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男性監督が「女性と連帯できる男性像」を描いた映画としての『野球少女』、という試論

韓東賢日本映画大学教員(社会学)
3月5日公開の『野球少女』(チェ・ユンテ監督)、主人公スイン役のイ・ジュヨン

 3月5日(金)、TOHOシネマズ 日比谷他で全国ロードショー公開される韓国映画『野球少女』(チェ・ユンテ監督)は、韓国で近年、盛り上がりを見せている「女性監督による女性映画」への「男性監督からの応答」と言えるかもしれない。以下、劇場用パンフレットに寄せた拙稿を特別公開する。

『はちどり』が、少女の目線から過去の抑圧構造を問い直して現在をまなざし、ベストセラーの映画化『82年生まれ、キム・ジヨン』が、過去から現在へと積み重ねられてきたそれを可視化しその先を手探りしていたのだとすれば、『野球少女』は、こうした問題提起――問題は社会の側にあって個人の側にあるのではないということ――のうえで改めて、社会的な障壁の前で個人が決してあきらめないことの大切さを見せてくれる。歴史を振り返っても、女性たちはそうやってガラスの天井を突き崩してきた。

 だが、ここで問いは再びもとに戻る。個人のあきらめない力だけでどうにかなるものなのか、女性の側だけが努力すべきことなのか。逆に言うと、ガラスの天井を支えているのはいったい誰なのか――。『野球少女』の舞台である高校野球、プロ野球の世界は日本同様、韓国においても男性社会の典型とも言えるような場だ。その世界の住人たちは主人公チュ・スイン(イ・ジュヨン『梨泰院クラス』)を見て、「野球選手に見えるか?」とか、「かわいいね」とか、何の躊躇もなく口にする。

主人公スインを支えるコーチのジンテを演じるイ・ジュニョク
主人公スインを支えるコーチのジンテを演じるイ・ジュニョク

 でもスインを支える周囲の男性たち――コーチのチェ・ジンテ(イ・ジュニョク『秘密の森』)や、リトルリーグ時代からの幼なじみのイ・ジョンホ(クァク・ドンヨン『サイコだけど大丈夫』)は、偏見としてもファンタジーとしても、スインをそのような目で見ることはない。これまた日本ではドラマでお馴染みの某俳優がゲスト出演している球団幹部も、最終的には「野球選手」としてスインを扱う。彼らのこのような態度はスインにとって、「人」として接するということと同義だろう。

 これは、「野球は誰にでもできる。女性か男性かは長所でも短所でもない」と語るスインが、女性としてではなく「人」として野球に打ち込む野球選手であり、そのあきらめない努力が彼らに伝わったという証左だろう。でもそれは、彼らがそれを受け止めることができたから――つまりスインの姿をただそのまましっかりと見つめることができる人たちだったから――とも言えるのではないか。この点が、あえて言えば男性監督の手による本作のキモであるように思う。

 こうして、「女性であることは長所でも短所でもない」というスインの言葉は、彼女をまっすぐ見つめることができた男性たちの倫理にもなった。女性選手と男性コーチというと、どうしても旧来のパターナリスティックな師弟関係が浮かんでしまうが、スインとジンテの関係はそのようなものではない。ジンテには、あきらめないスインへの敬意がある。幼なじみのジョンホにも、子どもの頃から選手として先を走っていたスインへの敬意がある。そうした敬意が信頼となり、それが、年齢差やジェンダーを越えた連帯を生んでいた。

 だとすると本作は、男性監督が、野球という男性社会を舞台に、「女性と連帯できる男性像」を描いた映画だと言うこともできるかもしれない。実際、チェ・ユンテ監督は、女性がプロ野球に行けることを知らなかった自身の妻が、野球に取り組む少女の記事を読んで気の毒だと話していたことから本作を着想し、また下積みが長く、なかなか長編デビューができなかった自身の経験を、あきらめないスインの姿に重ねたと語っている(でも私が一番グッと来たのは短いけれどとても重要な女性同士の連帯を示すシーンであり、家族、とくにスインの母親の描き方には不満がなくもない。ちなみに母親役は『椿の花咲く頃』での好演で大好きになったヨム・ヘランだ)。

 とはいえ本作で物語を駆動させていく主人公は、くどいようだが「女性か男性かは長所でも短所でもない」と語る野球選手、スインである。スインのあきらめない力が周囲の男性たちを感化し、その支えによって彼女はさらに強くなり、障壁を越えていく。

 女子としてスインを初めて野球部に受け入れた高校で、天才少女と言われながらもスインの更衣室はトイレの一角だったし、合宿の個室費用は自己負担のため、裕福ではないスインは参加できなかった。おそらく彼女の人生は、今後もこうしたことの連続だろう。私たちはそれを知っているし、本作でもそれは示されている。でも「女性」だからというだけの理由で――そのほとんどは社会的な偏見だったり端的に差別であるから――、夢をあきらめるのはおかしいということ。前人未踏、孤軍奮闘であってもその気持ちと努力が周囲を動かし、ひいては社会を動かすこともある。

 繰り返すが、そうやって女性たちはガラスの天井を打ち破ってきた(またそれは、何も女性たちだけの話ではないだろう)。姿が見えなくてもきっと隣には同志もいるし、下にはそこに続く者もいる。そして、支えてくれる人もいるはずだと信じたいし、信じてもいいというメッセージを、私は本作から受け取ったように思う。本作が、何らかの理不尽な障壁の前であきらめそうになっている、すべての人々の応援になればと願っている。

(『野球少女』プレス資料より転載。劇場用パンフレットにも掲載)

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『野球少女』

(c)2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

2019年/韓国/韓国語/105分/スコープ/カラー/5.1ch/英題:Baseball Girl /日本語字幕:根本理恵

監督・脚本:チェ・ユンテ

出演:

イ・ジュヨン  「梨泰院クラス」

イ・ジュニョク 「秘密の森」

ヨム・ヘラン  「椿の花咲く頃」

ソン・ヨンギュ  「エクストリーム・ジョブ」

配給:ロングライド

公式サイト:longride.jp/baseballgirl/

日本映画大学教員(社会学)

ハン・トンヒョン 1968年東京生まれ。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンのことを中心に日本の多文化状況。韓国エンタメにも関心。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006.電子版はPitch Communications,2015)、共著に『ポリティカル・コレクトネスからどこへ』(2022,有斐閣)、『韓国映画・ドラマ──わたしたちのおしゃべりの記録 2014~2020』(2021,駒草出版)、『平成史【完全版】』(河出書房新社,2019)など。

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