宝塚記念でサトノダイヤモンドの復活劇はあるか?! オルフェーヴルを復活させた伯楽が気付いた事とは……
春のグランプリを前に大きく狂った歯車
「王者として正攻法の競馬を……」
そんな当たり前の考えから歯車が大きく狂い出した。
2011年、クラシック三冠に加え有馬記念も制したオルフェーヴル。翌12年の初戦となった阪神大賞典を前に陣営はそう考えた。そして、ゲートが開くと実際に好位にいざなって見せた。
ところがいつもと違う指示を与えられて三冠馬がヘソを曲げた。折り合いを欠くと3コーナーで突然逸走、先頭から一気に最下位まで後退。その後、驚異的な巻き返しを見せたものの2着に敗れると、続く天皇賞(春)を前に調教再審査を課せられた。
「脚を叩きつけて走るようなフォームの馬なので普段は坂路で調教していました。でも、走路審査ということで天皇賞前の調教はダートコースばかり6本。そのせいもあって歩様があまり良くなくなってしまいました」
若き三冠トレーナーの池江泰寿はそう語った。
加えてこの年の天皇賞の日は例年にない高速馬場。池江は続ける。
「返し馬の時から下(馬場)を気にして用心して走っている感じでした」
意を同じくしたのがオルフェーヴルとのコンビで三冠ジョッキーとなった池添謙一だ。
「返し馬から『歩様が少し固い』と感じました」
更に再審査時と同じスタイルで実戦に臨まなければいけないというルールから耳を覆う通称“メンコ”を装着しなければならなかったことも三冠馬の足を引っ張った。
結果は11着。デビュー13戦目で最悪の着順という屈辱的な大敗に終わった。
惨敗後、手を打ち復調も絶好調とはいかず
天皇賞を惨敗したオルフェーヴルだが、その後、肝機能の数値が低下し、皮膚病にもなってしまった。
ただ、そうなったのに明確な理由があったことは、巻き返しを期す指揮官にとっては手掛かりとなった。
「慣れない調教を課せられたことが相当のストレスになった。そのせいだと判断できたので、放牧先のノーザンファームしがらきとも連絡を密にとって、まずはストレスを軽減させるようにしました」
また、ダートでの調教で体が固くなってしまったことも大きな敗因の一つとみるや、体をほぐす調教を取り入れた。
「具体的には軽いキャンターを継続してじっくり乗り込む感じにしました」
1本1本の調教の強度は落としたが、それを量でカバーした。その結果……。
「良い調教ができて、天皇賞の時よりズッと良化しているのは分かりました」
ここまで言うと、「ただ……」と続けた。
「ただ、三冠を勝った時や有馬記念を制した時みたいに本当に良いという感じには戻り切れていませんでした。七分という状態。正直、この状態で宝塚記念を勝てるのかどうか……。不安がないとは言えませんでした」
同様の見解だったのが池添だ。
「陣営からは『天皇賞の後、馬がしぼんだ』と聞いていました。坂路の時計は出ていたけど、実際に乗ってみると『ダメージを回復し切れていない』という感触でした」
阪神大賞典の逸走と天皇賞での惨敗。足へのローキックと顎へのアッパーほど違う種類のパンチながら、いずれも大きなダメージという意味では同じ悲劇が繰り返され、池添は当時、次のように語っていた。
「初めて騎手を辞めようかと考えました」
三冠の時にあれほど賛辞をくれたファンからの容赦ないバッシングに、心が折れかけていた。
しかし、苦しい時こそ助けてくれる人達もいた。家族は黙って見守ってくれた。変わらずに声援を送り続けてくれるファンの後押しも励みとなった。更に……。
「同じようにショックを受けているはずの池江先生に励まされて、いつまでも引きずっていてはいけないと考えました」
この言葉を知ってか知らずか、池江は言う。
「山登りと同じです。目指す頂上が高くなるほど努力が必要になるし、プレッシャーも大きくなるものです」
先輩三冠馬から学んだこのレベルの馬に不必要なこととは……
宝塚記念当日のパドック。そんな池江に肩を抱かれるようにして池添はオルフェーヴルに跨った。
「乗った途端に気合いが乗るのを感じました」
そして、思った。
「僕がオルフェーヴルを信じないでどうする」
その時、送り出した側の池江も似たような感情を持っていた。
「現状でやるべきことは出来た。競馬だから勝ち負けは分からないけど、天皇賞の時よりは明らかに良化しているのだから、後はオルフェの地力を信じよう」
ゲートが開くとオルフェーヴルは後方を追走した。
「道中、軽く舌鼓を鳴らすと反応して馬体を沈める仕種を見せくれました」
そう語る池添は、レース前に馬場状態もしっかりとチェック。荒れているのはせいぜい内から4頭分と判断し、最終コーナーも馬群の中へ突っ込んだ。すると、前走の大敗がウソのようにアッと言う間に先団へとりついた。そして、直線、追われると、楽々と抜け出した。
ラスト1ハロンで勝利を確信したという池添は「泣かないつもりでいた」。しかし、迎えてくれた厩舎スタッフが号泣しているのをみると「こらえられなくなりました」。
三冠ジョッキーの頬を涙が伝うのを見て「良かった」と思った池江。自身も「三冠制覇時とはまた違った感慨があった」と語るものの、指揮官として感情的になることなく「このレベルの馬になると絶好調は必要ないんだと思った」と言い、更に続けた。
「野平祐二先生と岡部(幸雄)さんが、シンボリルドルフに携わった時『ルドルフは普通で良い』と言っていたと聞いたことがありました。『絶好調に仕上げちゃうと、その後は下り坂になってしまう』という意味だったそうです。オルフェもそのレベルの馬なんだと、勝った後に思ったんです」
サトノダイヤモンドはオルフェーヴルになれるのか?!
その池江泰寿は今年の宝塚記念に2頭の管理馬を送り込む。サトノダイヤモンドとストロングタイタンだ。
前者の今年2戦は金鯱賞3着と大阪杯7着。一昨年にはキタサンブラックを差し切って有馬記念を制した実力馬だが、近走は不振に陥っている。それでもファンは同馬を1位投票で選出した。
「期待もプレッシャーも感じています」と語る伯楽は、オルフェーヴル同様の捲土重来を成し遂げることが出来るだろうか。それとも本格化急を思わせるストロングタイタンが立ちはだかるのか……。いずれにしてもオルフェーヴルの時のような心躍るグランプリとなってくれることを期待したい。
(文中敬称略、写真提供=平松さとし)