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新型コロナ感染症:勘違いしないで「行動変容」は「3密を避ける」だけじゃない

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染症(COVID-19、以下、新型コロナ感染症)の感染拡大が全国的に止まらない。感染拡大を防ぐためには、一人ひとりが他者との接触を避け、感染しない感染させない行動を取ることが重要だ。だが、言葉の使い方にやや誤解があるようなので整理してみたい(※この記事は2020/04/21の情報に基づいて書いています)。

専門家会議が使った「行動変容」の意味

 外出自粛や行動制限は感染拡大を防ぐための重要な方法だ。世界各地では自粛反対の動きもあるが、ワクチンや治療薬がない現状では感染を広げないための「行動変容」が一人ひとりに求められている。

 ところで、全国紙(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、産経新聞)の記事に今年(2020年)初めて「行動変容」という言葉が掲載されたのは、2020年3月20日、読売新聞の東京版朝刊だ(新聞・雑誌記事横断検索:G-Searchによる)。

 前日19日、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が公表した見解の要旨として「感染拡大防止の効果を最大限にする方針を続けていく必要がある。このため、〈1〉クラスター(患者集団)の早期発見・早期対応〈2〉患者の早期診断・重症者への集中治療の充実と医療提供体制の確保〈3〉市民の行動変容──という3本柱の基本戦略は、維持・強化していかなければならない」と報じた。

 さらにいわゆる「3密」についても「〈1〉換気の悪い密閉空間〈2〉人が密集している〈3〉近距離での会話や発声が行われる──の3条件が重なった場での行動を十分抑制してもらうことが重要だ」とした。

 この記事による専門家会議の見解の要旨によれば、「行動変容」とは「3密」が重なった場での「行動」を抑制する意味になっている。

 だが、「イベント自粛や学校の一斉休校などの効果は『定量的な測定は困難』としながら、『一連の国民の適切な行動変容により、新規感染者が若干減少した』と意義を認めた」とし、イベント自粛や学校の一斉休校などが「行動変容」と受け取れる表現を紹介している。

 この「行動変容」の言葉の意味は、3月21日、産経新聞の大阪版朝刊にある。北海道が2月28日に実施した「緊急事態宣言」で日常生活の行動が変化し急速な拡大防止に一定の効果があったとし、「政府が要請した大規模イベント自粛や全国一斉休校の影響か不明だが、新たな患者数は若干減少した。引き続き(1)換気の悪い密閉空間(2)人混み(3)近距離での会話-の3条件がそろった場所を避けることが重要」としている。

 その後の3月26日の朝日新聞の東京版夕刊でも「行動変容」という言葉が出てくる。北海道の「緊急事態宣言」の効果を紹介した後、こうした対応について「(感染拡大防止に)一定の効果があった。首長によるアラートの発出が地域住民の行動変容につながり、一定の効果を上げる可能性を示唆している」との政府の専門家会議の尾身茂副座長の発言を紹介している。

 これらの記事での「行動変容」とは、北海道の緊急事態宣言による住民の活動自粛のことを意味しているのか、いわゆる「3密」を避けることを意味しているのか、専門家会議の発言でも曖昧なままだ。

曖昧な「行動変容」の使い方

 その後の新聞記事でも「行動変容」が医療関係者や研究者の言葉として出てくる。

 4月1日、朝日新聞の東京版朝刊では、政府の専門家会議副座長の尾身茂・地域医療機能推進機構理事長と、メンバーの舘田一博・日本感染症学会理事長へのQ&Aで「行動変容はどうすれば起こせますか」という問いに「感染者の8割は軽症で、感染しても人にうつしても気づかないこともある」から「3条件が重なる場に行かないなど」ととし「全ての年代の人に、今までよりも少し気をつける心構えをもってほしい」と答えている。

 4月6日、読売新聞の西部版朝刊では、東大医科学研究所(東京)が行った1万人規模のインターネット調査(※1)を紹介し、その記事中で「多くの感染者が出ている地域では、地元首長の警告が住民の行動変容につながっていた」とした。

 この場合の「行動変容」というのは、住民が行った感染対策全般に対する何らかの行動(それぞれの「密」を避ける、「3密」を避ける、手指衛生の実施、咳エチケットの実施、マスクの装着、風邪気味だったら外出しない、十分な休養と睡眠をとる、栄養のある食事をとる、など)を意味している。つまり、新型コロナ感染症の感染予防のためにとった特別な行動ということだ。

 4月12日、朝日新聞の大阪地方版/岡山では、川崎医大の中野貴司教授へのQ&Aで「限定される条件の中で自分が楽しめることを見つける。スポーツジムに行けないのなら散歩し、一句ひねるのもよし。外食できないなら、家族みんなで夕飯を作るのもよし。それが『行動変容』ということだ」という言葉が出てくる。

 このように「行動変容」の「行動」が記事によってかなり多様ということがわかるが、大きく分けると、イベントなどの自粛、いわゆる「3密」を避ける、一人ひとりが感染拡大させないよう気をつける、ということになる。他に指摘される行動としては、不要不急の外出を控える「Stay at Home」の実施、外出時に他者との間隔を開けるソーシャル・ディスタンシングをとる、などがあるが、いずれにせよ、行動変容の意味は新型コロナ感染症への対策に関係するものとなる。

「3密」を避けるだけでは不十分

 ただ、誤解されがちなのは、「行動変容」が単に「3密を避ける」ことだけではない点だ。換気の悪い密閉空間、人が密集している、近距離での会話や発声が行われる、といった3要素は1つだけでも感染リスクがあるのと同時に、自宅で過ごして不要不急の外出を控えることが重要な「行動変容」になる。

 陽気が良くなって外出したくなる気持ちも理解できるが、3密を避けさえすればどこへ外出してもいいというわけではない。感染者へのいわれなき差別や偏見と同じで、自分がいつ感染者になるかわからない。

 明日は我が身という意識があれば、差別や偏見はもちろん不要不急の外出が感染拡大につながることは容易に想像できるだろう。繰り返すが「3密」を避けるだけが「行動変容」ではない。とにかく今は不要不急の外出を控えるべきだ。

 ところで、一般的な意味での「行動変容」というのは、悪い行動から良い行動へ、ネガティブな行動からポジティブな行動へ変えることだ。例えば、暴飲暴食からバランスのとれた規則的な食事へとか、タバコをやめるとか、運動が不足する生活を改めて適度な運動を習慣づけるなどだ。

 だが、現在の「行動変容」の中には、外出を控えたり「3密」を避けて他者との間隔を開けるなど、日常的な生活に支障が出る行動や行動の制限が含まれている。つまり、本来の「行動変容」という言葉の意味から逸脱した使い方をしていると言わざるを得ない。

 もちろん、新型コロナ感染症の感染拡大が続いている現状で、市民一人ひとりの行動を従来のものから大きく変えなければならないのは当然だ。「行動変容」という言葉はこの分脈から使われているが、新型コロナ感染症の感染が終息した時には、いったん変えたネガティブな行動を元に戻す必要がある。

 もともと人間は、外出して他者と接し、密集・密閉・近距離の「3密」が好きな生物だ。それだけ今が異常事態ともいえるが、ポジティブな日常を取り戻すためにも、しっかり「行動変容」して感染拡大を阻止することが重要といえるだろう。

※1:Kaori Muto, et al., "Japanese citizens' behavioral changes and preparedness against COVID-19: How effective is Japan's approach of self-restraint?" medRxiv, doi.org/10.1101/2020.03.31.20048876, April, 3, 2020

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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