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挑む側から挑まれる側に回った藤井聡太竜王(19)新人王戦記念対局で伊藤匠四段(19)に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 12月13日。東京・将棋会館において新人王戦記念対局・伊藤匠新人王(19歳)-藤井聡太竜王(19歳)戦がおこなわれました。

 結果は98手で藤井竜王の勝ちとなりました。

 3年前は新人王として挑む側。今期はタイトルホルダーで挑まれる側。藤井竜王は両方の立場において、勝利をあげることになりました。

熱のこもった記念対局

 本局がおこなわれたのは将棋会館5階、特別対局室。同日、壁を隔てて隣りの高雄の間では、棋王戦敗者復活戦▲郷田真隆九段-△佐藤康光九段戦がおこなわれていました。

 将棋界の歳時記では11月から12月にかけて棋王戦挑戦者を決めるトーナメントは佳境を迎え、またこの頃、新人王戦の記念対局もおこなわれます。

 藤井竜王は3年前の2018年、史上最年少の16歳で新人王戦優勝。3年後の今期には史上最年少でタイトル四冠を保持し、今度は史上最年少でタイトル保持者として新人王戦記念対局に臨むことになりました。

 伊藤四段は現在の現役最年少棋士。局後、「歳下は初めての対局?」という問いに藤井竜王は苦笑していました。

藤井「でも別に、そんなに下っていうか、そういう意識はまったくなかったですけど」

 藤井竜王は伊藤四段より3か月ほど早く生まれていて、同学年です。

 対局が始まる前、駒が並べられます。藤井竜王は「王将」、伊藤四段は「玉将」を所定の位置に据えました。藤井竜王は多数派の「大橋流」、伊藤四段は少数派の「伊藤流」で駒を並べていきました。

「伊藤流」は、多くの名人を輩出した将棋宗家の名にちなんでいます。

 もし伊藤四段が将来、名人位に就くと、伊藤宗印11世名人(1826-93)以来、百数十年ぶりに「伊藤名人」が誕生することになります。

 本局の先後はあらかじめ決まっていて、新人王の伊藤四段が先手。振り駒はおこなわれません。

 両者「お願いします」と一礼のあと、対局開始。持ち時間各3時間の対局が始まりました。

 伊藤四段は初手、飛車先の歩を突きました。

 藤井竜王はいつものようにお茶を一服したあと、2手目にこちらも飛車の前の歩を一つ進めました。

 5手目。伊藤四段は角の横に金を上がります。伊藤四段は得意の相掛かりを採用しました。

 6手目。藤井竜王も同様に金を上がったところで関係者や報道陣が退出。藤井竜王はスーツの上着を脱いで、グレーのセーター姿になりました。

 26手目。藤井竜王は飛車先の8筋から動いていきます。以後は藤井竜王が攻め、伊藤四段が受ける進行となりました。

 ABEMAでは深浦康市九段と高見泰地七段が解説を担当。高見七段はABEMAトーナメントでは藤井竜王、伊藤四段のチームメイトでした。

 途中、渡辺明名人(棋王・王将)が対局室を訪れている場面がありました。この日は取材があったようです。

 年明けの1月からは渡辺王将に藤井竜王が挑戦する王将戦七番勝負が始まります。

 42手目。藤井竜王は伊藤陣に角を打ち込みます。角桂交換で駒損をする代償に

飛車を成り込んで龍を作り、リードを奪いました。

 伊藤四段も藤井陣に角を打ち込み、馬を作って反撃。対して、62手目、藤井竜王はじっと馬に金を寄せます。局後の藤井竜王の感想では、このあたり、さほど自信がなかったような口ぶりでした。しかし客観的に見れば渋い受けの好手で馬の動きを封じ、さらにリードを広げたようです。

 解説の深浦九段と高見七段は終始、藤井竜王の指し回しに賛辞を惜しみませんでした。

深浦「本当、正直に言いますけど、藤井さん以外にこういう勝ち方できる人、いるんですかね」

 このままタイトルホルダー完勝で終わるのか。そう思われたところから伊藤新人王は懸命に藤井玉に迫っていきます。

 桂の王手に対して、84手目。藤井竜王は駒を取りながら一段目に逃げるか。それとも安全重視で三段目に逃げるか。藤井竜王は小考で最短の勝ちを目指し、前者を選びました。

 85手目。伊藤四段は藤井玉の上部に金を打ってしばります。これで一手違いの形。もし中継画面の形勢表示を見なければ、どちらが優勢なのかはわからないかもしれません。むしろ伊藤四段に大チャンスが来たのではないかと思われた場面でした。

 86手目。藤井竜王は角を打ちます。王手金取り。対して伊藤四段は龍角歩の焦点に合駒。スリル十分の最終盤になりました。

深浦「なんでこんなことする必要があるんですか? 勝ってる側が・・・」

高見「まあスリルを味わいたいんじゃないですか?」

深浦「本当ですか? それは高見さんでしょ」

高見「自分もスリル味わいたくてやってるわけじゃないんです。気がついたらスリルなんです」

深浦「名言ですね。気がついたらスリル」

 危ないようでも、藤井竜王の指し手は攻防ともに正確そのもの。着実に勝ちへと近づいていきまひた。

 94手目。藤井竜王は伊藤玉の頭に香をたたきこみます。タダで取られますが、そこで龍を入って、きれいに受けなし。中盤で作った龍が、終始大活躍をしました。

高見「めちゃめちゃ強かったですね」

深浦「そうですね・・・。ちょっと付け入るスキがなかったような気がします」

 解説陣が一局を振り返る中、対局室では記録係の秒読みの声が響きます。

記録「30秒・・・。40秒・・・。50秒、1、2、3、4、5、6、7」

伊藤「負けました」

 伊藤四段が投了し、藤井竜王も一礼。熱のこもった記念対局が終了しました。

伊藤「とても貴重な機会で楽しみにしていたんですけど。ちょっとそうですね、将棋の方は、中盤あたりからけっこうずっと苦しい展開だったのかなと思って。そうですね、もう少し勝負形にしたかったなという感じです。基本的にはけっこうずっと苦しいのかなと思っていました」

藤井「自分にとっては3年ぶりの記念対局ということで。自分としては立場の違いというのは意識しなかったですし。けっこう、公式戦以外で長い対局することがなかなかないので、自分もとても楽しみにしていました。今年(2021年)を振り返ると叡王と竜王、2つのタイトルを獲得することができて。なんか全体として自分の実力以上の結果を出せたのかな、というふうに思っていますし。タイトル戦をはじめ、本当に大きな舞台で対局をすることができて、とても充実した一年だったかな、というふうに思っています。年明け(2022年)から王将戦があって、そのあともけっこうタイトル戦が続くことになるとは思うので、コンディションをしっかり維持して、いい将棋が指せればというふうに思いますし。そういった経験を通して成長していけたらというふうに思っています。一年ごとに目標を立てることはあまりしていなので、そうですね、これまでと同様に自分の将棋の課題というのを見つめ直して、強くなっていけるようにがんばりたいと思います」

 藤井王位への挑戦権を争うリーグも年明けから始まります。

伊藤「自分自身は王位リーグには、舞台は初めてですので、まずは5局を一生懸命指し切りたいですけど。(挑戦は?)そういう段階ではまだないです」

 もちろん、当然ながら藤井王位への挑戦は難しい。しかしその難関を突破すれば、史上初、十代同士のタイトル戦が実現します。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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