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「秘境駅清掃にハマってる」_JRから感謝状、発達障害男性と母親の人生を変えた掃除とは#ydocs

太田信吾映画監督・俳優・演出家

数多くの「秘境駅」があり、「秘境路線」として鉄道ファンに知られるJR飯田線。愛知、静岡、長野の3県にまたがる路線の人里離れた駅を毎週のように訪れ、無償で清掃している発達障害の男性がいる。愛知県半田市の髙橋祐太さん(28)。「僕にとって秘境駅清掃は娯楽」と、3年あまりたった一人で取り組んできた。その活動はいま、障害に悩み続けた母との関係を変えたばかりか、地域も巻き込んだ大きなイベントとして花開こうとしている。

無人駅を一人で清掃

静岡県浜松市北部のJR飯田線小和田(こわだ)駅。1936年12月の開業当時は、近くを流れる天竜川の水運の要衝として栄えていた。いまは近くに民家もなければ、駅に通じる自動車道もない。市によると2022年の1日あたりの乗客は5人に満たず、全国の秘境駅マニアがときおり訪れる程度だ。

髙橋祐太さんはその無人駅に、往復8時間ほどかけて毎週末のように訪れ、ボランティアで清掃活動を続けている。2022年8月のある週末も、祐太さんは肩にかけたブロワ集塵(しゅうじん)機で、コンクリートの細道を覆う落ち葉を吹き飛ばしていた。

駅周辺を管理している浜松市の担当者は「行政による環境整備は、住民が暮らしているエリアが優先になり、過疎地にはなかなか手が回らない。ボランティアで作業いただけるのはありがたい」と話す。祐太さんは、「掃除をした後の爽快感がたまらなくて。僕にとって娯楽の一部なんです」と楽しそうだ。


そんな祐太さんは、子どもの頃から母親を悩ませてきた。自閉スペクトラム症発達障(ASD)や注意欠陥多動性障(ADHD)と呼ばれる発達障害の特性で、外出先で大声を出しながら走り回ったり、一つの行動だけに執着したりすることが絶えなかったからだ。

息子の行動に悩む母親

発達障害などをもつ児童生徒の特別支援学級の在籍者は、2007年度からは毎年約6,000人ずつ増えているという( 国立特別支援教育総合研究所調べ)。印刷業を営む両親のもと、名古屋市に生まれた祐太さんも特別支援学級で過ごした一人だ。母の明美さん(59)は、祐太さんの小学生時代をこう振り返る。

「小学校の体育館に全校生徒が集まって校歌を歌う時、彼には周りの歌声が通常の5〜6倍の音に聞こえるようで、それに耐えられなくて逃げ出してしまったりすることもしょっちゅうでした」。外出先でのとっぴに見える行動で、周囲から好奇の目で見られることも多かった。


セミプロとして音楽活動をしていた明美さんの影響もあり、ピアノ教室に通ったこともあった。ところが教室で走り回ってしまい、レッスンどころではなかった。「周りに迷惑をかけてはいけない」と思い、続けたかった教室は辞めさせた。このことを当時通っていたクリニックの医師に話すと、医師は 「続けるのを我慢していたらいつか後悔してしまいますよ」と答えてくれた。


「いつか『待っててよかった』思える未来が来る。そう思って崩れそうになる自分を励ましていました」と明美さん。


祐太さんに変化が見え始めたのは、高校に入学してからだった。愛知県立春日井高等養護学校(現・春日井高等特別支援学校)は自主自立を重んじる校風で知られ、主体性を育む教育を受けた。2年生の時、就職活動のための自己分析を終えた祐太さんが語ったこんな言葉を、明美さんははっきりと覚えている。


「自分はいろんなことに自信がついたり、自分で行動したい気持ちが増えてきた」


ただ、その言葉が現実となるのには、それから数年を要した。


祐太さんは学校の推薦で、自動車部品の製造・販売会社に一般雇用で就職。約3年間、名古屋市の自宅から半田市の工場まで通勤していた。障害の特性で、部屋の掃除など身の回りのことをうまくこなせなかったためだ。

突然の自立宣言

そんなある日、会社から帰宅した祐太さんが明美さんにこう告げた。「母さん、僕、うちを出るよ。少しずつでもできることを増やして自立したいんだ」


すでに単身者向けの部屋を仮契約してきたという。祐太さんは明美さんに相談したら止められると思い、黙って準備を進めてきたのだという。驚く明美さんに、夫も「祐太が『一人暮らしをしたい』と思ったなら、やらせれば?」と賛成した。明美さんは「祐太が『自分で行動をする時』がいよいよ来た」と思ったという。

2021年2月、祐太さんが一人暮らしを始めて間もなくのころ。アパートへ様子を見に行った明美さんは、ある変化に気付く。散らかった祐太さんの部屋の中に、見慣れないバールがいくつも転がっていたのだ。


「これ、一体何に使ってるの?」。不安げに尋ねた明美さんに返ってきたのは、思いもよらぬ言葉だった。「最近、秘境駅清掃にハマってるんだ」


祐太さんは週末のたびに、一人で各地を回るようになっていた。特に関心を寄せたのが山間部の豊かな自然。ガイドブックで小和田という秘境駅があることを知った祐太さんは、さっそく訪れた。自然の中の未舗装路を走るトレイルランが趣味だった祐太さんは、隣の中井侍(なかいさむらい)駅までの山道を走った。その時、ふと疑問がわいた。「この道はもっときれいなはずではないのか?」

最初は近所のホームセンターで買ったバールで道に落ちた岩をたたき割り、山道からどかしていた。やがてブロワ集塵機やチェーンソーなどを購入。土砂や落ち葉、落石や倒木処理などを一人でするようになった。


「交通費とか機材購入とかで給料の20万円くらいを秘境駅清掃に使ってましたね。完全に赤字でした」


新たな出会いと広がる交流

小和田駅近くの長野県天龍村で理容室を営む伊藤喬次さん(88)は、週末のたびに大量の清掃道具を背負って駅に現れる青年を、不思議に思っていた。


「最初は何をやってるのか不思議でしたね。でも話してみたら不器用だけど良い青年で。ボランティアで清掃してるっていうから、『うちの空き家を使うか?』と聞いたんだよね」


こうして祐太さんは、現地での活動拠点を得た。


小和田駅を訪れた旅行者からも、感謝の言葉をかけられることが多くなった。地元の食堂「栃の木」は、祐太さんのために駅まで特別に弁当を配達してくれるようになった。「いろんな人の思いや支えの中で自分の活動が成立しているんだなって気付かされましたよね」と祐太さん。


親子の間に生まれた変化

当初は、ただただ楽しいというだけで始めた活動だった。しかし、村の人々との交流の中で、次第に責任感と誇りが芽生えていく。明美さんも、そんな祐太さんの変化を感じていた。


「村の人々との交流が増えたからなのか、コミュニケーション能力が向上しているのを感じました。昔は私との会話も満足に成立しなかったのに」


現地を訪れるようになった明美さんは、多くの人々と会話し、感謝される息子の姿を目の当たりにする。成長した息子の姿を見ることができて、本当にうれしかった。一方、不安もあった。祐太さんが清掃している秘境駅周辺の山道には、崖崩れの跡があちこちにある。清掃に同行した時にも落石があった。ヒルにかまれることも日常茶飯事だ。いつかは事故にあってしまうのではないか。そんな不安を解消するため、祐太さんの位置情報を明美さんがスマホで常に追跡できるようにした。

明美さんは定期的に祐太さんの部屋に通い、掃除や洗濯、料理などを手伝うようにもなった。2人の関係は、確実に変わってきた。

「信じてもらえば、人は最大限の力を発揮する」と専門家

親子の関係はなぜ変わってきたのか? 東京で発達障害専門クリニックの院長を務める神尾陽子さんはこう説明する。


「お母様のスタンスは、祐太さんの成長を信じつづけてこられたという点ではずっと一貫しているのではないでしょうか。発達障害かどうかにかかわらず、人はだれしも、信じてもらい、理解してもらえれば、持っている力を発揮したいという気持ちになり、その人の持っている最大限の力を発揮できるものです。祐太さんのことを深く理解し、信じておられたというのが、祐太さんにちゃんと伝わっているのではないかな、と思いました」

神尾さんはまた、祐太さんの思いと行動は、母親だけでなく、地域の人や出会った人をも変えているのではないかという。

「いつかはここでトレイルランを」

祐太さんが危険を省みずに活動に没頭するのには、もうひとつ、大きな理由がある。


「いつか、トレイルランのイベントをここで開催して、多くの人たちに山村の景色を楽しんでもらいたいんです」


すでに計画は動き始めている。2022年8月、祐太さんはトレイルランのコースなどを企画書にまとめ、天龍村役場を訪れた。祐太さんの活動にかねて関心を寄せていた永嶺誠一村長(61)は、役場の職員らを会議室に集めて迎えてくれた。


小和田駅から中井侍駅まで、山道約30キロを走る。祐太さんの説明に、村の職員は「走る人だけではなくウオーキングだけでも参加できれば、地域の高齢者たちも参加できて良いのではないか?」と応じた。永嶺村長は「実施するには村の方々との交流を重ねて、チームを編成していくべきではないか? 一人ではなかなか難しいよ」と助言した。


そうした交流の機会を作ってくれる人も現れた。地域おこし協力隊員として活動していた小幡季輪(おばた・きりん)さん(当時60。2024年に病気のため逝去)だ。祐太さんの思いに胸を打たれた小幡さんは、地域の人々に祐太さんを紹介して回ってくれた。


祐太さんも夢の実現に向け、ほかの地域のトレイルランイベントにボランティアスタッフとして参加し、運営のノウハウを学んでいる。駅周辺の整備だけではなく、高齢化で行き届かなくなってしまった近隣の茶畑の整備なども手伝い、地域住民らとの交流を重ねている。具体的な計画はまだまだだが、「数年内にイベントを開催したい」と意気込む。

JR駅長からの感謝状


「あなたは飯田線を愛し秘境駅を美化するとともに、秘境駅の魅力を内外に発信していただくなど日頃から弊社の業務に深いご理解と多大なるご尽力をいただいております。よってここに深く感謝の意を表します」


2024年6月。JR東海飯田駅の駅長が祐太さんに感謝状を手渡した。祐太さんの地道な活動が認められた瞬間だった。深々と頭を下げて賞状を受け取る祐太さんの後方には、温かく見守る明美さんの姿があった。

「祐太が小さい頃にいろいろと辛抱していたときのことを振り返ると、本当に成長したなと思います」


発達障害がどのように表われるかは人それぞれだが、代表的なのは社会的関係の持ちづらさやコミュニケーション難しさだ。これらが当事者の日常生活にさまざまな困難を与えている。しかし、周囲の人があるがままの姿を受け入れ、時には支えてくれることで困難は少しずつ取り除いていくことができる。祐太さんの秘境駅清掃は、そのことを伝えてくれているようだ。

【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】

映画監督・俳優・演出家

1985年長野生まれ。早稲田大学文学部卒業。『卒業』がIFF2010優秀賞を受賞。初の長編ドキュメンタリー映画『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(13)がYIDFF2013をはじめ、世界12カ国で配給。その他、監督・主演作に劇映画『解放区』(14)、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2022優秀芸術賞受賞の『現代版 城崎にて』(22)。俳優としても、舞台や映像で幅広く活動。

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