特許出願の「損切り」戦略について
先日の記事で、大量の特許出願を行っているソフトバンクグループに関して、まずは広く出願しておき、後になって不要なものは損切り(孫切り?)していくのではないかと書きました。この機会に、一般論として、特許出願の出願後の扱いの戦略についてまとめてみました。
大前提として日本の特許制度の以下のポイントを押さえてください
① 特許出願の実体審査(新規性・進歩性)は出願の後で別途出願審査請求を行わないと始まりません。
② 出願審査請求は出願日から3年以内に行う必要があります。これを逃すと出願は強制取下になります(なお、昔はこの〆切を1日でも逃すとまずアウトでしたが、最近の法改正で救済可能になりました)。
③ 出願日から1.5年経つと出願の内容が強制的に公開されます(最近の改正で、国家安全保障上重要な出願については非公開とされるようになりましたが説明省略、また、出願人の意思で早期公開することもできますがめったに行われないのでこれも説明省略)。
④ 出願公開を阻止するためには、出願日から1.5年以内に出願自体を取り下げるしかありません(実務上は1.5年ぎりぎりだと間に合わないことがありますので多少の余裕が必要です)。
さて、これらの点を踏まえると、特許出願を行った後の扱いは以下のパターンに分かれるでしょう。
パターン1: 一番普通のパターン(長期的損切り)
・ 出願後しばらくは寝かせて検討(最大3年間)
・ 権利化が必要と判断されたら出願審査請求、権利化の必要がないと判断されたらそのまま放置(損切り)(いずれのケースも出願の内容は公開されます)
○ 無駄な出願審査請求料を払わなくて済む
○ 「特許出願済」の表示を長期的に行えるため競合他社を牽制できる
○ 出願公開により後に他社が同じ発明を出願しても拒絶にできる
× 拒絶により特許化できないのに公開だけされてしまう結果になることがある(他社の摸倣を促進するリスクがある)
パターン2: 損切りなし強気(早期権利化狙い)パターン
・ 出願後速やかに出願審査請求(可能であれば早期審査請求)
・ うまくいけば1.5年以内(出願公開)前に権利化可能(この場合は特許化後に特許の内容が公開されます)
○ 拒絶になった場合、出願は公開されない(出願した事実すらも公開されない)ので、競合他社の摸倣を防げる
× 出願審査請求の必要性の判断期間が短い
× 拒絶になった場合、他社の特許化を阻止する効果は得られない
パターン3: 早期損切りパターン
・ 出願公開(出願日から1.5年後)前に出願取り下げ
○ 出願は公開されない(出願した事実すらも公開されない)ので、競合他社の摸倣を防げる
× 他社の特許化を阻止する効果は得られない(他社が同じ発明を特許化できてしまう可能性すらある)
× 出願時の費用(明細書作成費用)は完全に損切りとなる
どのパターンを選ぶかは、自社の事業におけるその発明の重要性、特許化の可能性、競合他社の状況等しだいです。一般的にはパターン1で行き、他社に先んじて権利化することの戦略的価値が高い発明(現時点で言えば生成AI関連発明がそれに当たるかもしれません)であればパターン2で、そして、発明の内容を他社に絶対知られたくない(たとえば、出願後に特許による保護から秘匿化による保護に戦術変更した場合)はパターン3で、ということになるでしょう。