北朝鮮代表として注目を浴びた東アジアE-1選手権から4カ月、ベンチ外が続く東京V・李栄直の苦悩
Jリーグが開幕してから約2カ月が経とうとしている。
チームを率いる監督の指揮の下、既存の選手に新戦力も加わり、チームカラーや骨格が固まり始めるころだ。
そんな中、今季J2でプレーする“ある選手”の動向を追っているのだが、いまだにいい話が届かない。
その“ある選手”とは、今季から東京ヴェルディでプレーする在日コリアンの朝鮮民主主義人民共和国代表(以下、北朝鮮代表)MF李栄直(リ・ヨンジ)だ。
今シーズン、李はジェフユナイテッド千葉との開幕戦はベンチスタート。後半ロスタイムにピッチに立ったが、出場時間はたったの1分。それから第9節を消化したが、先発はおろかベンチにも入れず、悶々とした日々を過ごしている。
試合に出られなければ、もちろん観客がプレーを見ることはない。人の記憶というものは、よほど強いインパクトでない限り、薄れていく。目立った活躍がなければ、存在すら忘れ去られてしまうものだ。
強烈なインパクト残したE-1選手権
ただ、日本のサッカーファンなら、彼のプレーを「どこかで見た」と記憶している人がいるかもしれない。
昨年12月のEAFF E-1 サッカー選手権(東アジアE-1選手権)2017で、李は北朝鮮代表MFとして先発出場を果たし、日本代表と対戦した。
日本で生まれた李にとって、日本代表との対戦は「楽しみで仕方がなかった」というほど、気迫あふれるプレーが目立った。
ボランチとして攻守の切り替え、体格を生かした守備と体を張ったプレーで、相手の攻撃の芽をつんでいたし、時折、放つ強烈なミドルシュートは、相手の脅威となるには十分だった。
北朝鮮は0-0で迎えた後半ロスタイムにMF井手口陽介(クルトゥラル・レオネサ)に決められて惜しくも敗れたが、日本を最後まで苦しめたプレーに対して、最後まで拍手を送る日本のサッカーファンの姿がとても印象的だった。
そういう意味では、日本で育った李が果たした役割は大きい。彼を介すことで、日本のメディアは北朝鮮サッカーのことについて詳細に触れられる。
李は「J2の自分でも、日本代表と対等に戦えることを証明したかった」と語っていたが、試合の充実度と注目度、さらに日本と北朝鮮との橋渡し役をこなせることも、やりがいを感じていたに違いない。
現場取材で会った大手紙スポーツ担当記者も「李はいい選手だねー。J2にあんな選手がいたとは。J1でも十分できるんじゃないか」と太鼓判を押していた。
現地で試合を見たあと、録画していたテレビ中継を見たが、北朝鮮代表である李のアップや紹介のシーンがあり、アナウンサーもまた“リ・ヨンジ”の名を連呼していたのを記憶している。
確かにJのスカウトも、李のプレーには一目置いたに違いないし、期待値はここで大きく膨れ上がった。
実際、当時はカマタマーレ讃岐所属だったが、その後すぐに東京ヴェルディへの移籍が決まった。新戦力としての活躍が期待されたのだが……。
好調の東京Vでのポジション争い
李は2013年に徳島ヴォルティスでプロデビューし、2015年からV・ファーレン長崎、2017年はカマタマーレ讃岐でプレー。そして今季、東京ヴェルディに加入した。
今年、東京ヴェルディは開幕戦から好調だ。
第9節(4月15日時点)を終えて、3勝6分けの勝ち点15で5位。一度も敗れておらず、失点はわずか「3」。2016年シーズンの東京ヴェルディは61失点(22チーム中5番目に多い)で、守備の再構築を迫られていた。
そこで白羽の矢が立ったのが、2017年から就任したスペイン人のミゲル・アンヘル・ロティーナ監督。スペインのエスパニョールやレアル・ソシエダ、デポルティーボ・ラコルーニャ、ビジャレアルなどの有名クラブで指揮をとったこともあり、“大物”と言っても過言ではない。
実績のある指揮官が、東京ヴェルディの選手たちに“守備に対する意識”を徹底して植え付けた結果、今季の少ない失点につながっているのだろう。
4月7日に第8節の東京ヴェルディ対FC岐阜の試合を取材したが、ヴェルディの守備ラインに対する意識の高さは確かに見られたし、どちらかと言えば、カウンター主体の攻撃で相手を崩していく。リスクは取らず、堅実で負けないサッカーをするという印象だ。
関係者から聞いた話によれば、ロティーナ監督は「1対1の球際に強い選手や激しい守備を好む」という。
東京ヴェルディでの李はCBかボランチでの起用を想定しているようだが、それを聞いて、ここに呼ばれた理由がよく分かった。妙に納得である。
ちなみに、同じポジションにはガンバ大阪ユースからの生え抜きで、昨季から東京ヴェルディに加入したMF内田達也がいる。開幕戦からここまでスタメンフル出場で、監督からの信頼も厚い。
李は強化部からは「チーム活性化のためにも(加入後は)ポジション争いしてほしい」と言われているという。ただ、難しい状況に変わりはない。
北朝鮮代表では重宝されるが……
冒頭でも述べたが、9試合中、李がベンチに入ったのは開幕戦の1回。それからはメンバー外が続いている状況だ。
北朝鮮代表での活躍ぶりから、今季も期待されていたはずなのに、一体、彼に何があったのか。李に今月、味の素スタジアムで話を聞くことができた。
彼にゆっくりと話を聞くのは、昨年11月の讃岐の練習日のインタビュー、タイで行われたアジアカップ予選、日本での東アジアE-1選手権、小学生のころ所属していたクラブ「ルイ・ラモス・ヴェジット」の年始の初蹴り、そして今回の5回目だ。
李は3月27日に平壌で開催されたアジアカップ3次予選の最終戦・香港代表との試合にボランチとしてスタメン出場。2-0で勝利し、2019年のAFCアジアカップ出場権を獲得してチームに戻っていた。
代表では重宝されても、東京ヴェルディの戦術と求められるプレースタイルは代表とは違う。
李は開口一番、「正直、今は我慢の時期ですね」と言った。
「讃岐から東京ヴェルディに来て、すぐに試合に出られるとは思ってはいません。チームにフィットするために努力はしていますが、もっと監督が求める戦術を理解したプレーをしていかないといけないと思っています」
まだ自分の適応力の足りなさを嘆いていたが、ベンチに入れなければ試合でアピールするチャンスもない。練習でアピールすることもそう簡単なことではない。今は時をジッと待つしかないのだろう。
「メンバー外が続くと、正直焦りはあります。自分でもどういうプレーをしたらいいのか分からず、考えすぎてしまうとこがあり、納得いくプレーができていないというのもあります」
「サポーターに申し訳ない気持ち」
李はプロデビューした徳島時代を思い出し、こう言った。
「実力がなく、試合に出られていないのだから、これは自分の実力不足です。徳島でも1年目は試合に中々出られず、しんどかったのですが、そういう経験をしているからこそ、今を乗り越えられると自分を信じてやるしかありません。正直、精神的にはきついですが、期待してくれているサポーターのためにも、腐らずしっかり練習して、チャンスが来た時にものにできる準備はしておきたいです」
悔しさをにじませながら、そう語る李。新戦力でありながら、真価を発揮できずにいることにもどかしさを感じている。「ヴェルディサポーターにも申し訳ない気持ちがある」と言った。
ただ、まだシーズンは始まったばかりだ。これから天皇杯も始まる時期だが、「もしかしたらそこで(出場)チャンスが訪れる可能性もあるかもしれません」と前を向いている。
それに北朝鮮代表も国際親善試合を組むこともあるだろう。その時も李は代表に呼ばれる可能性が高い。そこでアピールすることも忘れていない。
「最後まで諦めず、スタメンを勝ち取れるまでがんばりたい」
李は最後にそう言って笑顔を見せた。
後日、ラインのメールに「出られるようにがんばります!」と返事が来た。その言葉を信じて待ちたいと思う。