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【免疫細胞Th9の役割】IL-9を介して様々な疾患に関与 がん、アレルギー、自己免疫疾患との関連

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(提供:イメージマート)

【Th9細胞とIL-9の基本的な特徴と機能】

Th9細胞は、ヘルパーT細胞の一種であり、主にIL-9を産生する役割を担っています。Th9細胞の分化には、IL-4とTGF-βという2つのサイトカインが重要な役割を果たしており、これらのサイトカインの存在下でナイーブT細胞からTh9細胞が誘導されます。また、転写因子であるPU.1やIRF4も、Th9細胞の分化や機能発現に関与していることが明らかになっています。

IL-9は、Th9細胞から分泌されるサイトカインであり、様々な免疫細胞に作用することで、免疫応答の調節に関与しています。例えば、IL-9は肥満細胞や好酸球の活性化を促進し、炎症反応を増強する働きを持っています。また、IL-9は、制御性T細胞(Treg)の機能を抑制することで、免疫応答を亢進させる作用も持っています。

近年の研究により、Th9細胞とIL-9が、がんや自己免疫疾患、アレルギー性疾患など、様々な疾患の病態に関与していることが明らかになってきました。特に、IL-9の発現レベルや、Th9細胞の活性化状態が、これらの疾患の重症度や予後と関連していることが報告されており、Th9細胞とIL-9を標的とした新たな治療法の開発が期待されています。

【がんとの関連性と治療への応用】

Th9細胞とIL-9は、がんの進展や免疫応答に複雑な影響を与えることが明らかになってきました。例えば、メラノーマや肺がんのマウスモデルでは、Th9細胞を誘導することで、がん細胞の増殖を抑制し、生存率を改善できることが報告されています。また、グリオーマ(脳腫瘍の一種)や子宮頸がんにおいても、Th9細胞の活性化ががん細胞の増殖抑制に関与することが示唆されています。

一方で、乳がんや大腸がんなどでは、Th9細胞とIL-9が、がんの進行を促進する働きを持つことも報告されており、その役割は一様ではありません。がんの種類や病期、個人の免疫状態などによって、Th9細胞とIL-9の影響は大きく異なると考えられます。

Th9細胞を標的としたがん免疫療法の可能性も探られています。例えば、がん抗原特異的なTh9細胞を誘導し、腫瘍局所に投与することで、がん細胞に対する免疫応答を増強できる可能性があります。また、IL-9の作用を阻害する中和抗体や、Th9細胞の分化を抑制する薬剤なども、新たながん治療法として期待されています。ただし、がん免疫療法の開発には、がんの種類や個人差を考慮した慎重なアプローチが必要であり、さらなる基礎研究と臨床試験が求められます。

【アレルギーや自己免疫疾患との関連性】

Th9細胞とIL-9は、アレルギー性疾患や自己免疫疾患の発症と進行に深く関与していることが明らかになってきました。アトピー性皮膚炎や喘息などのアレルギー性疾患では、Th9細胞の活性化とIL-9の過剰産生が認められ、病態の悪化に関与していると考えられています。IL-9は、肥満細胞や好酸球などの炎症性細胞を活性化し、アレルギー炎症を促進する働きを持っています。

また、IL-9は、Th2細胞やTh17細胞などの他のヘルパーT細胞の分化や機能にも影響を与えることが知られています。Th2細胞は、アレルギー性炎症の主要な担い手であり、IL-9がTh2細胞の活性化を促進することで、アレルギー反応が増強されると考えられます。一方、Th17細胞は、自己免疫疾患の病態形成に重要な役割を果たしており、IL-9がTh17細胞の分化を促進することで、自己免疫反応が亢進される可能性があります。

実際に、関節リウマチや全身性エリテマトーデス(SLE)、多発性硬化症などの自己免疫疾患では、患者の血液や病変部位でTh9細胞とIL-9の増加が認められています。特に関節リウマチでは、Th9細胞が関節滑膜に浸潤し、IL-9を介して炎症反応を促進していることが報告されています。また、SLEでは、IL-9が自己反応性B細胞の活性化を促進し、自己抗体の産生を亢進させることが示唆されています。

Th9細胞とIL-9を標的とした新たな治療法の開発は、アレルギー性疾患や自己免疫疾患の患者さんにとって、重要な選択肢になる可能性があります。IL-9の作用を阻害する中和抗体や、Th9細胞の分化を抑制する薬剤などが、既に研究段階で検討されています。また、IL-9受容体を発現する細胞を選択的に除去する細胞療法なども、将来的な治療選択肢として期待されています。

【皮膚疾患との関連性と今後の展望】

Th9細胞とIL-9は、アトピー性皮膚炎や乾癬などの炎症性皮膚疾患の病態にも深く関与していることが明らかになってきました。アトピー性皮膚炎患者の皮膚では、IL-9の発現が亢進しており、病勢の重症度と相関していることが報告されています。IL-9は、肥満細胞や好酸球を活性化し、炎症性サイトカインの産生を促進することで、アトピー性皮膚炎の炎症反応を悪化させると考えられます。

乾癬においても、Th9細胞の関与が示唆されています。乾癬患者の皮膚では、IL-9の発現が増加しており、Th17細胞やTh22細胞などの他の炎症性T細胞の活性化を促進することが報告されています。IL-9は、角化細胞の増殖や血管新生を促進する作用も持っており、乾癬の特徴的な皮膚症状の形成に関与している可能性があります。

Th9細胞とIL-9を標的とした皮膚疾患の治療法は、まだ研究段階ではありますが、将来的な選択肢として期待されています。IL-9の作用を阻害する中和抗体や、Th9細胞の分化を抑制する薬剤などが、アトピー性皮膚炎や乾癬の新たな治療薬として開発されつつあります。また、IL-9受容体を発現する細胞を選択的に除去する細胞療法なども、皮膚疾患の治療に応用できる可能性があります。

しかし、Th9細胞とIL-9の生理的な役割や、他の免疫細胞との相互作用については、まだ不明な点が多く残されています。また、IL-9を標的とした治療法の長期的な安全性や有効性についても、慎重に評価していく必要があります。今後のさらなる研究の進展により、Th9細胞とIL-9を標的とした新たな治療戦略が確立されることが期待されます。

Th9細胞とIL-9は、がんや自己免疫疾患、アレルギー性疾患など、様々な疾患の病態に関与していることが明らかになってきました。特に皮膚疾患との関連性は注目すべきポイントであり、アトピー性皮膚炎や乾癬の新たな治療標的として期待されています。一方で、免疫系の複雑なネットワークの中でTh9細胞とIL-9がどのように作用しているのか、その全容は明らかになっていません。基礎研究と臨床研究を両輪として、Th9細胞とIL-9の生理的・病理的な役割を解明し、安全かつ有効な治療法の開発を進めていくことが重要だと考えられます。

参考文献:

Int Rev Immunol. 2024 Jun 12:1-20. doi: 10.1080/08830185.2024.2364586. Online ahead of print.

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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