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人の一生の記憶一万円、量と数の感覚 ~数学センスで万事解決(第3回)~

森井昌克神戸大学 名誉教授
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

【数と量の感覚】

人が意識する数や量の感覚は,数学的に言うと「線形」と呼ばれる関係に支配されています.線形とは,1+1=2になる関係です.大まかに言えば,1個,2個,3個と一つづつ増えていく感覚です.しかし極論すると,大概の物理現象は非線形で指数的に増えていきます.つまり,2倍,4倍,8倍と2倍づつ増えていくものなのです.たとえば,音のエネルギーと音の大きさ(感覚)です.音の大きさはdB(デシベル)という単位が用いられます.ニュース等で騒音の単位としてよく耳にする量です.基準となる0dBが聞き耳を立ててやっと聞こえる音の大きさです.静かな住宅街で40dB,百貨店や騒がしい店舗内で70dBです.これが地下鉄車内や電車の駅でアナウンスなどが流れていると100dBを超えます.100dBを超えると隣の人との会話も難しくなり,飛行機のジェットエンジン近くになると120dBを超え,会話も不可能になります.感覚的には40dBに比べて80dBであれば2倍程度の大きさの音(騒音)のような気になるのですが,音のエネルギー的には1万倍ぐらいの量の差があります.

【情報の数と量】

私は大学で情報理論や情報伝送,そしてネットワークを講義しています.特に情報理論は,情報を如何にして数学的に表し,そして扱うかという情報の基礎理論です.言わば,情報の数と量の理論を講義しているのです.情報には「質」と「量」の性質があります.

「質」とは意味内容に関することです.それを定量的に扱うことは非常に困難なので,後者の「量」のみを扱います.その量を数で表現するのです.情報量の最小の単位はビットです.イエスかノーかの選択は,その1ビットの情報量になります,そのイエスとノーを

組み合わせることによって多くの情報を送ること,記憶することができるのです.0から9までの10種類の数字を送ろうとすると,4ビット必要です.アルファベットと数字,それに記号を送ろうとするなら,7ビット必要です.情報理論では,ある情報が本質的に

何ビットで表現可能かを問題にします.では,新聞100年分の情報量は大よそ何ビットで表されるでしょうか.一日30ページで休みなく毎日発行されたとして,写真を考慮したとしても1GBに満たず,十分,DVDに収まるのです.

【人の一生と記録】

情報理論の講義初回冒頭で,「君たちの一生はいくらか?」という無茶な問いかけを行っています.具体的には,生まれてから死亡するまで,五感を使って得た知識(記憶)をすべて保存したとして,ハードディスクやDVDといった,現在の記憶媒体に換算すると,

その購入費にいくら必要かという問いかけです.人の一生を100年としましょう.人の視野を基準にして,カメラで音声とともに記録したとすると,現在実現している高度な画像圧縮技術を用いれば,1時間当たりの記録には10MBあれば十分です.視覚,聴覚以外の情報を含めても同程度でしょう.100年は高々88万時間です.つまり,約8TBあれば一人の一生をすべて記録できるわけです.20数年前では,世界中のウェッブで見ることができる情報が1TB程度でした.現在,1TBのハードディスクは3千円程度であり,数年以内には,千円程度になることでしょう.8TBのハードディスクが1万円で購入できる日も遠くはありません.つまり,人の一生を1万円で記録できるのです.

神戸大学 名誉教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工繊大助手、愛媛大助教授を経て、1995年徳島大工学部教授、2005年神戸大学大学院工学研究科教授(~2024年)。近畿大学情報学研究所サイバーセキュリティ部門部門長、客員教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。2024年総務大臣表彰。電子情報通信学会フェロー。

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