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死を目にしてもやめられない。薬物依存の実態に迫る新作映画2本

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
薬物依存から抜け出せない息子とその父の実話「ビューティフル・ボーイ」

 ピエール瀧の逮捕事件が、日本のメディアを騒がせている。この報道のあり方をめぐっては、一部から批判も出ているようだ。判断基準として出されるのが、2009年に作成された日本の「薬物報道ガイドライン」。そこには、「依存症は、逮捕される犯罪という印象だけでなく、医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気であるという事実を伝える」「『人間やめますか』のように、依存症患者の人格を否定するような表現は用いない」「逮捕された著名人が薬物依存に陥った理由を憶測し、転落や墜落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしないこと」などが挙げられている。

 4月と5月に立て続けに日本公開となる「ビューティフル・ボーイ」と「ベン・イズ・バック」は、その意味で、条件を十分に満たしている映画だと言える。自分の目で薬物依存の実態を長年見てきた人が語るのだから、それも当然だろう。「ビューティフル〜」は、10代で薬物依存に陥った息子をもつ男性デビッド・シェフが書いたメモワールが原作。「ベン〜」はフィクションだが、監督兼脚本家のピーター・ヘッジスは、親戚や友人が依存症に陥るのをたびたび目にしてきた人だ。

 前述のガイドラインには「依存症の背景には貧困や虐待など社会的問題が根深く関わる」ともある。それも事実だが、この2本を見ても、日本よりもっと薬物依存症が広まっているアメリカでは、もはやこれは誰にも起こり得ることなのだとわかる。とりわけ深刻なのは、若者の間で増えていること。National Vital Statistics Systemのデータによると、10歳から19歳までの死因の1位は交通事故で、2位が中毒死だ。そして中毒死のうち90%が、薬物の過剰摂取(OD)なのである。

「ビューティフル〜」は、デビッド(スティーブ・カレル)の息子ニック(ティモシー・シャラメ)がどうして薬物にはまったのかを詳しく掘り下げることをしない。それよりも、回復の難しさに焦点が当たる。そこも、「転落や墜落の結果薬物を使用したという取り上げ方をしない」に当てはまっている。一方、ガイドラインにある「医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気である」の部分については、たしかにそうではあるものの簡単ではないと、この映画は示す。現在、ニックは更生しているが、そこまでには何度も挫折をした。続ければ死ぬかもしれないとわかっていても、やめられなかったのだ。

「ビューティフル・ボーイ」でニックを演じるのは、「君の名前で僕を呼んで」で大人気スターとなったティモシー・シャラメ。父デビッド役に挑むのは、スティーブ・カレル
「ビューティフル・ボーイ」でニックを演じるのは、「君の名前で僕を呼んで」で大人気スターとなったティモシー・シャラメ。父デビッド役に挑むのは、スティーブ・カレル

 辛いのは本人だけではない。かわいかった少年(ビューティフル・ボーイ)が、自分を地獄に追い詰めている様子を見るのは、親にとって耐えられないことである。「ビューティフル〜」の冒頭で、デビッドは、専門医の前に座っている。フリーランスジャーナリストである彼は、「今日来たのは取材のためではなく、個人的な目的」と明かした上で、「私は自分が育てた息子のことを完全にわかっていると思っていました。でも、今は彼がわかりません。彼はありとあらゆる薬物をやりました。中でも最悪のクリスタル・メスに依存しています。今日、ここに来たのは、敵であるそれらを知ろうと思ったから。薬物は、息子にどんな影響を与えているのでしょうか。どうやれば私は彼を救うことができるのでしょうか」と問う。

 カレル自身も、ふたりの子の父親。「子供が危険にさらされているというだけでも、ものすごく恐ろしいこと。なのに、この状況では、子供がそこから抜け出そうともしないんだよ」と、彼は言う。「この映画をやったからといって、妻と僕の子育てのしかたが変わったわけではない。だが、子供が成長していく中では、新しいことを目にしたり、試したりするもので、そこには落とし穴もあるという現実を、あらためて認識したと思う。親としては、そんな中でも自分なりのベストを尽くすしかないんだ。今作は、依存症は誰にでも起こり得ることを見せる。この家族は絶対大丈夫、ということはないのさ。それは前からわかっていたが、今はより強くそれを感じる」(カレル)。

更生して2ヶ月、2年を過ごしても、引き戻されてしまう

「ビューティフル〜」が父と息子の話なのに対し、「ベン〜」は母と息子が中心となる。母を演じるのはジュリア・ロバーツ、息子ベンはヘッジス監督の実の息子であるルーカス・ヘッジス。こちらは、クリスマスイブの一夜を舞台にした、スリラー仕立てのストーリーになっている。1日を舞台にした理由はいくつかあるが、ひとつは、依存症更生プログラムで、たびたび「one day at a time(1日ずつ積み重ねていこう)」と言われることだった。「積み重ねていく中で、最も厳しい1日を挙げるならいつだろう」と考えたヘッジス監督は、みんながいつも以上にはめを外す上、すべて順調、わが家は幸せと装うクリスマスだと思ったのである。

「ベン・イズ・バック」で母子を演じるジュリア・ロバーツとルーカス・ヘッジス
「ベン・イズ・バック」で母子を演じるジュリア・ロバーツとルーカス・ヘッジス

 ベンが依存するのは、処方薬。スキーで怪我をした時、医師が痛み止めをどんどん与えたことがきっかけで、本人がわかっていて手を染めたわけではない。だが、彼もまた10代の若さで身近に死を目撃する。そして、次は自分かもとわかっていても、やめられない。

「薬物のODで死んだ人の記事を、僕はいったい何個読んだことだろう。この3、4年だけでも、数百個だと思うよ。今は、なぜわが子が死んだのかの理由を、人はもっとオープンに語るようになったから。中には、薬物を使わないで2ヶ月、2年、あるいはそれ以上を過ごした例も、たくさんある。だけど、あるきっかけで引き戻されてしまった。それほど脆いものなんだ。それがどんなに大変なことなのか、ひとつの家族に絞りつつ、僕は見つめてみたかった」と、涙をこらえる表情でヘッジス監督は語った。

ベンの母(ジュリア・ロバーツ)は再婚しており、現在の夫(コートニー・B・ヴァンス)は、ベンの実の父ではない。映画は、家族全員の目を通して、依存症が家族に及ぼす影響を描く
ベンの母(ジュリア・ロバーツ)は再婚しており、現在の夫(コートニー・B・ヴァンス)は、ベンの実の父ではない。映画は、家族全員の目を通して、依存症が家族に及ぼす影響を描く

 ガイドラインには、「がっかりした、反省してほしいなどという談話を使わないこと」「家族の支えで回復するかのような美談に仕立て上げないこと」という事項も含まれる。この2本は、そこからほど遠い。ここで描かれる家族が経験することは、そんなに単純ではないからだ。これらは美談でも、ただの悲劇でもない。安易に希望を与えることもしない。

「この映画の結末の後、登場人物たちはどうなるのか。答は僕にもわからないよ」とヘッジス監督。そんな現実を、現実として語ることは、必要なことだ。映画でロバーツの夫を演じるコートニー・B・ヴァンスは、「長い間、僕らは、その上に毛布をかぶせてきた」と言う。それもまた、現実。「今こそ、毛布をめくって、そこにあるものを直視すべき時だよ」(ヴァンス)。我々も、その心の準備をすべきである。

「ビューティフル・ボーイ」は、4月12日全国公開(場面写真:Francois Duhamel / 2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC.)

「ベン・イズ・バック」は、5月24日全国公開(場面写真:Mark Schafer/Courtesy of LD Ent. / Roadside Attractions)

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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