同日重賞制覇の横山和生、武史兄弟が、簡単には届かない父・典弘の領域とは?
兄弟で同日重賞制覇
先週、6月11日、函館競馬場で行われた函館スプリントS(GⅢ)を横山武史騎手の乗るキミワクイーンが勝利。その約20分後、東京競馬場で行われたエプソムC(GⅢ)は横山和生騎手のいざなったジャスティンカフェが優勝。横山兄弟が同一日に重賞を制覇。兄弟騎手の同日重賞制覇は1997年3月2日に武豊騎手がランニングゲイルで弥生賞を勝ち、武幸四郎騎手(現調教師)がオースミタイクーンでマイラーズCを制して以来、グレード制導入後、2例目の快挙となった。
函館スプリントSを制したキミワクイーンはそれまで先行して競馬をする事が多かった。しかし、今回は一転して後方からの競馬。これが奏功した。レースの前後半がそれぞれ33秒0-35秒2というラップ。前半の速い流れに先行勢の末脚が鈍るところを、後方に控えていた横山武史&キミワクイーンが見事に差し切ってみせた。横山武史の好判断が導いた勝利といえるだろう。
一方、エプソムCでまず目を引いたのはジャスティンカフェの返し馬だった。馬場入り直後の同馬はややうるさい素振り。とっとと返し馬へ移ってしまえば手綱を取る方からすれば楽だったはずだ。しかし、横山和生は馬の勝手にはさせなかった。グッと抑えて落ち着かせ、自らの指示によって返し馬へ移ると、鞍下のパートナーはそれまでイキり気味だったのが嘘のようにソフトに走っていった。それは芸術的とも思える返し馬で、結果、ジャスティンカフェは勝利するのだが、もしかしたらこの時点で勝負は決していたのかもしれない。
父の経験と技術
さて、二人の兄弟の活躍の影に隠れ、目立たなかったかもしれないが、父である横山典弘騎手も、マテンロウスカイに騎乗してエプソムCに参戦。見せ場充分の3着に善戦していた。
和生が30歳、武史は24歳なのに対し、典弘は55歳。以前よりも乗り数が減り、必然的に勝ち鞍も減少している。
しかし、ジョッキーは必ずしも若くて体力があれば良いという職種ではない。それどころか、他のアスリートと比べると、テクニックでパワーを封じる事の出来るパーセンテージはかなり高い。そして、そのテクニックは一朝一夕で身につくモノではなく、長年に及び、場数を踏んだ経験の裏打ちが必要になる。そういう意味でベテランが充分に太刀打ち出来る商売であり、子供達には簡単に届かない典弘の領域はまだまだ広大にあるといえるだろう。
そういえばつい1~2年前、典弘に「まだ老け込むのは早い」と声をかけると「全く老け込んでいませんけど!」と逆に叱られた事があるが、実際、その手綱捌きからは、衰えを感じさせないどころか、ますます磨きのかかった円熟味を感じる事が出来る。若手にはない『いくつもの修羅場をくぐり抜けて来た』経験が、乗っているだけで「何かしてくれるのでは?」と思わせてくれる数少ないジョッキーへ、彼を昇華させたのは間違いないだろう。
さて、話は20年ほど前に遡る。当時、毎年のように夏はフランスのドーヴィル開催に参戦していた横山典弘が、一度だけ子供達を連れて来た事があった。和生が10歳前後で、武史に至ってはまだ4~5歳の頃だったはずだ。典弘に誘われて、私は横山一家と隣町のトゥルーヴィルで夕食をご一緒させていただいた。和生は子供ながらに口数が少なくしっかりした印象だったが、武史からは末っ子気質のいたずら小僧というイメージを受けた。
そのように、兄弟から受ける印象はまるで違ったが、共通していたのは、父・典弘に対し、威厳を感じ、尊敬の念を抱いているのだろうと分かる素振りだった。それはまだ幼かった武史からも感じる事が出来た。
今では成長して同日に重賞を勝つまでになった二人だが、数字面で超えたとしても、典弘の騎乗ぶりから衰えが感じられない以上、父に対するそんな思いは今でも変わらず持ち続けている事だろう。横山一家が、今後ますます競馬界を楽しませてくれる事を期待したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)