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「中島みゆき」のニューアルバムを聴いたら世界がポジティブに見える理由【月刊レコード大賞】

スージー鈴木音楽評論家、ラジオDJ、小説家
中島みゆき ニューアルバム『世界が違って見える日』特設ページ

 今月、いちばん聴いたのは、中島みゆきのニューアルバム『世界が違って見える日』でした。3月1日発売、44枚目のアルバムというからすごい。

 タイトルからして明らかに、戦争や感染症に翻弄された、ここ数年の世界のことを指しています。しかし、陰々滅々とならず、何だかポジティブな読後感を与えるのです。

 その理由として、まず、「♪倶(とも)に走り出そう 倶に走り継ごう」と高らかに歌う『倶に』が、いきなり1曲目で響きわたることがあるでしょう。

 加えて、ポジティブな読後感の背景には、さらに、「違って見える」世界に対する深い洞察があると思ったのです。特に私が注目したのは、『乱世』と『童話』という曲。

♪僕は乱世に生まれ 乱世に暮らす ずっと前からそうだった

 まずは『乱世』。私はこの曲を、戦争や感染症に覆われた、つまり「違って見える」世界しか知らない少年の歌と読み取りました(エモーショナルなボーカルも必聴)。次に『童話』。

♪どうして 善(よ)い人が まだ泣いているの

♪子供たちに何んと言えばいいのだろうか

 こちらも「子供たち」が登場します。「違って見える」世界をおびき寄せた、少なくとも、そんな世界が広がるのを静観する大人たちの視点から見た、子供たちが。

 この2曲に共通するのは次世代への温かい視点です。さらに言えば、背負っていく未来があるにもかかわらず、現実の世界に翻弄されてしまう、言わば「弱者」としての次世代への視点――。

 さて、月並みかもしれませんが、私は、中島みゆきで言えば『ファイト!』の歌詞に深く感じ入る者です。

 この曲の最強フレーズといえば、おそらくここが選ばれるのでしょう。

♪ファイト!  闘う君の唄を 闘わない奴等が笑うだろう ファイト! 冷たい水の中を ふるえながらのぼってゆけ

 ですが、私がいちばん好きなフレーズは、中盤に(唐突に)出てくるこちらです。学歴や年齢、出身地などに縛られる「弱者」の比喩としての魚(鮭?)が、生まれ変わって、一気に反転攻勢するところ。

♪ああ 小魚たちの群れきらきらと 海の中の国境を越えてゆく 諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく

 カメラがずっと上の方、地球の上にまで移動して、「弱者」の小魚が、学歴や年齢、出身地などの「鎖」を振りほどいて、ベーリング海やアラスカ湾の方向にぐんぐん向かっていくイメージが広がります。つまりは、歌詞のスケールがめちゃくちゃ大きい。

 話を戻すと、ニューアルバム『世界が違って見える日』も、歌詞世界のスケールが大きい。デカい。現代に留まるのではなく、次世代への視点、未来への視点に立っている。だからこそ、ポジティブな読後感が残るのではないでしょうか。

 『世界が違って見える日』で分かるのは、「違って見える」世界に求められるのは、「世界を違って見せる音楽家」だということです。閉塞した世界がポジティブに見える、閉塞した世界をポジティブに見せる音楽家――その最高峰に中島みゆきが君臨している。そう確信した3月でした。

『倶に』『乱世』『童話』『ファイト!』/作詞・作曲:中島みゆき

音楽評論家、ラジオDJ、小説家

音楽評論家。ラジオDJ、小説家。1966年大阪府東大阪市生まれ。BS12『ザ・カセットテープ・ミュージック』、bayfm『9の音粋』月曜日に出演中。主な著書に『幸福な退職』『桑田佳祐論』(新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』(ともに彩流社)、『恋するラジオ』(ブックマン社)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。東洋経済オンライン、東京スポーツなどで連載中。2023年12月12日に新刊『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)発売。

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