密猟増える“東洋のガラパゴス”西表島 対策に乗り出す島民「持ち帰らないで」
5月4日は「みどりの日」。自然の恩恵に感謝して豊かな心を育むために制定された。だが昨今、豊かな自然は各地で失われつつあり、多くの希少生物が絶滅の危機に瀕している。その原因の一つが、密猟などに伴う自然破壊だ。「東洋のガラパゴス」と呼ばれ、希少種や固有種の宝庫として知られる沖縄県・西表島でも近年、動植物が密猟される事件が相次いでいる。世界自然遺産への登録が目指され、入島制限など環境への配慮の検討が進む一方で、広がる密猟に対策が追い付いていない。この現状を変えようと、島民らが啓発活動に乗り出している。人口約2300人の小さな島で今、何が起きているのか。今年1月に現地を訪れ、活動に密着した。
相次ぐ密猟事件 狙われる絶滅危惧種
「ない……。全くない」
1月下旬、西表島(竹富町)の山林で群生していた絶滅危惧種のシマアケボノソウが根こそぎ盗掘された現場。知人から連絡を受けて訪れていた元沖縄森林管理署員の加島幹男さん(69)が、力なくそうつぶやいた。「この辺にいっぱい、20~30株はあった。今はこの2株しかない」。開花を楽しみにしていたという。加島さんは島内の林野庁に出向いて盗掘を通報。「これ(シマアケボノソウ)に限らず、ラン関係(の植物)は盗掘されるケースが多い」と話す。また、ヒネマルゴキブリ、セマルハコガメといった希少な野生生物も密猟の獲物になっている。
こうした密猟は、数年前から県内各地で相次いで確認されている。2018年8月、沖縄県石垣市の石垣島に生息する天然記念物・キシノウエトカゲとヤエヤマセマルハコガメが違法に捕獲され、島外で飼育される事件があった。埼玉県北本市の飲食店従業員の男(23)が文化財保護法違反容疑で沖縄県警などに書類送検された。警視庁によると、この2種の無許可飼育を同法違反容疑で摘発したのは全国で初めてという。
その後も、県内で同様の事件が後を絶たない。WWF(世界自然保護基金)の調査によると、県内で捕獲禁止対象になっている南西諸島固有の生物67種のうち37種がオークションサイトなどで非合法に取引されているという(2018年5月23日発表資料より)。
進まない行政の対策 動き出した島民
西表島に事務所を置く環境省や林野庁は、こうした密猟の実態を把握。観光客が知らず知らずのうちに絶滅危惧種を持ち帰ってケースもあることも踏まえ、昨夏に啓発チラシを作成した。竹富町や地元警察などと連携し、西表島への観光客の玄関となるフェリー乗り場や遊歩道入り口で、巡視とともにチラシ配布の活動を行った。しかし、それ後は半年以上、積極的な啓発活動は行われてこなかった。
対策が進まない理由の一つは、環境保全や密猟対策に関わる人員の少なさだ。9割が亜熱帯ジャングルに覆われる島の環境保全に必要な活動は多岐に渡り、島を訪れる観光客は例年なら年間30万人に上る。しかし、密猟対策に関わる行政職員は環境省、林野庁、地元駐在や町職員を合わせても常時10名ほどだ。
今年1月、加島さんの通報などを受けて環境省は改めて、関係機関と連携し、チラシ配布の活動を行った。配布の対象は主に観光客だ。絶滅危惧種を持ち帰ってしまうことのある観光客への啓発につなげようと、関係者たちは西表島の玄関口となる大原港のフェリー乗り場に立った。
こうした取り組みを知り、西表島の自然を守ろうと啓発活動に立ち上がった島民がいる。地元の観光会社「西表島交通」のツアーガイド、倉垣コウジさん(49)だ。「都会の喧騒に疲れた自分を、島の自然が抱きしめてくれている気がした」と、美しい島の自然に憧れて大阪から2016年に島へ移住。観光バスや遊覧ボートを運転し旅行者を案内している。倉垣さんはチラシを受け取ると、「捕獲の禁止対象種や、捕獲禁止エリアがきちんと整理されてわかりやすい」。まだ密猟対策が島内で始まったばかりと知り、「観光客に関わることの多い観光業に携わる者として、何かできることをしたい」と、会社の社長の元へ出向いた。
観光業で広がる「密猟NO」の呼びかけ
「会社の観光バスやレンタカーでチラシを配布・掲示し、観光ガイドの際にも観光客に捕獲を控えるようアナウンスしてみてはどうか」。倉垣さんの提案に玉盛雅治社長も賛同。社内の関係部署と連携し、レンタカーや観光バスの中におけるチラシの掲示や配布を指示した。
倉垣さん自身も遊覧船「マングローブクルーズ」や観光バスの運転時など観光客を案内する際に、野生動植物の採取は控えるようアナウンスを始めた。かねてから玉盛社長に「ユーモアがあり、指名も多い人気ガイドだ」と太鼓判を押されている倉垣さんの個性的なアナウンスもあり、観光客たちは積極的にチラシを手に取り、ツアーに配布用に持参した啓発のチラシは瞬く間になくなった。「島に住んでいる一人一人が、口に出して島の動植物を守っていこう」。倉垣さんはレンタカー会社に勤める仲間とも連携を取り始め、活動の輪を少しずつ広げている。島の環境省関係者は、倉垣さんの取り組みについて「行政だけでは対応しきれない問題なので非常に心強い」と話す。
「島の動植物、思い出に。決して持ち帰らないで」
「かわいい動物、きれいな植物。それは心の中の思い出として残していただいて、決して持ち帰ることのないようにお願いします」。遊覧ボートを操縦しながら倉垣さんは、乗船客にそう呼び掛ける。新型コロナウイルス感染症への対策で、5月の大型連休中は観光客の西表島への入島手段となるフェリーが営業を停止することが決定している。一時的に観光客の入島は途絶える。しかしその一方で、密猟対策は待ったなしだ。将来的に世界遺産登録が決まれば、以前より観光客が増えることも想定される。郵便局や空港から希少種が発送される事例もあり、今後は監視カメラの設置や、赤外線を利用するなどテクノロジーを活用した密猟防止も求められる。
倉垣さんたちの取り組みもあり、環境保全の啓発活動が軌道に乗り始めているのも確かだ。倉垣さんは言う。「俺らが生活してる島だから。これからも注意喚起を続けていきたい」。島民たちの挑戦はまだ、始まったばかりだ。
クレジット
ディレクター・撮影:太田信吾
プロデューサー: 井手麻里子
伊藤義子
八重山民謡(唄・演奏):中島もえ