するという制度のこと。職務として、サラダバーやフェア商品の開発を担当する「お料理プランナー」、駐車場や庭木を担当する「ガーデニングキーパー」、店内での演奏会を担当する「演奏メロディアン」などが存在する。コロナ禍で「演奏メロディアン」の活動は控えているが、他の職務の人たちは時折集まって、社長や幹部社員との食事会を行い、あさくまに対しての改善提案を活発に行っている。これらの人々には報酬を支払っている。

「お料理プランナー」のアイデアはサラダバーやフェア商品の開発に反映される。(あさくま提供)
「お料理プランナー」のアイデアはサラダバーやフェア商品の開発に反映される。(あさくま提供)
「ガーデニングキーパー」は店舗の植栽や駐車場の美観保持を担う。(あさくま提供)
「ガーデニングキーパー」は店舗の植栽や駐車場の美観保持を担う。(あさくま提供)
「演奏メロディアン」は店内でミニコンサートを運営する(現在休止中)。(あさくま提供)
「演奏メロディアン」は店内でミニコンサートを運営する(現在休止中)。(あさくま提供)

「役員総選挙」のスケジュールは以下の通り。

・11月16日、「あさくまメール会員」に実施要項を配信、「社内公募」「テンポスグループ公募」を実施

・「社内公募」「テンポスグループ公募」はその1週間後に締め切り、立候補者を数名に絞り込む

・この二つからの立候補者は12月から来年3月まで課題が与えられ、あさくまの役員が全員そろう中でそれについて取り組んだ内容とその結果を発表する

・「あさくまメール会員」は個人情報、反社チェックを経て12月末までに立候補者を10人ほど決める

・その後、1月から3月まで与えられた課題に対する結果を提出する

・「社内公募」「テンポスバスターズ公募」「あさくまメール会員公募」からの立候補者は、来年4月に開催される全国店長会議で、店長以上の社員・幹部社員の投票によって決定する

・来年6月に開催予定の株主総会で紹介し承認を諮る

歴史ある企業の文化であり社会に対する責任

三つの公募で決定する役員は「社内公募」「テンポスグループ公募」がいずれも1~2人、「あさくまメール会員」も同様だが、優秀な人材と認められた場合はさらに増やすことも想定している。「あさくまメール会員」からの役員は、月に1回行われる役員会議に出席するほか、さまざまなテーマに基づいた臨店調査も行う。現在「あさくまメール会員」からの問い合わせが殺到しているという。

新貝氏はこのように語る。

「この役員選出の狙いは、よりお客様目線に立った企業経営を志しているということ。選出された役員たちがこれからの『あさくま』をつくっていくものと期待しています」

これから同社では、この「役員総選挙」を定例化していく意向だ。その理由として「歴史ある企業が、常にお客様目線に立ち返るという文化であり社会における責任です」と新貝氏は述べる。

ちなみに、「あさくまメール会員」の非常勤役員の月額報酬は5万~10万円を想定しているとのこと。同社のユニークな試みに注目したい。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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