英BBC開局から100年 環境激変で、受信料制度の行方は?
(「新聞研究」3月号掲載の筆者記事に補足しました。)
英BBCは、今秋開局から100年となる。元々は無線機メーカーが共同で設立した民間企業「英国放送会社」(British Broadcasting Company)だったが、1927年公共組織としてのBBC(British Broadcasting Corporation、「英国放送協会」)が誕生する。
旧BBCの発足は1922年10月。最初の放送は同年11月14日午後6時である。
「ハロー、ハロー、2LO(ツーエルオー)コーリング、2LOコーリング」。BBCの番組ディレクター、アーサー・バローズが第一声を発した。
「2LO」とは数か月前から開始されていた、ロンドン・マルコーニ会館からの実験放送のコールサインで、スタジオ名でもあった。
短い間隔を置いた後、バローズはニュースと天気予報を2回、読み上げた。最初は普通の速度で、2回目はリスナーがメモを取ることができるよう、ゆっくりと読んだ(デービッド・ヘンディ著「The BBC-A People's History (BBC 人々の物語)」より)。
後に大きなメディアとして成長するBBCの開局を報じた新聞はタイムズ紙だけだったという(同)。
ミッションは「情報を与え、教育し、楽しませること」
現在、BBCは信頼に足る報道機関として英国ばかりか世界中で高い評価を受けている。最新の年次報告書(2020ー21年)によると、従業員総数は約2万2000人。
テレビ部門では主力チャンネルを4つ、児童向けチャンネル2つ、デジタル専用チャンネル2つの他に英国の複数の地方に特化したチャンネルなどを持つ。
ラジオ部門では国内のリスナーを対象として英語、ウェールズ語、ゲール語での放送を提供する。海外向けには国際ラジオ放送の「BBCワールドサービス」、テレビの「BBCワールドニュース」など。
デジタル専用サービスとしてはBBCのホームページに加えてBBCニュース、スポーツ、天気、教育のほか、学習コンテンツの「バイトサイズ」、児童向けの「CBBC」、動画ストリーミングサービス「iPlayer」、音楽ストリーミングサービス「Sounds」などを展開している。
BBCの初代ディレクター・ゼネラル(経営陣のトップ)ジョン・リース卿は、BBCのミッションを「情報を与え、教育し、楽しませること」と定義した。そのミッションは今でも変わっていない。
視聴世帯から徴収する「(テレビ)ライセンス料」(日本のNHKの受信料に相当するので、以下「受信料」と表記)制度が経営の柱になっていることも変わっていない。2020年度の受信料収入は37億5000万ポンド(約5876億円)。これに商業収入の約13億8400万ポンドを加えると、総収入は日本円にして8000億円を超える。1950年代半ば以降、ITVをはじめ商業放送局が開局するが、最大手ITVの総収入は27.8億ポンド(約4300億円)で、BBCはダントツの大きさだ。
しかし、BBCのライバルはもはや国内の放送局ではなく、世論生成に大きな影響力を持つ新聞でもない。米国発の有料動画視聴サービス、ネットフリックスやアマゾン・プライム、無料のユーチューブやティックトックなのだ。
***ちょっと寄り道****
「公共放送」と「公共サービス放送」
英国の放送業界には、ほかの国とは少々異なる「公共サービス放送」という区分けがある。主要放送局BBC、ITV、チャンネル4、チャンネル5がすべてこれに入る。
NHKの定義を見ると:
公共放送とは:電波は国民の共有財産であるということからすると、広い意味では民放も公共性があるということになりますが、一般的には営利を目的として行う放送を民間放送、国家の強い管理下で行う放送を国営放送ということができます。これらに対して、公共放送とは営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送といえるでしょう。
NHKは、政府から独立して 受信料によって運営され、公共の福祉と文化の向上に寄与することを目的に設立された公共放送事業体(以下、略)。
英国の公共サービス放送は、いずれも「公益のために行う放送」ではあるのだが、資金繰りを見ると、BBCは受信料、ITV、チャンネル4、チャンネル5は広告収入による。また、チャンネル4は政府が所有している。ITVとチャンネル5は民間企業が所有・経営しており、営利も目的である。つまり、放送局がどのように運営資金を調達しているかには注目せず、「公共性が高い番組を放送・配信」しているのが、英国の主要放送局である。
公共サービス放送は以上のように若干説明が必要になる区分けだが、「公共放送BBC」という表現は良く日本で使われるし、筆者も便宜上、この表現を使ってきた。
つまるところ、英国の主要放送局には「公益のための番組作り」が求められている、ということである。
デジタル時代に生き残るには?
英国で主要放送局が「見逃し視聴サービス」を提供するようになったのは、2006年頃である。07年末、BBCもiPlayerで本格参入した。
現在までに、どの主要放送局もほとんどの番組をテレビあるいはほかのデバイスで視聴者が好む時間に視聴できるサービスを提供している。放送と同時の配信も常態となった。こうしたサービスは原則、無料である(「公共サービス放送」という特徴があるので、このような配信サービスを早期に導入し、無料で提供しているわけである)。
BBCはiPlayerやそのラジオ版ともいえるBBC Soundsによってデジタル世界でもその存在感を示しているが、米国発のネットフリックスなどが英国の視聴者の間で人気となり、苦戦を強いられている。
特に悩みどころになっているのが、若者層の視聴をどう増やすか。放送通信業の監督庁「オフコム」の調べによれば、16-34歳の1日の視聴時間のうち、放送コンテンツは32%のみ。16-24歳では22%に下落する。
視聴者が好きな番組を好きな時に好きなデバイスで視聴するという、いわゆる「パーソナライズ化」が進む今、「国内の視聴者が同じ番組を視聴する」ことを前提に、「全視聴世帯から受信料を徴収する」、現在の受信料制度が果たして今後も通用するのかどうか。このような問いが出てくるのは自然であろう。
「小さな政府」を目指す、与党・保守党は「小さなBBC」を指向しており、1月中旬、ナディーン・ドリス文化相は制度の存続に疑問を示す発言をした。
BBCは約10年毎に更新される王立憲章でその存立が規定されている。現在の憲章は2027年で終了するが、少なくともこの時までは受信料制度が続くことになっている。しかし、2028年から後はどうなるかわからない。
筆者はBBCの受信料制度存続を支持する一人である。
たとえ自分自身が利用しなくても、社会の構成員全員のために特定のサービスを続けることには大きな利があると考える。
フェイクニュースの広がりが大きな問題となる今、偏りのないニュース報道を日々実行しようとするBBCの存在の貴重さはますます増すのではないだろうか。