法律や憲法より大事なのは「忖度」、東京高裁が代弁した安倍政権の本音 ―パスポート強制返納裁判
シリアでの取材を計画していた新潟県のフリーカメラマン、杉本祐一さんが、外務省にパスポートに強制返納させられたことや、新たに発給されたパスポートが渡航先を制限されたものだったことは不当だと訴えた裁判で、今月6日、東京高裁は、杉本さんの控訴を棄却した。深見敏正裁判長らの判断が旅券法に基づかないものであったことや、新たに提出された陳述書の内容も捻じ曲げる等、一審に勝るとも劣らない、あからさまな「忖度判決」であった。
〇旅券法や憲法を無視の独自解釈
「旅券法に書いてないことを、裁判官らが言っていることは大問題だ」。高裁判決後の会見で、杉本さんの代理人である中川亮弁護士は鋭く指摘した。東京高裁の深見敏正裁判長、吉田尚弘裁判官、餘多分宏聡裁判官は、外務省が杉本さんのパスポートを強制返納させたことの正当性を「紛争地に赴いた個人が、その生命・身体を危険にさらされ、万が一身柄を拘束される事態に至った場合には、政府及び関係諸機関に多大なる影響を及ぼし得るものであって、控訴人個人のみの問題ということはできないから、控訴人の主張を採用することはできない」とした。だが、中川弁護士が指摘するように、旅券法には「政府に迷惑をかけるから」という理由でパスポートを強制返納させることができるとは、どこにも書いていない。
中川弁護士は「(深見裁判長らの判断は)とても正直に国の本音を代弁していると思います」と言う。東京地裁に続き、東京高裁もその事実を判断の材料としなかったが、そもそも、外務省が杉本さんのパスポートを強制返納させた背景には、内閣官房副長官の関与がある。一昨年2月6日、新聞報道等で、杉本さんがシリア取材を行う予定であることを知った杉田和博・官房副長官(当時)は、外務省の三好真理・領事局長(当時)を官邸に呼び、官邸の意向を踏まえ、その場で旅券返納命令を決定したとされる(関連記事)。
当時、安倍政権は、IS(いわゆるイスラム国)による、ジャーナリストの後藤健二さんら日本人誘拐・殺害事件へ、何ら有効な対応をしていなかったことから、野党やメディアから批判を受けていた。万が一、杉本さんがシリアでISに拘束されたら、また政権が批判されることになりかねない―そんな安倍政権の当時の立場を、旅券法を無視してまで深見裁判長らは代弁した。正に「忖度判決」だ。さらに言えば、個人の憲法上の権利―杉本さんの場合は報道・取材の自由、海外渡航の自由―を制限しうるものとして、「公共の福祉」があるが、これは、あくまで個人と個人の人権が相反する場合の調整機能である。「政府に迷惑をかける場合、個人の人権を抑制できる」という深見裁判長らの判断は、現在の日本国憲法というよりも、自民党の改憲草案を代弁するものだと言えよう。
〇シリア現地取材の元朝日記者の陳述書を曲解
深見裁判長らの忖度ぶりは、憲法や旅券法の解釈にとどまらない。東京高裁には、新たな証拠として、杉本さんが取材する予定だったシリア北部コバニに当時、朝日新聞の記者であった貫洞欣寛さんが実際に現地入りし、取材を行ったことについて、本人による陳述書も提出された。陳述書の中で、貫洞さんは、IS支配下からクルド人勢力により解放されたコバニで安全に取材できたこと、危険は感じられなかったことを詳細にわたって述べた。ところが、深見裁判長らは、「武力による警護の下に時間を限って行われた立ち入りであり、このような立ち入りが行われたことをもって、当時のコバニが安全であったとは言えない」と、外務省の「コバニは危険」という判断を支持した。これには、判決を傍聴していた貫洞さんも「(自身の陳述書の)どこをどう解釈したら、そのような判断になるのでしょう」と呆れ顔であった。また、この裁判において杉本さんは、「武装した警護をつけ、時間を区切ってシリア入りする」「危険だと判断した場合は、取材を断念する」という方針で、これまでも取材を行ってきたことを繰り返し主張してきた。深見裁判長らの判断は、こうした杉本さんの主張も無視しており、公平さに欠ける。
「法の下での平等」という点でも疑問がある。シリア首都ダマスカスで、アサド大統領にインタビューを行った民放の報道番組キャスターらに外務省がパスポートを強制返納させなかったのに、自分だけが強制返納させられたことは、憲法での「法の下での平等」に反するのでは、との杉本さんの主張に対し、深見裁判長らの判断は、「キャスターらの取材時期、取材場所や目的が控訴人とは異なった」というものだった。だが、同じシリアという国であっても、時期や場所、取材方法によって、危険度は大きく異なるということこそ、杉本さんが本裁判で繰り返し主張してきたこと。深見裁判長らの判断は、あくまで外務省に忖度するダブルスタンダードだと言える。
〇杉本さんは最高裁へ上告
憲法や旅券法の解釈、現地の情勢についての評価という点で、深見裁判長らの判決は、民主主義の原則である三権分立を捨て去ったと言うべき、酷い忖度ぶりだった。杉本さんは「裁判所は、僕の生きざまと仕事を奪った安倍晋三と外務省の人権侵害と言論弾圧を正当だとして控訴棄却の判断をした。これが(三権分立ではなく)三権一体、法治国家の崩壊でなくして何なのか問いたい」と憤る。だが、杉本さんは諦めない。近日中に、最高裁判所へと上告するという。今度こそ、公平かつ事実に基づいた審理が行われることを、筆者も紛争地を取材するジャーナリストの一人として期待したい。
(了)