最後の秋3冠馬ゼンノロブロイの伯楽の言葉から探るドウデュースとの相違点と共通点
ゼンノロブロイが最後の3冠制覇
今週末、中山競馬場で有馬記念(GⅠ)が行われる。
ファン投票で史上最多の得票をマークし、本番でも1番人気の予想をされるのがドウデュース(牡5歳、栗東・友道康夫厩舎)だ。2歳で朝日杯フューチュリティS(GⅠ)を勝利した後、5歳になった今年まで毎年GⅠを制覇。直近の天皇賞・秋(GⅠ)とジャパンC(GⅠ)を連勝し、グランプリに駒を進めて来た。
秋のこの3つのGⅠを同一年にスイープした馬は過去にテイエムオペラオーとゼンノロブロイの僅か2頭。最後の秋の3冠馬が生まれたのは2004年だから、もう20年も前の話になる。同じ期間に牝馬3冠馬は昨年のリバティアイランド等5頭、牡馬もディープインパクトら3頭が出ている事を考えると、世代を超えた3つのレースを全て勝つのがいかに狭き門かが分かる。これに関し、ゼンノロブロイを管理した藤沢和雄元調教師は次のような見解を述べる。
アメリカで感じた短期間で3つ勝つ厳しさ
「春に2冠を走って秋にもう1冠という日本の3歳クラシックを全て制すのも勿論、難しいです。ただ、短期間にまとめて3つを勝つのも強靭な体力が求められます。アメリカの3冠馬が少ない事を考えてもそれは紛れもない事実でしょう」
アメリカの3冠競走はケンタッキーダービー(GⅠ)とプリークネスS(GⅠ)、そしてベルモントS(GⅠ)だ。ケンタッキーダービーは通常5月の初旬に行われ、中1週で2冠目のプリークネスS、更に中2週で最後の1冠ベルモントSが開催される。近年では15年にアメリカンファラオが、18年にはジャスティファイがこの3つを先頭でゴールしてみせたが、その前の3冠馬は、というと実に1978年のアファームドまで遡らなければならない。期間が短いからといって勢いで乗り切れるモノではない。勝った後のダメージを短期間で回復し、更にまた勝てる状態に仕上げる。その難しさをアメリカの3冠競走が証明しているわけだが、藤沢元調教師は現役時代その厳しさを目の当たりにした事があった。
08年、京都のダート1800メートルで行われた新馬戦を大差勝ちしたカジノドライヴ。この馬を、藤沢調教師はアメリカへ連れて行った。同馬の兄姉であるジャジルとラグズトゥリッチズは共にベルモントSの覇者。そのためカジノドライヴを山本英俊オーナーが購入した際「3きょうだいでのベルモントS制覇の夢が潰えた」と、アメリカの競馬ファンが嘆いたという。そこでオーナーと藤沢調教師が協議した上で、アメリカのファンの期待に応えようと、3冠最後の1冠へ挑ませるため、渡米したのだ。
前哨戦のピーターパンS(GⅡ)を勝ち、日本調教馬として初めてアメリカのダート重賞を制すと、勇躍ベルモントSに挑戦……するはずだった。しかし、当該週にザ石。最終的に現地の獣医からはOKが出るのだが「将来性のある馬だから……」と伯楽は自重。アメリカまで行っていながら、出走を取りやめた。その際、言っていた。
「アメリカの3冠競走は短期間での生き残り合戦だけど、1つに挑むだけでも厳しかったですね」
カジノドライヴのいなくなったベルモントSを観戦すると、その思いは更に強くなる。
この年、ケンタッキーダービーとプリークネスSはビッグブラウンが勝利していた。そして、同馬はアファームド以来の3冠馬の座を懸けベルモントSに出走してきた。しかし、3冠を直前にして、同馬の周囲には不穏な空気が漂った。脚元の不安説が流れたのだ。結果、そんな噂は残念な事に的を射てしまう。同馬はレース途中で追走を放棄。1頭だけ離れたシンガリで、青息吐息でのゴール(記録は競走中止)となったのだ。この結果は、短期間で3つ戦うアメリカ3冠レースの構成と無関係ではないだろう。
ゼンノロブロイとドウデュース
さて、話を国内に戻す。何もアメリカを例に出さなくても、天皇賞・秋→ジャパンC→有馬記念を3タテした馬が2頭しかいないのは先述した通り。3つの中で最も歴史の浅いジャパンCが天皇賞・秋と有馬記念の間に鎮座した事で出来たこの秋の3冠路線だが、確立された当初は全てに出走する馬が多数いた。しかし、コンプリートする事はなかなか出来なかった。実力馬が天皇賞・秋やジャパンCで星を落としたり、最後の有馬記念で思わぬ大敗をしたりといった光景が繰り返されると、近年ではこの3つ全てに走る馬すら少なくなった。どこか1つをパスするケースが増えたのだ。
そんな中、今年はドウデュースが早々にこの3つへの参戦を表明。そして、見事に最初の2つを勝利して、ゼンノロブロイ以来、史上3頭目の秋3冠制覇を懸け、今週末のグランプリに出走するのだ。
ちなみに藤沢元調教師は、ゼンノロブロイが全て勝てた理由を次のように語った。
「ロブロイは元々ナマずるくて前進気勢が足りないというか、一所懸命に走ろうとしないタイプでした。だから3歳時に、私としては珍しく天皇賞・秋ではなく菊花賞に出走させたくらい。調教でも全力で走ろうとしないのが、秋の3つを戦う分にはかえって良く向いたと思います。普段の調教でバリバリ走って、競馬でも勝って、を繰り返していたら、有馬記念の頃には疲れて余力がなくなっていたかもしれません」
これがドウデュースにも当てはまるかと言うと、決してそうは言えない。同馬は武豊騎手を背に、ジャパンCの1週前には半マイル50秒7、今回も1週前の11日にそれを上回る50秒3の好時計で動いている。しかし、これに関しては管理する調教師の友道康夫が言う。
「ユタカを乗せると気持ち良く走り過ぎるので、それを考慮して普段の調教では抑え気味にしています。だからオーバーワークにはなっていません」
さすがは、先週アドマイヤズームで朝日杯フューチュリティS(GⅠ)を優勝し、2週連続でのGⅠ制覇を目指す伯楽である。そのあたりの匙加減は外野が心配する事ではなさそうだ。
ゼンノロブロイの3連勝について、藤沢元調教師が続ける。
「もう1つ、オリビエと出合ったのも、ロブロイには大きかったですね」
オリビエとは勿論オリビエ・ペリエ騎手(当時、引退)の事。96年から98年にかけて凱旋門賞(GⅠ)を3年連続で制す等、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったフランスの名手は、ゼンノロブロイに計4度騎乗した。最初の菊花賞こそ4着に敗れたが、その後の3回がこの04年の秋3冠での3連勝だった。
「ナマずるいロブロイを、オリビエがぎっしりと動かしてくれました。その後もケント(デザーモ)やユタカ、ノリ(横山典弘)らいずれ劣らぬ名手に乗ってもらったけど、結果的にオリビエで勝って以降は善戦止まりになってしまいました。当時のオリビエの手綱捌きには神がかったモノがありました」
この点は今回のドウデュースでも全く不安のない要素である。ここまで同馬の5度のGⅠ制覇全てでタッグを組んだ天才・武豊が、今回も騎乗する。ここ2戦はスローペースにもかかわらず後方からの追い込みを決めた。展開的には明らかに向いていないのに、慌てる事なく持ち味をフルに発揮させてみせた。鞍下の特徴を完全に掴んでいるからこそ出来た芸術的な手綱捌きだったと言えるだろう。
有馬記念は22日にスタートを切る。果たしてドウデュースがゼンノロブロイ以来の秋の3冠制覇を達成するのか。大いに期待したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)