2年連続盗塁王の神谷塁(BC・石川)が「鳥谷打法」で今年こそNPBへ!《2019 ドラフト候補》
■野球の申し子「塁」
「神谷塁」。
野球の申し子のような「塁」という名前は、お母さんがつけてくれたという。
1995年、夏の甲子園大会の開幕は8月7日だった。ちょうどその日に誕生した我が子に、野球好きのお父さんは「ショート(漢字は未定)」「球児」…と、野球にちなんだ名前をいろいろ考えた。男の子なら野球をしてほしいと切に願っていた。
「塁がいい。塁がかわいい」と希望したのはお母さんだった。生まれる前から「もし女の子だったとしても、いいから」と、強く推していた。
「塁」と名づけられた男の子は、お父さんの望みどおり野球に夢中になった。
「ほかのスポーツをやってたら、どうなってたのかな」と笑う。「いや、サッカーやってたらたぶん怒られてたと思う。グローブしか買ってもらわなかったし、そういうふうに導かれた(笑)」。
そしていつしか塁少年は、プロ野球選手を目指すようになった。
■昨年を超える
昨年を超えなければNPBはない―。
そう思って今年、石川ミリオンスターズの神谷塁選手はひたすらキャリアハイを目指して邁進してきた。
2019年はNPBの指名を勝ち取るためのシーズン、昨年の悔しさを晴らすシーズンだった。
昨年は、難関である読売ジャイアンツのプロテストを通過した。ただしこれは即入団できるというものではなく、ジャイアンツのドラフト候補のリストに名前が掲載され、その俎上に乗ったということにすぎない。
そしてドラフト会議当日―。
「神谷塁」の名がコールされることはなかった。
そこで誓った。すべての面で昨年を上回るよう努力しよう、と。
昨年、35盗塁で初めて盗塁王に輝いた。連続で獲得することは神谷選手にとって最低限の目標だった。
そして今年、重ねたスチールの数は43コ。2位の荒谷勇己選手(石川)の34コを大きく引き離した。
トップの座を一度も譲らず、“石川の韋駄天”として、その足をおおいにアピールできた。
「盗塁王を2年連続で獲れたっていうのは、誰にもできないことなので…」。
刻んだ記録は誇らしい。しかし神谷選手は昨年、痛感していた。「盗塁王を獲ったところでプロには行けない」と。
そこで今年は盗塁王は必須として、「それプラス何か目立つものがいる。それだったらもう打つ、打って走るっていうのを磨こう」と、さらに打撃力をアピールしようと考えてシーズンに臨んだ。
打撃力を上げるために―。神谷選手が取り組んだのは阪神タイガースの生え抜きスターであり、一昨年2000安打を達成した鳥谷敬選手のバッティング、「鳥谷打法」だった。
■「鳥谷打法」で開眼
昨年はバットを上から出すイメージだったため「ちょっとこすっていた」という。
「ピッチャーに多く投げさそうと、とりあえずファウルを多く打つっていうバッティングをしていた」と振り返る。
「右肩を開かないで、バットだけ落とすっていうっていうイメージで。だからあっち(左)のボテボテのヒットとか、ショートゴロ、サードゴロも多かった」。
それが今年は「面に入れた」という。つまりはレベルで振るということだ。
「ずっとレベルで出したいなと思っていて、左バッターでレベルっていったらやっぱ、阪神の鳥谷選手だなと思って、もうずっと参考にして見ていた」。
映像を検索し、タイミングの取り方、バットの出し方などをつぶさに見て研究した。そして自分なりのアレンジを加えて、自身の形を作り上げていった。
「鳥谷選手の丸パクリだけど(笑)」。
オフからキャンプにかけて取り組んできて、「それがよかったんで、ずっと続けてた」と手応えが深まっていった。
「まっすぐに対してレベルで出すからミートできるようになって、それが長打にもなったり、速い打球につながったりしている」。
ランナーが一塁にいる場合は一、二塁間を抜こう、セカンドの頭の上をライナーで越そう、と引っ張りのバッティングをするようになった。それが間を抜けて二塁打、三塁打になり、確実に長打も増えた。
「引っ張ってもいいっていうように、考え方を変えた」という。
そこにはNPBに行くんだという強い気持ちがあった。「やっぱりプロで当てるだけのバッターっていないんで。長打も打てないとダメだなと思って。とにかく強く振ろうと。で、思いっきりボールに入り込んで打ったら、そういういい感じになってきた」。
ここまで大きく変えることは非常に勇気のいることだ。しかし神谷選手はそれをやってのけ、みごとキャリアハイに繋げた。
打率は昨年の.246から格段に飛躍して.332でフィニッシュした。最後は惜しくもランキング外となってしまったが、シーズン中はずっとリーグの打撃10傑の常連メンバーだった。
また、出塁率も昨年の.352から.407とめざましくアップし、これらが盗塁数増にも直結している。
さらには長打率も.277から.378に上がった。
■内外野オッケーのユーティリティー
もちろん打撃だけではない。走攻守三拍子そろった選手として、守備でもアピールした。
昨年は外野、今年は内野を守りきった。どちらもできるユーティリティープレーヤーとして、その存在価値は高い。
ただ、本人の求めるレベルが高いからか、「まだまだ“嗅覚”が足りない」と自省する。
「目に見えないミスっていうか。ピッチャーが打ち取った打球を間抜かれてしまったし、捕ってほしいのを捕れなかったりがあった」。
とはいうものの、周りのメンバーとアドバイスし合い、連係を取り合ったことで、お互いにポジショニングやカバーリングは進歩した。守備に関しての会話も増え、チームとして高め合えた。
その結果、それぞれがファインプレーを数多く見せることとなった。
今季、神谷選手の守備の中で、しきりに後ろポケットに手を入れては手のひらにフッと息を吹きかけるシーンが多く見られた。舞う白い粉がロジンを触っているのだと教えてくれる。
聞けば「一度雨の日にしてから、クセになって…。しないと落ち着かない」と、1球1球必ずしているという。
これも絶対に送球ミスをしないための、神谷選手なりの準備のひとつだ。
■2年連続盗塁王の盗塁と走塁
そして神谷選手といえば、一番のウリはもちろん「足」だ。先述したとおり、2年連続盗塁王の獲得は自身の必須課題だった。
出塁し、走れるシチュエーションでは必ず仕掛ける。しかもなるべく初球でスタートを切ることを心がけてきた。
「牽制をもらうと余裕ができる。リードの幅とか」。1球の牽制球でその投手のクセを知る。
「雰囲気とかキャッチャーの構えてる位置とか、そういうのを見ながら」と、常にアンテナを研ぎ澄ませている。
そして数字に表れる盗塁だけではない。神谷選手の脚力は、走塁においてもいかんなく発揮される。
「セカンドからホームに還ってくるときは、なるべくふくらまないように一直線に」と、その走路はロスなく最短である。
そのために「ベースを踏むちょっと手前くらいで、全力でなくちょっとだけ(力を)抜いて体を倒す」という。
「ベースの前を全力で走ったら、ちょっと(走る曲線が)大きくなってしまう。抜いて体を倒すと、全力で走るより、実際速い」。
さらにはリードの位置も工夫していることを明かす。
「2アウトだったら、後ろにリードとっている」。
セカンドからサードへのライン上ではなく、やや後ろに位置取る。これも、そのままサードベースを踏んで、ふくらまずに最短でホームに還るようにするためだ。
“石川の韋駄天”は盗塁、走塁ともに脚力だけでなく、頭脳を使い意識をより高めて取り組んできた。
■常に上を目指して…
すべての面でレベルアップはした。ここまでの結果を出せたのは、やはり根底に昨年の屈辱があるからだ。
その思いの結実が今季の成績ということになる。
しかし、これで納得しているかといわれれば、決してそうではないという。
「もっとできたなっていう感じはある。盗塁にしても打率にしてもヒット数にしても、もっとできた。なんか物足りないなって、正直」。
おそらく、どれほどの数字を残そうとも満足することはないのだろう。もっとできる、もっともっと上へと、常に前だけを向いて邁進するに違いない。
■塁は裏表なく明るく元気に突き進む
「塁」という名前は、本人も気に入っている。
「塁っていう漢字、ひっくり返してみて」と嬉しそうに言う。シンメトリーの漢字はひっくり返しても変わらない。
「そう。ひっくり返しても塁って読めるでしょ。だから、自分の中では裏表のない人間になりたいなって。後づけだけど(笑)」。
中学2年の国語の授業で、名前について勉強しようという機会があったそうだ。そのときにハッと気づいたそうで、以来、裏表なく常に明るく元気でいようと生きてきたという。
そんな自分だからこそ「勝さん(武田勝監督)の楽しむ野球っていうのを体現できた」と、そこに関しては満足いくシーズンを送れたとうなずく。
裏表なく、沖縄の太陽のようにいつも明るく元気な神谷塁選手。
NBPに向かって、脇目もふらず一直線に突き進む。
【神谷 塁(かみや るい)*プロフィール】
1995年8月7日生(24歳)/沖縄県出身
170cm・62kg/右投左打/A型
北山高校→ビッグ開発ベースボールクラブ→石川ミリオンスターズ(2017~)
【神谷 塁*今季成績】
70試合 打率.332 286打数 95安打 6二塁打 2三塁打 1本塁打 28打点 27三振 34四球 2死球 43盗塁 4併殺 出塁率.407 長打率.378
(撮影はすべて筆者)