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遺伝性血管性浮腫の患者の診断までの長い道のり - スペインでの実態調査から

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:アフロ)

【遺伝性血管性浮腫とは】

遺伝性血管性浮腫(HAE)は、C1インヒビター(C1-INH)の欠乏や機能不全により発症する稀な遺伝性疾患です。主な症状は、皮膚や粘膜下組織の急性の腫れ(浮腫)で、頻度や重症度は患者によって大きく異なります。HAEの有病率は10万人に1.1~1.6人と推定されており、スペインでは10万人に1.09人という報告があります。

HAEの症状は、他の一般的な疾患と似ているため、診断が遅れたり見逃されたりすることが少なくありません。実際、スペインでの診断の遅れは平均8~13年とかなり長く、医療従事者のHAEに対する認識不足が一因と考えられます。また、HAEは皮膚疾患の専門である皮膚科医でも、診断が難しいケースがあります。

早期診断のためには、繰り返す原因不明の血管浮腫への注意喚起と、アレルギー科への迅速な紹介が重要です。スペインの専門家は、プライマリケアや救急部門の医療従事者への教育、患者の家族への検査の奨励、診断後の適切な治療へのアクセス改善などを提言しています。

【HAEの治療と課題】

HAEの治療は、急性発作の対処療法、短期予防療法、長期予防療法の3つに大別されます。いずれも患者のQOLを大きく左右するため、その選択と実施には細心の注意が必要です。スペインの専門家は、すべての急性発作をできるだけ早期に治療することを推奨しています。

また、自己注射薬の処方や在宅治療の推進など、患者の利便性に配慮することも重要です。ただし、これらの体制は地域や施設によってばらつきがあるのが現状です。公平性の観点から、ガイドラインの整備などを通じた標準化が求められています。

HAEの治療は、新たな選択肢の登場により大きく変化しつつあります。特に長期予防療法の充実は、患者のQOL向上に直結するトピックと言えるでしょう。一方で、高額な治療薬へのアクセスや、十分な治療効果が得られない患者への対応など、克服すべき課題は少なくありません。

【皮膚疾患との関連】

HAEは、皮膚の急性浮腫を特徴とする疾患ですが、蕁麻疹を伴わないことが特徴です。一見、アレルギー性の皮膚疾患に似ていますが、抗ヒスタミン薬やステロイドが無効なことが多いのです。皮膚症状だけでなく、腹痛や上気道浮腫なども併発するため、皮膚科医も他科と連携した全身管理が求められます。

また、C1-INH欠乏症によって生じる血管浮腫は、時にACE阻害薬による血管浮腫と紛らわしいことがあります。皮膚科医は、難治性の血管浮腫に遭遇した際には、常にHAEを鑑別に挙げておく必要があるでしょう。

HAEは稀な疾患ですが、早期診断と適切なマネジメントは患者のQOLを大きく改善します。本研究で明らかになったスペインでの課題は、日本でも参考になるはずです。皮膚症状を呈する疾患として、皮膚科医もHAEについての理解を深めておくことが重要と言えるでしょう。

【参考文献】

Caballero T, et al. Orphanet Journal of Rare Diseases (2024) 19:210. https://doi.org/10.1186/s13023-024-03182-1

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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