【シリーズ 難民支援(2)】シリア難民キャンプでトラウマを抱えた子どもを支える「国境なき子どもたち」
6月20日は国連で決めた「世界難民の日」。難民の保護と援助に対する世界的な関心を高める日だ。UNHCR・国連難民高等弁務官事務所は 難民問題解決へ向け各国政府に要望を提出するための署名活動を実施、 #WithRefugees #難民とともに のハッシュタグで協力を呼びかけている。2018年9月の国連総会までに世界で500万人の署名が必要だという。
すべての難民の子どもたちが教育を受けられること
すべての難民の家族が身の安全を確保できること
すべての難民が仕事や新しい技術を学ぶ機会を通して、社会に積極的に貢献できるような環境を整えること
こうした要望を国際社会に届けるキャンペーンだ。
■紛争、暴力、迫害により世界で強制移動を強いられた人は過去最多に
UNHCRが昨日19日に発表した報告書によると、2016年末時点で家を追われた人の数は6560万人に上り、2015年末時点と比べて約30万人増えたことがわかった。
6560万人の内訳は、難民、国内避難民、庇護申請者の3に分けられるが、難民の数は、過去最多となる2250万人に上った。パレスチナ難民のほか、550万人ものシリア難民や昨年急増した南スーダンの難民問題が特に深刻だ。南スーダンでは7月から2016年末までに73万9900人が国外に避難。難民の数は187万人に膨らんだ。
また、シリア、イラク、コロンビアなどで多く発生している国内避難民の数は、2016年末現在で4030万人。母国から逃れ、難民として国際的な保護を求めている庇護申請者の数は2016年末時点で280万人となっている。
UNHCRによると、6560万人とは、平均して、地球上の113人に1人が避難を余儀なくされていることを意味するという。これは世界で21番目に人口が多いイギリスより多い人数だ。
■ヨルダン・シリア人難民キャンプでトラウマを抱えた子どもたちを教育で支援
NPOやNGOなど公益活動の現場を専門に取材し発信するメディアGARDEN Journalismでは、シリアやパレスチナで難民支援を続ける日本のNGOの活動に着目した。国からの助成金の見直しによる資金不足や、渡航禁止区域などでの人道支援を続けるために民間からの資金を募るなど、草の根的な平和構築に貢献するNGOは常に様々な課題と向き合いながら活動を続けている。難民の日に因んで「シリーズ 難民支援」と題して、紛争地などでの知られざる日本のNGOの活動を映像などでお伝えする。
第一回のパレスチナ・ガザに続いて、第二回はヨルダン北部のシリア人難民キャンプ、ザアタリ難民キャンプで子どもたちの支援を続けるNGO「国境なき子どもたち」の活動に注目する。親を殺されたり、はぐれてしまった子どもたちなど、内戦によってトラウマを抱えた子どもたちに音楽や演劇などを教える教育事業を手掛ける「国境なき子どもたち」。助成金の見直しによって、今、自前で150万円の資金を集めるクラウドファンディングを立ち上げ、夏以降の教育事業の継続を目指している。彼らが続けてきた活動の意義とは何なのか。ヨルダン現地の様子を一時帰国中のスタッフ、松永晴子さんに聞いた。動画でぜひ。
■【堀潤氏×KnK対談】シリア難民キャンプでいま必要な支援とは?
堀) 松永) ※以下敬称略
よろしくお願いします。
堀)
ちょうど帰国されたばかりなんですよね。
今回帰国するまでどれくらいヨルダンにいらしたんですか。
松永)
前回帰って来たのは11月なので7ヵ月です。
堀)
いま中東の動きも流れが速いというか、トランプさんも訪問して各国の状況も大きく変動が激しい。シリアも含めての変容ぶりは実感します?
松永)
ヨルダンは他の国と比べて安定しています。日本にいる方は中東をひとくくりで危ないところと思われがちですが、難民を受け入れているトルコやレバノンなど比較してヨルダンは圧倒的に治安面では安定します。しかし、生活の変化、物価上昇やシリア人が目に見えて増えてきたなどは実感しています。私はヨルダンに住み始めたのが7年前、2011年でちょうど内戦が始まったときです。まさに内線を隣から見てきていますが、レバノンやトルコで事件があったのと比べると安定しています。
堀)
先日、シリアでの化学兵器使用の疑いで米軍が出動して人工ミサイルを撃ち込むこともありました。ああいう混乱もヨルダンでご覧になりましたか?
松永)
仕事でシリア人の家庭訪問する時、ずっとテレビが付けてあり事件などのニュースが流れます。でも国境がほとんど開かなくなったここ2年ほど、病人が運ばれてくるなど直接的には聞かなくなりました。
堀)
隣国でもそうなんですね。先日知り合いのジャーナリストと対談しましたが、シリア国内でも戦禍が激しい地域や安定している地域など全然違うそうですね。
松永)
私も先日シリアに行った方から話を聞き写真を見せてもらいました。町の半分は普通で、もう半分は壊滅状態。情報も同じだと思います。安全に暮らしている人は情報に触れてはいますがあまり関心がなかったり操作されていたり。でも危険な地域・場所に住む人たちは詳細に情報を得ていると聞いたことがあります。
■長引く避難生活
堀)
KnKの皆さんが向き合っているシリアの方々は戦禍を逃れてきた方々ですよね。子どもたちを含めてどういう避難生活をしているんでしょうか。
松永)
ヨルダンの難民キャンプにはシリア南部から来た人たちが多く住んでいます。ヨルダンに逃げてきた人たちはシリアに戻りたい人たちです。ヨーロッパに逃げていく人は、きっと「シリアはもういい、新しい生活を始めよう」という人たちが圧倒的に多いという統計があるという話を聞きました。難民キャンプにいる人たちもまたシリアに帰るために一時的な生活をしている、最初はそういう気持ちでいたんだと思います。私がキャンプに往くようになった2013年頃には誰だれがシリアに帰ったなどの話も多く聞きました。ただ時間が経つにつれてキャンプで仕事をどうやって見つけようとか。ある日KnKのシリア人スタッフがバラの苗を抱えてきたので、どうするの?と聞いたら、「シリアで住んでいたところはたくさんバラがあったけど、キャンプの家は殺風景だから植えようかなと思って買った」と。ここでいかに快適に暮らそうと、癒しも含めて自分の住環境を作っていこうという風にシフトしていっているんだなと感じました。
堀)
いま携わっているのは教育ですよね。この4年間でどういう変化がありましたか。
松永)
キャンプでの生活はプレハブやテントで、砂塵もすごいです。
堀)
トイレも自分で掘って?
松永)
最初は共同トイレでしたが、今は個別に設置されてきました。子どもたちが4年の月日をあの環境で過ごすのはすごいことだと思います。自分では考えられません。
堀)
(福島の)原発事故を取材していますが、皆さん依然、仮設住宅で暮らしていて、お年寄りの体調面や子どもたちの精神面とか、シリアより安定した日本でさえも地元を離れて仮設で暮らすことは困難だなと実感する中で、まさに難民キャンプでの生活4年はすさまじいと推察します。
具体的に何が大変ですか。
松永)
シリア人スタッフに話を聞くと、やはり「住環境が厳しい」、「窓を閉めても砂埃が入ってきて外でも遊べない」と言います。彼らが元々シリアで住んでいた場所は農作物も豊富で緑がたくさんある場所でした。お水も豊富でたくさん使えた場所でした。一方、難民キャンプでは節水しなければなりません。今は夜しか電気が通っておらず、暑かろうが寒かろうが昼間は電気がない。「シリアに住んでいたころは例えば電柱が倒れて停電しても電話一本かければ直しに来てくれる、お水も洗車にたっぷり使えていた生活をしていた人たちが、いきなり電気も水も限られていてトイレもままならない場所で4年5年過ごしていると日々直面する苦しみが増す」と話していました。
■シリアから逃れてきた子どもたち
堀)
子どもたちの様子はどうですか。
松永)
比較対象がある親に比べて、多くの子どもたちにとっては初めてのことが多いので、まだ適応性があると思います。KnKが授業を始めた2013年当時は、難民キャンプ内の学校も数が限られていました。たくさんトラウマを抱えて逃げてきた子どもたちが学校に通い始めたけど、シリアで学校に通えない時期があり、本当は5年生だけど学力が2年、3年しかなく授業について行けずにやめてしまう。言葉や発音が少し違うなどで馴染めずやめる子もいる。当時は学校数も少なく、キャンプが広大なため遠すぎて家から通えない。登録はしているけれどそういう理由で学校に行かない子どもがたくさんいました。そこで、より楽しい授業時間を設けて子どもたちをひきつけていく授業を始めました。当時はトラウマを抱えた子どもたちが多かったので、演劇をしたら、ダダダダだと人を殺したりする動作をしたり…
堀)
それは、どういうこと?
松永)
授業で何か動きのある動作をしてくださいといったら、普通に人を殺しに来た人の真似をする。自分が見てインパクトに残っているものをそのまま表現してしまう子どもたちも結構いました。
堀)
それに直面して来たということですね。
松永)
あと、低空で飛行機が飛んでくると泣き出す子どもなどはよく目にしていました。音楽の授業で祖国の歌を歌う時に泣き出す子どももいました。
堀)
それは何歳くらいの子どもたちですか。
松永)
KnKの授業は低学年ではなく5、6年生から10年生くらいを対象にしているので、飛行機で泣いてしまうのは10歳、11歳くらいの子どもたちです。歌で感極まる子は15、6歳くらいでもいました。
堀)
男の子・女の子問わずに?
松永)
はい。男の子でも居ました。初めはそういう状況でしたが、だんだん(シリアに)帰れないことが明らかになってきて…。
堀)
祖国の情報は難民キャンプにも入ってきますか。
松永)
入ってきます。彼らは携帯電話を持っていて、シリアは近いのでよく電話をしています。インターネットの環境は悪いのですが、ある程度入るポイントがあり、そこでみんな一生懸命やっています。
堀)
そいうところで情報チェックしているんですね。
松永)
向こうに残っている家族と連絡をとり合う人たちは結構います。そうやって日々変わっていく現状を情報として手に入れています。そして帰るタイミングが「今じゃないな、今じゃないな」とかやって4、5年経過した状況の人が多いのではないかと思います。
堀)
皆さん基本的に難民として避難されていますが、今の体制で戻ったとしても生活が困難なのか、それとも、ただ純粋に戦禍を免れるために避難されてきて、状況が安定すれば戻れるのか、どういう方々が多いのでしょう。
松永)
KnKの憲章に「政治・宗教に関わりなく」というのがあります。我々からこれに関した内容のことを話しませんし、子どもたちから聞きだしたりもしませんが、ただ色々な派閥の方たちがいるとは思います。
堀)
戻るのをあきらめてしまうというのは、さまざまな背景があると思いますが、複雑な要因の中から「戻るのは難しい」と思わせる理由は何でしょうか。
松永)
やはり治安・セキュリティが良くない。自分の家の隣で爆弾が落ちたという話を聞くこともありました。例えば、反政府側が占拠していたゾーンは後で政府側が来て、全部ボロボロにして壊滅状態にして去っていく。そうするともう人が住めません。戻る場所自体がなくなったというケースもあると思います。私は彼らがどの派閥かわからないけれども、仮に反政府側でターゲットにされてしまうと、本当に住める環境はなくなっているでしょう。
堀)
難しいですよね。基本的には難民といえば、本国に帰れるところまで支援を続けるのが国際社会の務めです。けれども、戻る先が政治的に非常に偏って困難な状況にあり、復興もまだ難しい。シリアに関していうと非常に先行きが見えません。そういう中で、避難された方にとって将来の見通しは、特に親御さんたちにとっては苦しいだろうと思います。
松永)
おっしゃる通りです。近くにいながら、彼らは何をモチベーションにして生きているのだろうと。そして、果てしなく選択肢が無いなと思います。
堀)
しかも、隣国の難民キャンプにいるということは、母国シリアに戻ることが前提。今欧米は難民を受け入れたくないという声が一定の勢力になりつつあり、どこにも行き場が無いという閉塞感から、どうサポートしていくかがNGOの皆さんにとって大変なのではないでしょうか。
松永)
現場ではそういう大きな枠組みで見るキャパシティがないのが現状ですが、おっしゃる通りです。教育に関していうと基礎教育のチャンスをシリア人の子どもたちに平等に与えて学力を付けさせるというのは、もし彼らに帰る意思があって、きちんと生きていくポジションなり環境があるのならば、すごくシリアの復興の役に立ちますよね。
堀)
そう思います。教育こそ一つの希望というか解決策でもあり、空白を作ってはいけない。だからこそ子どもたちは生き抜くための学力を身に付け、これからのシリアをけん引してく人材になる、そういう事業を絶え間なくやってきたんですよね。
松永)
そうですね。
■子どもたちの現在
堀)
子どもたちと接していて、初期の頃はトラウマとどう向き合うかというところから始めて、だんだん長期化していく中でそういう(シリアをけん引する)人材に育ってもらえればいいと思っているのですよね。当の子どもたちはどう感じているのでしょうか。
松永)
3年前KnKの職員として子どもたちを見た時は、精神的に不安定な子どもたちが結構いました。ただ、4、5年経った今は、学校生活を送るという環境に変わりつつあります。ただ、公立学校は常に楽しいところでもありません。
堀)
遊びに行く場ではないですよね。ある意味鍛錬の場ですから。
松永)
全部が楽しい環境ではない中で、KnKの授業に来る子どもたちは明らかに楽しさ満載でイキイキしているのは、今も前も変わらないという印象です。
堀)
どんな授業ですか。
このテーブルにも見るからに楽しそうな物がたくさんありますね。
すごい!ギターの形をした絵本ですね。何が書いてあるのでしょう。
松永)
内容は私もわかりませんが、これは作文の授業で作ったものです。
堀)
これは、子どもが描いた絵ですね。少女漫画風。
松永)
かわいいでしょ。完全に女子ですね。自分たちで話を書いてそれを製本するという授業です。
堀)
わ、これかわいい。上手。何年生くらいの子が描いたんだろう。
松永)
10年生、15歳くらいです。
子どもたちがお話を作る作文の授業ですが、こちらが色々な紙を提供して、それを切ったり、絵や物語を描いて絵本にしていきます。
堀)
描かれている様子が穏やか。家があって緑があって、家族がいて、おとぎ話みたいなものがあって。
松永)
ただ実はそういうものばかりだけではないんです。
堀)
子どもたちによる作品ですね。My Diary(現在と未来)と書いてある。
これは、戦争の絵ですね。戦車と…。そうか、家が壊れて戦車の攻撃や、ああ、泣いてる。「現在と未来」と書いてありますが、これは現在の部分でしょうか未来でしょうか。
松永)
これはシリアにいたところでは。平和だったシリアの生活、そしてこの絵は学校に行く場面ですよね。そして戦争が始まったという流れですね。
堀)
子どもたちそれぞれが見てきた景色ですね。これは戦闘機だ。
松永)
これはお父さん(アビー)が死んだ絵のようですね。
堀)
これはお母さんかな。
松永)
親族が誰も死なずに避難してきた人たちはいないと思います。
堀)
この子も絵もシンプルだけど、顔から涙が出ている。これは海辺に打ち上げられて亡くなった子どもですね。避難しようとして亡くなってしまったあの写真の。
松永)
恐らく、この子と家族のいきさつを物語にしたのだと思います。
堀)
これも子どもが描いたんですか。
松永)
そうです。この子がこうやって楽しく普通に暮らしていたけれども、難民としてボートに乗って、でも波にのまれて…。ただ、この写真が世界に広まる前からこういう子どもたちってたくさんいました。たまたまこの子は注目されたわけですが、こういう経験をして亡くなった子どもたちがたくさんいたのです。
堀)
この場面は海に救われて空に帰って、いや、シリアに帰っていく絵ですね。この絵もシリアの絵ですね。シリアに帰りたいと思っている子どもが描いた絵ですね。これはいつ頃に描かれた絵ですか。
松永)
これは最近です。2月から5月までの授業の一環で作ったものです。
堀)
こういう景色を目の当たりにした子どもたちがどう成長していくのだろうと思うと、教育が担う部分はとても大きいですね。
松永)
本当にそう思います。この絵は印象的ですね。
堀)
日本語訳にしてシリアの子どもたちの現状として発信したらメッセージになりますね。
松永)
実は進め始めています。
堀)
子どもたちと向き合う時に、楽しむことができるような教育プログラムを開発して、継続的に学べる環境を作っているのですね?どんな授業ですか?
松永)
これを見てください。
小学校6年生です。音楽を使って一緒に学んでいます。子どもたちは歌ったり、踊ったりが好きなんです。みんな大好きですよね。
■教育支援の成果と意義
堀)
こういうことをやり続けることで、成果と意義はどのように感じているのですか?
松永)
成果ですが、子どものドロップアウト率は減ってきているんですね。それにはいろいろな要因があって、うちの事業があるというのもあるのですが、落ち着いてきて学校がより近いところにできたということで、行き来がしやすいアクセスの問題が解決されたというのもあります。しかし、肌身に感じているのは、子どもたちがKnKの授業があるから学校にやってくる、とても楽しみにしているというのは実感しています。学校生活の中にはKnKの授業が完全に定着している。教育というのはルーティーンが大切だと思います。毎日欠かさず、週に1、2日KnKの授業があるという習慣化していることが大切で、うちの授業は定着化しているので、子どもたちの心の安定にも繋がっていると思っています。彼らも楽しんで来てくれているというのは感じます。継続していることが、子どもたちにとっても手前味噌ですがいいことなんだろうなと思います。
堀)
親御さんたちの様子はいかがですか?
松永)
評価はしてくださっていると思いますが、親は学校に行っていると思っているのでKnKの授業を受けに行っているということはどこまでご存知かわかりません。ですが、授業の中で楽しいものがあるぞというのは伝わっていると思います。オープンデーをすると親御さんも見にきてくれます。
堀)
こうした授業が継続していくことが難民の子どもたちの(心の)安定に繋がっていくということですね。しかし今直面している課題は自前で資金を集めなくては事業が継続できないという局面ですよね。どうしてそうなってしまったのでしょうか。
松永)
避難生活も4、5年続いていて、緊急的な状況にはなっていない。子どもたちの様子も、キャンプの様子もどんどんどんどん良くも悪くも安定化していく中で、今いただいているお金は緊急支援に対してのお金なのですが、そういうフェイズではなくなっているという理由から、この5月末で公的な資金を使った事業が一旦終了したという訳なんです。
堀)
ずーっとそこに難民生活として定着というのは国際社会として認めるというわけにもいきませんよね。ある意味、戻れるための移行期、シフトチェンジがどこかで必要だと思いますが、現場で携わっているお一人としては、実は今はそういう段階ではまだないということですか?
松永)
やはり緊急の支援はタイプがあると思うんです。インフラだったり医療だったり。それが安定してきたらもっとフォーカスされるべきは教育や保健といった継続して長いスパンで考えることが必要だと思っています。ですけれども実際は・・・というジレンマがあります。
堀)
もし事業が継続できなければどんなことが起きてしまうのか。どんな懸念を抱いているのですか?
松永)
KnKの事業がなくなったからといって、いきなり子どもたちが学校に行かなくなるというわけではないのでしょうけど、ただ、子どもたちが今までルーティーンになっているものが突然なくなってしまうということは、私が子どもの時に好きだった先生がいきなりいなくなってしまった時に「やっぱりつまらないな学校」と思ってしまったことが実際にあったんですね、皆さんもそれぞれあると思うのですが、それに近いものがあると思います。それくらいの存在になっていると思うんです。あとは、似たような授業を公立学校外でやっている団体が引き継いでもらうのもいいのですが、私たちは公教育の中でやってきた上に、少し年代が上の子どもたちと向き合ってきました。ユースたちの年代はやはりちょっと違うじゃないですか。子どもとはいっても。難しい年代ですよね。KnKの授業用に雇用している先生の中には、保健の先生のような方もいるのですが、その先生に相談に来る子どももいます。
堀)
どんな相談を受けるのですか?
松永)
プライベートなこと、といってなかなか教えてはもらえないのですが、女性の先生だと女の子の問題についてだったり、あと仕事のことだったり、そういう存在の人たちがいなくなった時に彼らはどういう人たちを頼っていくことになるのかなと思ってしまいます。
■いま必要な支援とは?
堀)
5月で、全ての学期が終了ということですね。日本でいうと3学期が終わると。次の年次が始まるのが9月。それまでの間で、夏季の課外授業を実施したいと。それをやる意義というのはどこにあるのでしょうか?
松永)
子どもたちは夏休みが2ヵ月半から3ヵ月くらいあります。砂漠で周りは何もないところ。だから授業がないと、ぼんやりしてしまう、お家で寝ているということもあり、生活リズムも崩れてしまう。日本でも同じですが。キャンプに関していうと、外に遊びに行っても暑いし、キャンプの外に出るのには許可が必要で、それを取るのにしても苦労するし、きちんとした目的が必要になります。例えば、ヨルダンの海に行くか、となっても当然キャンプを出る許可を得るのは大変で、そうすると、家の中で電気がなくてテレビも見られないから、ダラダラ過ごすのが3ヵ月続いてしまうかもしれない状況です。公立学校の中で、課外授業があって彼らの好奇心を探求できる環境を作ってあげられるのではと。あと、彼らが普段通っている学校で課外授業をするので、そのまま新学期が始まるのにうまく持っていけるという効果があると思っています。
堀)
どんなことをやるのですか?
松永)
作文、演劇、音楽です。過去だと、作文では自分たちで社会問題について調べて書いて冊子にするとか、新聞を作ったりとか。演劇でしたら自分たちでシナリオを作ってみるとかですね。音楽ですと、オルガンを演奏する機会というのは通常のクラスだとゆっくりできなかったりするのが、夏季はできるんですよね。ちょっとした演奏会ができるくらいきちんと練習できる時間ができます。
堀)
作文を書く効果というのはどうお考えですか?
松永)
アカデミックな話をするとアラビア語は口語と読み書きが違うので、アラビア語の授業ってほぼ文法なんですよ。日本だったら物語自体を読んで楽しむというのがあると思いますが、アラビア語は文法重視。こうした冊子を作ることで、伝えたいことがあるからアラビア語を使いたいという勉学の部分もあります。あとは目に見えたものを信じがちというか、想像力に溢れる子どもにキャンプの中で今まであまり会わなかったんですよね。単純に堅実だということなのかもしれませんが、子どもはもっと自由に夢を描いたり、想像する楽しみがあるのにと思っていて、作文を書くことでトレーニングができる。色々なことを考えるきっかけになっているのではと思っています。
堀)
日本でいう総合学習の時間ですね。
松永)
作文は、自分の中にあるものと向き合ったりとか、ちょっと開放させていったりとかということに繋がっていると思います。
堀)
当面の目標としては150万円。何名目で使うお金になるんですか?
松永)
そのお金があれば、今実施している2校での夏季アクティビティを実施できます。今、雇用している先生たちが子どもたちに授業を提供できます。先生たちの中には、ヨルダン人だけではなく、シリア人の先生もいるので、雇用創出にも使われます。
シリア人、中東の人々にとっての「日本」
堀)
こういう情報を日本のみんなにもっともっと知ってもらいたいなと思います。シリアの方とか、日本のことについてはお話されたりはしますか?日本ってこうだよね!とか。
松永)
そういってくださる方もいますが、これは万国共通かもしれませんが、アニメが好きな人は日本人を見るとすごいですね。今はキャンプだけど、シリアにいる時にはアニメを見ていたんだという人も結構います。「ナルト」とか「ワンピース」とかですね。実は読んだことがなくて話についていけなかったりするんですけど。学のある方は、「桜っていうのが日本にあるけどシリアにも桜によく似たアーモンドの花があって綺麗なんだよ」という方もいました。
堀)
先日、パレスチナのガザに行ってきたのですが、その中でパレスチナ人の方が胸に手を当てながら、日本はアメリカに原爆を落とされ焼け野原になったけれど、そこから復活し、発展したと。しかもその発展した経済力を世界の不均衡のために投じているというのは本当に敬服する、という言葉をかけてもらいました。それを聞いた時に、パレスチナから日本に対して、ここまで話をしてもらえるのに、逆に日本からパレスチナってこうだよね、とみんなが言えるような状況であるかというと、とんでもない片思いだなと思ったんです。今、幸いにして私たちの国で安定して過ごしている立場で余力のある人は、同じ中東といってもヨルダンはこうですね、シリアはこうですね、イスラエルはこうですね、と細く説明できるくらい知っておくということは大切なのではないかと思うようになりました。KnKがゲートになってシリア難民のことを知ることができるので、事業を続けて欲しいなと思います。
松永)
ちょっとでもきっかけがあると興味を持てるのかなと。
堀)
子どもたちが書いたこの冊子を持って学校などを回るだけでも全然違いますよね。ぜひシンポジウムなどもご一緒したいです。
松永)
本当に遠い国ですよね、意識としては。日本に帰ってくるたびに思います。そう思いませんか?
堀)
やれハワイ、やれヨーロッパ、やれアメリカ、知っている国によりがちですよね。もっと知るべきですよね。
松永)
本当にそう思います。これからもよろしくお願いします。
写真提供:国境なき子どもたち