昔ながらのローカル駅の風情がうれしい

　爽やかな朝である。露天風呂で滑らかな朝湯を堪能したあと、下呂駅から美濃太田行の普通列車に乗った。通学時間帯の終わった車内は空席が目立つ。

下呂の盆地を過ぎ、いくつかのトンネルを潜ると右手に飛騨川の清流が見えてくる。河原の岩が白い。青い空が広がっている。清らかな川の水は、底まで透けて見える。シーズンオフのため、観光客の姿もない。川に沿ってクネクネと走る。

　焼石駅を過ぎて、右手にダムが見えると、やがて飛騨金山に着いた。跨線橋のある昔ながらの駅舎が出迎えてくれる。そんな典型的なローカル駅の風情が、この駅には残されている。特急停車駅だが、この駅で降りた客は３人しかいない。かつて、この駅のホームで駅弁の立売人の声が響いていたのが嘘のような静けさだ。今は地元の観光協会が管理する簡易委託駅で、平日には無料のレンタサイクルを借りることができる。

昭和の香りが残る町に創業三百年の酒蔵

　駅を出ると、そこには昭和の香りを色濃く残す町並みが続いていた。これといった特徴があるわけではないが、古い看板や、瓦屋根のある家に郷愁を覚える。飛騨川の長い橋を渡っても商店街が続いていた。

　やがて、黒い格子戸と、「奥飛騨」と書かれた濃紺の暖簾がなんとも渋い建物があった。軒先には大きな酒樽が並べられている。これが、きょうのお目当て、飛騨の地酒の蔵元「奥飛騨酒造」である。中に入ると創業享保五年と書かれた暖簾が誇らしげに掛けられていた。享保というと江戸時代中期、徳川八代将軍吉宗の時代。創業三百年以上の老舗である。店の軒先に、大きな茶色い杉玉がぶら下がっている。新酒ができる年末になると、新酒ができた目印として新しい玉に取り換えるという。新しい玉は緑色をしているそうだ。

「おクルマでお越しですか？」案内してくれた女将さんが尋ねる。

「いや、列車ですから呑んでも大丈夫ですよ」

　ここを訪ねる人の大半はマイカーだという。クルマだと運転する人は試飲ができない。やはり、列車の旅の方がいい。朝から試飲が楽しみだ。

　この店には「奥飛騨」「初緑」という二大ブランドがあり、それぞれ、甘口や、しっかりとした辛口、コクの強いものなど様々な種類がある。私が運転しないとわかると、女将さんは次々と色々な種類の酒をお猪口に一杯ずつ飲ませてくれた。同じ日本酒でもこんなに味が違うものかと思う。その中で、特にほかではなかなかない味わいだという緑色のグリーンのボトルの「初緑純米吟醸」の中瓶を持ち帰ることにした。これは、日本酒とは思えないようなフルーティな香り。まるでワインのような不思議な味なのである。それに列車の中ですぐに飲むためのカップ酒「奥飛騨」も忘れずに買っておこう。

　何種類もの酒をつまみもなしに飲んだため、いい気持ちになってきた。朝からほろ酔い気分で外に出ると、太陽の光が眩しい。帰りはのんびりと飛騨川を眺め、小さなお社に手を合わせて駅まで戻る。もうすぐ名古屋行の「ワイドビューひだ」がやって来る。きょうは朝からいい気分だ。

【テツドラー田中の「駅の旅」⑥／JR東海／飛騨金山駅／岐阜県下呂市金山町大船渡】