買い手がつかずに大量廃棄 「捨てられる着物を救いたい」3児の母の挑戦
「捨てられる着物を見るのが心苦しくて」。3児の母として東京都内で暮らす広瀬嶺さん(28)は長年、舞妓や呉服屋の社員として着物と関わってきた。近年も家事の傍ら着付けの仕事などを通じて着物に関わってきたが、コロナ禍で仕事が減少。知人に誘われて訪れたオークション会場で衝撃的な光景を目にする。汚れなどが原因で廃棄用カーゴに次々と投げ込まれる着物の数々。「まだ入る!」と手荒に投げ込まれた着物が踏みつけられる光景にさらに胸を痛める。嶺さんは夫らの協力を得て、汚れた着物を黒く染め洋服に仕立て直すアップサイクル事業をスタートさせた。家事や育児、仕事の合間をぬいながら、「捨てられる着物を救いたい」との一心で新規事業KUKURI KIMONOの立ち上げに挑んだ嶺さん。着物を価値ある洋服に生まれ変わらせることが本当にできるのか?
国内アップサイクルの現状と着物業界が抱える問題
日本では年間50万トンを超える着物を含む衣類が廃棄されている。そのうち可燃ごみ・不燃ごみとしてそのまま捨てられる着物は約68%に及ぶ(環境省調べ)。その他、資源回収を通じて集められた着物はオークション業者が古着屋などに競りにかけるが、その中でも落札され古着としての再販売される着物は一部だ。「カーゴ(荷重積載量500kg)に、多い時だと5〜6台分は出ますね」買い手がつかずに廃棄される大量の着物を前にそう語るのは、有限会社湘南オークションの代表取締役・大小原徹さんだ。これらの着物は結局、可燃ごみ・不燃ごみとして出された着物と合流する。持ち主から家族や他人に譲渡・寄付される着物もあるが、再利用される着物はまれだ。
着物の回収
この状況をなんとかしたい。そう思った嶺さんは、捨てられる着物を洋服に仕立て上げるアップサイクル事業に2020年から乗り出した。まずは、シミや汚れのないきれいな着物を、犬用の着物にリメークすることからスタート。その後、捨てられる着物のシミや汚れを「西に西陣、東に桐生」と名高い群馬県桐生市の伝統的な黒染め技法で染め直し、洋服に仕立て直すアイデアが生まれた。だが、いざ動き出すといくつもの困難が彼女の前に立ちはだかった。
まず難航したのが、材料となる着物集めだ。そもそも捨てられる着物にはシミや汚れのほか、家紋がついていることもある。捨てる側もそれが再利用できるとは思っていない。
5月29日の「呉服の日」。嶺さんは、京都市の川崎大師京都別院・笠原寺を訪れた。この日に行われる「着物供養」のため、着られなくなった多くの着物が集められていたからだ。寺からは一部を譲ってもいいとの申し出があったが、嶺さんは「こうして大事に供養される着物をアップサイクルしたいという気持ちにはならない」とためらった。
やがて、知人の紹介で出会った湘南オークションの大小原さんから、廃棄される着物を「1回だけ」の約束で譲ってもらえることになった。古物商の許可を得て、オークション会場で廃棄される着物を買い取ることも考えてはいたが、捨てられる着物を精力的に探す彼女の活動は口コミで広がり始めていた。いまではオークション会場に出向かずとも、手が回らないほどの着物が各地から自宅に届くようになった。
課題を乗りこえて進む制作
縫い目をほどいていくと、着物はおよそ長さ12 m幅36cmほどの1つの反物になる。「発想が、もともとエコだなと思います」と嶺さん。家事や育児の合間をぬい、時間をかけながら着物を反物に戻していく。嶺さんの作業はここまで。そこからは、桐生の職人たちの出番だ。
まずは創業104年の染色工場「桐染(きりせん)」で反物を黒く染め、生地として生まれ変わらせる。新たに染め直すことで、シミや汚れを目立たなくするのが嶺さんの狙いだ。ところが実際に染めてみると、うまく染まらないところが出てきた。生地が擦れたり劣化していたりしたことが考えられたが、原因はわからなかった。
「うまく染まっていないですが、エコな商品ですから買ってください」とは決して言いたくない。かといって染まらない反物を捨ててしまったら、本来のコンセプトからは離れてしまう。頭を悩ませた彼女だったが、うまく染まらないところは裏地として活用をすることにした。
アップサイクルにかける思い
こうした苦労を経て、着物は染色工場からパタンナーと呼ばれる型紙制作の技術者、さらに縫製の技術者の手に渡り、商品へと生まれ変わっていく。長い時間と多くの経費がかかるこの事業。そもそも、嶺さんはなぜここまで着物のアップサイクルにこだわるのか。
「お着物が、ただただ好きで。子供の頃から身近にあった物ですから」
日本舞踊、三味線、茶道、華道などをしていた祖母の影響で、幼い頃から着物を着て三味線を習っていた。中学卒業と同時に、京都の舞妓の道へ。ところがそこでの日常はとても厳しく、持病の悪化により引退した。それでも着物に関わる仕事が続けたいと飛び込んだ呉服屋「きもの&カフェ 僕らのゆめ」で転機が訪れる。着る人や作り手の高齢化で衰退の途上にあった着物文化を、若い人に伝えていきたい。こうした考えから自由で斬新な着こなしを提唱するこの呉服屋での仕事を通じ、嶺さんは着物の新たな可能性を感じていった。さらに、出張で各地を訪ねているうちに、1着の着物が多くの人の手によって作られていることに気付く。
「着物って、いろんな人の想いが詰まった物だと思うんです。だから物を大事にすることの大切さが伝えられたらいいんですけど……」
将来の展望
2023年春、商品も徐々に出来上がってきた。嶺さんはKUKURI KIMONOを立ち上げて、販売を始めた。1着2〜5万円程度と高価なこともあり、「飛ぶように」とまではいかないが、SNSなどを通じた宣伝により注文は頻繁に入っている。手応えを尋ねると、彼女はこう答えた。
「スタート地点に立ったばかりなので、まだまだこれからです」
当初は集めるのに苦労していた古い着物も、活動が知られるようになったいまでは続々と自宅に届いている帯やナイロン性のものなど、用途が思いつかないまま放置している着物もある。これら活用法を探りながら、捨てられる着物を1枚でも多く救っていきたい。嶺さんの挑戦は続く。
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本作品は【DOCS for SDGs】にも掲載されております。
【DOCS for SDGs】他作品は下記URLより、ご覧いただけます。
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クレジット
ディレクター:太田信吾
プロデューサー:細村 舞衣
出演:広瀬嶺(KUKURI KIMONO) ほか
Special Thanks :DOCS for SDGs 第八期の皆様
金川雄策、前夷里枝、山崎エマ、森田雄司、山本あかり
舞台「最後の芸者たち」関係者の皆さま
田中美由紀
制作:Hydroblast(株式会社デューズ内)
企画・撮影・編集:太田信吾(Hydroblast)
アソシエイトプロデューサー:竹中香子(Hydroblast)
アソシエイトプロデューサー:マキシム・ロレ(Hydroblast)
撮影:内田元也
音楽:重田拓成(asphalt records)
機材協力:株式会社エムマッティーナ