なでしこジャパンの新たな守護神候補。浦和レッズレディースの池田咲紀子がブレない理由
【泰然自若】
なでしこリーグ第4節。
7位の浦和レッドダイヤモンズレディース(以下:浦和)が首位の日テレ・ベレーザ(以下:ベレーザ)をホームに迎えた試合は、ベレーザが3-0で勝利した。
浦和のGK池田咲紀子は、この試合で、相手FWとの1対1のピンチを2度ストップした。
また0-0で迎えた後半には、持ち味の正確なキックを活かし、ロングフィードで味方の決定機も演出。
終盤はチームに疲れが見える中、後方からコーチングで鼓舞し続けたが、守備の集中が切れた時間帯に決められた3失点は悔やまれる。
90分間を通じて安定したパフォーマンスを見せたが、結果は完敗。
複雑な思いもあるだろうと予想していたが、試合後のミックスゾーンに現れた池田の答えはシンプルだった。
「3失点しているので、出来が良かったとは絶対に言えないです」(池田)
失点数が評価に直結するのは、GKの宿命である。
その事実を当然のように受け止め、池田は穏やかな口調で淡々と、失点の場面を振り返った。
「1失点目は、ふっと集中力が抜けてしまったことで準備が一瞬遅れましたし、その一瞬がなければ、何かが変わっていたかもしれません。本当にシンプルなことですが、集中を切らさないことの大切さを改めて感じました。2失点目と3失点目は、連携ミスもありましたが、今後の自分の取り組み次第で確実に(シュートを)止められる自信があるので。下を向かず、前向きに取り組んでいきたいと思います」(池田)
池田の頭の中は、完璧に整理されていた。
優しい眼差しと落ち着いた語り口で、記者の質問に一つひとつ丁寧に答えていく。
負けた試合でも勝った試合でも、池田は常にニュートラルだ。
あらゆる感情をその柔和な笑顔の内側にスッキリと収めて、泰然自若としている。
【フィールドプレーヤーからの転向】
池田は元フィールドプレーヤーで、攻撃的なポジションからGKに転向した経歴を持つ。
埼玉県さいたま市で生まれ、小学校2年生でサッカーを始めた池田がGKに転向したのは、浦和の下部組織であるレディースのジュニアユースに所属していた中学2年の時。全国大会前にチームのGKがケガをして、急きょGKに指名されたことがきっかけだった。
168cm60kgと、GKとしては平均的な体格と言えるが、フィールドプレーヤー時代に培われた足下の技術を活かした正確なキックや、状況判断の良さと的確なコーチングで頭角を現し、年代別代表でも実績を残してきた。
その存在を世に知らしめたのは、2012年のFIFA U-20女子ワールドカップだ。
初めて日本で開催されたこの大会で、池田は正GKとして6試合すべてにフル出場し、日本の3位入賞に貢献。
同大会では華やかなゴールを決める攻撃陣に注目が集まりがちだったが、他国の強靭な攻撃陣のプレッシャーに怯むことなく、味方に正確なフィードやパスを送っていた池田のプレーに強いインパクトを受けたことを覚えている。
【競争の日々】
しかし、その後の道のりは順風満帆ではなかった。
池田が浦和でユースからトップチームに昇格した2011年当時、浦和のゴールマウスを守っていたのは、なでしこジャパンのゴールを15年間も守り続けたレジェンド、山郷のぞみだった。
大ベテランでもある山郷との競争でポジションを勝ち取るのは難しかったが、山郷の日々の練習への取り組みや姿勢はその後、池田の指標となった。
一方、先発の座をつかんだ2013年は監督交代や主力選手の引退などが相次ぎ、守備の負担が増える中で、チームは下位に低迷。
2014年は、5年ぶりにリーグ優勝を果たしたが、JFAアカデミー福島所属で、強化指定選手として浦和でプレーしたGK平尾知佳が活躍し、池田自身のリーグ戦出場はわずか6試合にとどまった。
平尾は、至近距離のシュートへの反応や高い身体能力を活かしたクロスへの対応など、池田とは異なる特長を持っている。そして、池田と同じく年代別代表で実績を残してきた才能豊かなGKである。
2015年以降は平尾と切磋琢磨を続ける中で、池田も過半数の試合に出場したが、2015年は10チーム中6位、2016年も同8位と、チームは結果を残せなかった。
池田を5シーズン以上にわたって指導してきた浦和の長井敦史GKコーチは
「池田は身のこなしが非常に良く、状況判断も高く、流れを読む力があります」
と、その資質を高く評価する一方で、チームの失点数が減らず、結果が伴っていないことを指摘し、
「試合の中で訪れる数回のピンチでどれだけゴールを守れるかということは、ゴールキーパーにとって永遠に続く課題です」(長井GKコーチ/2016年7月)
と、課題を挙げていた。
常に競争の中に身を置き、悔しい思いをしてきた池田は、世界で活躍する自分の姿をイメージしながら日々の練習を重ねてきた。
池田が何よりも大切にしていることは、「準備」だ。
「ウォーミングアップから100%でやり続けることが、試合で良いパフォーマンスをするための積み上げになっていくと思います。グラウンドに出たら最高の状態で臨めるような心と体の準備を心がけています」(池田)
【チャンスを引き寄せたアルガルベカップとコスタリカ戦】
池田がなでしこジャパンで公式戦デビューを飾ったのは、2017年3月にポルトガルで行われたアルガルベカップである。
そのアルガルベカップからさかのぼること9ヶ月前、高倉麻子監督の初陣となった2016年6月のアメリカ遠征で、池田はなでしこジャパンに初招集されていた。しかし、この時は代表経験が豊富な山根恵里奈(ジェフユナイテッド市原・千葉レディース)と、リーグ王者ベレーザの守護神、山下杏也加の2人がアメリカ女子代表との親善試合に出場し、池田にチャンスは巡ってこなかった。
アルガルベカップでも、当初選ばれていたのは山根と山下、そして浦和のチームメートでもある平尾だった。しかし、平尾が体調不良で辞退することになり、池田が代わりに招集されることに。
池田はその現実をしっかりと受け入れ、自分のモチベーションを高めた。
「キーパーは一つのポジションなので、誰かが出れば誰かは出られません。それは、チーム(浦和)でも同じです。追加招集ということで、最初は『代役』というイメージかな、と複雑な気持ちもありましたが、その気持ちで自分が(遠征に)行ってしまうとチームに馴染めなくて、ただ参加しただけで終わってしまいます。選ばれたからにはそれをチャンスに変えようと、すぐに気持ちを切り替えました」(池田)
池田が出場したのは、第3戦のノルウェー戦だ。
スピードを活かした相手のカウンター攻撃は鋭く、1対1に持ち込まれる場面もあったが落ち着いて対応し、代表デビュー戦で無失点に抑えた(試合は2-0で日本が勝利)。パスをつないで攻撃を組み立てる高倉ジャパンのサッカーで、池田の足下の技術の高さは、チームのストロングポイントになった。
しかし、池田自身はこのように試合を捉えていた。
「自分の弱い部分が出なかったから、ミスが目立たなかったのだと思います。(なでしこジャパンに)定着して、試合経験を重ねていくことで、自分の良いところも悪いところも含めてどこまで通じるかが分かっていくと思います。今までコツコツやって来たことが自分の良さだと思っているので、これからも続けていくだけです」(池田)
この遠征で高倉監督が池田を評価したのは、日々のサッカーに取り組む姿勢である。
「(池田は)日頃の態度や取り組む姿勢が安定していて、それがグラウンドで出ていると感じます。計算できて、信頼できるキーパーを新たに1人、見つけたことは大きな収穫です」(高倉監督/アルガルベカップ・ノルウェー戦翌日)
追加招集の機会をチャンスと捉え、そこで結果を出した池田は、アルガルベカップから1ヶ月後の4月9日に熊本県で行われたコスタリカ女子代表との親善試合で、先発出場した。
この試合でも、池田はグラウンドを広く使ったパス回しで持ち味を発揮し、日本の3-0の勝利に貢献した。
試合後、池田の表情は変わらず、穏やかだった。
「これまでに代表で出場した2試合とも、自分の得意なところは出せていたのですが、弱点が出ていません。今日の試合では、コスタリカの選手と接触した場面や、コーナーキックで飛び出そうとしてボールに触れなかった場面がありました。それが自分の弱いところです。そういうところをもっと強化しないと、世界の、さらにレベルの高い国と対戦した時にはやられてしまう。なでしこジャパンに定着することはもちろんですが、まずはしっかりと戦えるキーパーになるために、もっと身体を強化していきたいです」(池田)
池田は世界の強豪国と互角に戦うために、いつも謙虚に、平常心でトレーニングに臨んでいる。
だからこそ、勝って驕(おご)らず、負けて腐らずーー。
池田には、ブレない軸がある。
【浦和のハイレベルなスタメン争い】
今シーズン、池田はリーグ戦4試合にフル出場(4月28日現在)しているが、浦和の石原孝尚監督は、チーム内のGKのハイレベルなポジション争いの中で誰を起用するかについて、絶えず悩んでいると話した。
昨シーズンからは、年代別代表で平尾とともに活躍してきた松本真未子も加わり、浦和はGKに三者三様のタレントを抱えることになった。
「シュートストップは平尾や松本も素晴らしく、特に平尾は練習から調子が良いので起用したいと思っていますが、池田はコーチングや背後のカバーも良いので、ゲーム全体で考えて、今は池田を信頼して起用しています」(石原監督)
ハイレベルな練習環境の中で己を磨き、池田は今シーズン、チームを勝たせるGKになることができるか。
浦和での正GK争いと共に、なでしこジャパンの守護神争いからも目が離せない。