キリンや大学の進出で変わる東京・中野への期待と不安
■中野移転でキリンは活気づくのか
「OBには『みやこ落ち』だとからかわれました」と、キリン株式会社・キリンビール株式会社の磯崎功典社長は挨拶で述べて出席者の笑いをとった。移転したばかりの東京・中野の新本社で5月30日、マスコミ関係者を集めて開かれた「キリングループ懇談会」でのことだった。
それまでキリンホールディングスをはじめキリングループ各社の本社は、山手線の内側にあった。キリングループ各社は否定するが、借入金返済のための売却という話もあるなかで、今年5月、山手線の外側である中野に移ってきたのだ。
売却できるのだから、それまでの本社は自社ビルだった。しかし、新本社は賃貸である。それもふくめて、OBからしてみれば「みやこ落ち」なのだろう。
たしかに、古い価値観からすれば「みやこ落ち」なのかもしれない。しかし企業にとってのオフィスは、シンボル以上に機能性が重視される時代になっている。いくら山手線内の自社ビルでも、機能が不十分では価値がない。
今回、キリングループが17階から21階までの借りている中野セントラルパークサウスは、1フロアの広さが1528坪もある。キリングループは、ここの17階から21階までを借りている。キリン株式会社傘下のキリンビール、キリンビバレッジ、メルシャンは、その1フロアに3社の従業員全員が机をそろえている。それができるのも、「1日の歩数が増えた」と従業員が笑うくらいの広いスペースがあるからだ。
しかも会社ごとにかたまっているのではなく、3社の同じ機能の部署が集まる配置になっている。3社の連携がとりやすいレイアウトになっているのだ。機能重視のオフィス利用である。
ちなみにキリン株式会社は、国内事業を主体とする3社が連携して事業を盛り立てるため、今年1月に設立された持ち株会社だ。新本社移転によって、その趣旨を実現しやすい環境も手に入れたといえる。「みやこ落ち」どころか、「グレードアップ」したわけだ。
とはいえ、どういう結果を生むのか、まだ未知数である。めざましい成果をあげる可能性もあるし、かけ声だけで終わる可能性もある。新本社の可能を生かせるかどうかは、3社の力量次第だ。
■活気づく商店街は、「良さ」を残していけるのか
キリンのOBには「みやこ落ち」といわれた中野だが、新宿からは中央線で1つ目の駅であり、総武線や地下鉄東西線も乗り入れている。距離的にも交通の便からいっても、便利な場所なのだ。
そんな便利な場所にキリングループが移ってきたのは、中野駅北口の再開発が行われたからだ。それによってキリングループが入居するビルだけでなく、明治大学、帝京平成大学のビルもオープンした。これから早稲田大学もやってくる。
大学構内が学生運動の拠点として使われるのを防ぐのと広いキャンパスで学生を呼ぶ目的で次々と郊外にキャンパスをかまえた大学だったが、遊べる都心から遠い場所は学生に敬遠された。学生運動の心配も消えた現在、学生を呼ぶには都心に近い校舎こそが必要になってきている。都心に近く、郊外のキャンパスにはかなり劣るものの、校舎を確保できる中野駅北口の再開発は、大学にとっても魅力的だったわけだ。
そしてキリングループや大学がやってきて、現在でも昼間の人口が2万人も増えたという。これが商店街に影響しないわけがない。
中野北口には「オタクの聖地」といわれる「ブロードウェイ」に続く「サンモール商店街」があり、そこを中心に商店、飲食店が軒を連ねている。それまでも、それなりに賑わっているエリアだった。
しかし、この商店街を久々に歩いてみて驚いた。明らかに活気づいている。一挙に2万人もの人が増えたのだから、商店街が活気づくのは無理もない。とはいえ、実際に目の当たりにすると、人が増えることの効果を実感させられてしまう。
これから早稲田大学などもやってくれば、ますます人は増え、商店街は活気づくにちがいない。同時に、店舗の価値も高まっていくだろう。
つまり、「高くてもいいから貸してくれ」という要望が増えていくにちがいない。自分でやるよりテナント業に転じたほうが儲かると考える店主や、高くで借りてるところに貸したほうがいいという家主も増えるだろう。
借りるほうは資本力のあるところとなる。資本力があるとなると、「すでに知られているところ」となりかねない。
中野は、細々ながらも個性的な飲食店が多いところだ。資本力によって、その個性が淘汰されかねない。中野の商店街がもっている「良さ」が失われる可能性もある。
人が増えて活気づくことは、それまでの商店街でいられなくなる可能性も秘めている。それが良い方向に変わるのなら歓迎だが、どこにでもある店がならぶありふれた商店街になるのなら、残念というしかない。これからの中野に注目だ。