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「政治ってセクシー!」10代のノルウェー選挙運動と青年部

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
北欧の若者の政治参加や投票率の高さは、青年部の存在抜きにして語ることはできない

ノルウェー選挙で大きな活躍をしているひとつが各政党の「青年部」という存在だ。「若者政党」とも略される。

母党の応援をしつつ、母党の傘下の組織でありながら、「母党とは違う組織」とも認知されている。大人の母党とは別の党政策を掲げ、時には母党を批判することもある、若者の代表者たちだ。

9月中旬に国政選挙を控えるノルウェーで、最大規模の政党「労働党」の青年部を訪ねた。

今回の選挙では政権交代となり、労働党から次の首相が誕生する見通しが強い。

労働党のストーレ党首を首相にしようと、青年部の若者たちは必死だ。

政治家の卵の勉強会では、何をしているの?

この日に訪れたのは青年部の勉強会、選挙活動の入門を学ぶ2時間だ。この日は11~20歳の小中高生が多かった。どこの政党もこのような勉強会を頻繁に開いている。

では、選挙前の入門クラスとはどのような感じなのだろう。

主な内容は

  • 選挙小屋(スタンド)に立つ心構えとアドバイス
  • 市民から聞かれやすいこと、党の政策
  • 議論の練習
  • 市民に党員になってもらう方法

※この記事では労働党の青年部は略称でAUFと記載する。

※今回紹介されるノルウェー政治の説明は、「労働党」の目線から見た右派・左派の違いで、他政党にはもちろん違う言い分・反論がある。

選挙中に青年部は何をしているの?

青年部の党員の役割にはこのようなものがある。

  • 「学校選挙」という模擬選挙のために中学校や高校を訪問
  • 学校選挙での得票率を挙げる
  • 校内にも選挙スタンド広場を立てて、全国各地の学校を巡回(常に他の与野党の青年部と協力しながら)
  • 大学キャンパスで学生と政治の会話
  • 学生寮で戸別訪問
  • 若者を対象に電話での投票の呼びかけ
  • 母党の党員と一緒に全国各地の選挙小屋に立つ

青年部のボランティア党員には、政治の議論や選挙活動に慣れていない人が多い。

青年部は自信をもって選挙活動に挑めるように後ろ盾をする。

青年部や若い党員は、「若い世代のための政治家」

AUFが学校や選挙小屋で受けやすいと挙げた政治分野は

  • 環境・気候
  • 保健(介護、医療問題など)
  • 学校政策

右派・左派の違いをわかりやすく

労働党のライバルといえば、ソールバルグ首相率いる「保守党」だ。

右派・左派でよくある主張の違いを復習 撮影:あぶみあさき
右派・左派でよくある主張の違いを復習 撮影:あぶみあさき

「労働」分野における、右派・左派の違いをAUFはこう説明する

左派

  • 起業家やグリーンなビジネス経済の成長に投資
  • 労働協約の強化
  • 社会運動の強化
  • 短期雇用ではなく正規雇用

右派

  • 政府は中心的な役割を担わない
  • 減税
  • 労働環境法の弱化
  • 労働組合への関心薄
  • 短期雇用に肯定的

「環境・気候」政策の違いはAUFの目線ではこうなる

地球は燃えているのに、極右の進歩党と連立する保守党は仕事をこなせない

解決策として、労働党は55%の排出量を減らす

学校政策なら

お腹が空いていたら勉強に集中できない。労働党は給食は無償化にしたい。右派は暗記・成績重視型で、テストは増えて、通学に緊張する人が増えている

意外と盛り上がったのが「保健」の勉強時間だった。

北欧の福祉制度をつくりあげてきた分野だが、高齢者も熱心になるテーマのために、年上の大人から威圧的な話し方もされやすいのだという。

「オスロで選挙小屋に立っていたら、保健政策に関する質問内容の99%はこれ」と紹介されたのが

  • 歯科治療費
  • メンタルヘルス
  • 私立か国立・公立病院かを自由に選ぶ権利
  • 重度の薬物依存症患者に対する生活改善策・規制における議論
  • オスロ大学病院の再建に関する議論

※繰り返すが、これは労働党の世界観なので、右派には反論がある。今回は「若者が青年部でどのように選挙運動の事前勉強をするのか」という目線でみてもらいたい。

政治の話が楽しいと興奮する先輩たち

保健政策が大好きな先輩党員は壇上で「保健政策!ああ!なんてスーパーセクシー!」と楽しそうだった。

聞いた人たちは大笑い。

こういう人がいたら政治に対する印象が変わる人が多そうだ。

例えばこんなQ&Aが紹介された。

「歯科制度について労働党はどう考えているの?」

今は18歳未満だけが歯科治療は無料だが、骨折して治療が必要な人は無料で、歯の治療が必要な大人が有料とはおかしい。誰もが平等に治療を受けられるようにしたい

「メンタルヘルスについてはどう考えているの?」

今はかかりつけ医の診断がないとカウンセリングを受けられない。これだと敷居が高すぎる。紹介状がなくてもメンタルヘルスの治療がすぐに受けられるようにしたい

政治の話の練習をしよう

「隣の人と話してみて」と議論する練習をする。他の政党や市民がどう考えているか他者の視点に立つ訓練にもなる 撮影:あぶみあさき
「隣の人と話してみて」と議論する練習をする。他の政党や市民がどう考えているか他者の視点に立つ訓練にもなる 撮影:あぶみあさき

「では、議論の練習をしましょう」と、選挙小屋や学校選挙でAUFが聞かれやすいことが紹介され、グループごとに議論の練習をした。

  • 「労働党は気候のために何をするの?」
  • 「気候政策で労働党と保守党の違いって何?」
  • 「気候政策なら緑の環境党や自由党も強いけれど、どうして私は保守党に投票するべきなの?
  • 「でも首相は保守党はノルウェーで最も排出量を減らした政権だって言ってるけど?」

「相手への敬意を忘れずに」

興味深かったのがオスロ大学病院の再建に対する議論だ。これには「よくわからない。何が問題なの」と質問する人もいた。詳しくは省くが、病院の古い建物を維持するか、それとも新しくリニューアルするかの議論だ。

「これはオスロ市民を分裂させている議論。だから違う考えの人に出合っても、相手への敬意だけは忘れないでほしい」と先輩党員が言っていたのが印象的だった。

「相手へのリスペクト(敬意)を忘れずに」。

この国の議論カルチャーで大事にされていることだ。

さらっと言われた一言だが、このようなことを聞き続けることで、国の議論カルチャーは成熟する。

「党の政策を熟知する必要はないんだよ」

  • 「学校にいる右派の進歩党の友達に、こう主張されやすいんだけど、こういう時はなんと反論すればいいの?」
  • 「スタンドでこう反論されやすいんだけれど、僕はよくこう答えている」
  • 「学校選挙では、このことを忘れるな」
  • 「なぜ労働党に投票するのか、1日に最低1回は聞かれるから言えるように」

いろいろな意見交換がされた。

「選挙の話をするのに、政党の政策を全部わかっている必要はない。若い人には自分の考えを導き出す余裕をあげて」

「対立する政党の人が近寄ってきたら、『私たちはどうも考え方が違うようですね。それでは、良い1日を』と言って終わらせるのもあり」

言葉のやりとりで、「選挙活動をうまくできるかな」「ちゃんと質問に答えられるかな」という不安はどんどん解消されているだろうなと感じた。

党員を増やすことがノルウェーの民主主義で大事な理由

意外だったのが、プレゼンで北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長の顔写真が登場すること。ノルウェーの元首相・労働党の元党首でもあり、青年部ではスター的なアイコンのようだ 撮影:あぶみあさき
意外だったのが、プレゼンで北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長の顔写真が登場すること。ノルウェーの元首相・労働党の元党首でもあり、青年部ではスター的なアイコンのようだ 撮影:あぶみあさき

最後に、「相手に党員になってもらう方法」がレクチャーされていた。

「政治の議論」は楽しみそうな人の集まりだが、勧誘となると別の話だ。

勧誘が得意な先輩のアドバイスはこうだった。

  • 「パニックになってその場から逃げるな!」
  • 「疲れている時は、勧誘するな!」
  • 「党のユニフォームを着ている時は責任感を忘れないで」
  • 「相手が党員登録を終わらせたかまで気にする。連絡先の交換!」

実は、選挙期間中はどの政党にとっても「党員を増やすこと」も大事な目的だ。

なぜなら、党員数が多ければ多いほど国や自治体から補助金をもらえるのだ。

また党員数が多い程、その人数分の意見を代表している団体となるので、メディアや権力者などからも注目され、社会への影響力を増すことができる。

団体や組織の党員数はニュースでもよく補足される情報で、ノルウェーの民主主義の基盤ともなっている。

「政治とは何を優先するかだ」

「政治は、何を優先するだ」と先輩党員は話していた。だから、右派と左派で同じ分野でも何が優先度が高くて低いかを、まずは知ってもらう。

「私たちは学校選挙で勝つ!ヨナス(党首の名前)を首相にするぞおおお!!!!」という声が響いた。

党員といっても、普段は普通の小学生、中学生、高校生、大学生だ。政治という「関心が同じ人が集まる青年部」を楽しい勉強や社交の場、国をよくするための活動手段として捉えている。

リッケさん(右) 撮影:あぶみあさき
リッケさん(右) 撮影:あぶみあさき

最年少で参加していたリッケさんは11歳で小学6年生。「学校では政治の話に興味のある友達は少ないけれど、大人と政治の話をする時に緊張はしない。家ではよく政治の話をします。でもお父さんとお母さんはそれぞれ別の政党に投票するから、イライラしちゃう」と取材で話した。

この国では大人や若者にとって、「政党の党員になること」「選挙運動に参加すること」は日本よりも敷居が低く、「社会をより良くするための、部活動やサークル」のようなノリに見えることもある。

若者の政治参加を高めることに大きな役割を担っているとされている政党の青年部。勉強会をのぞくと、このようにして議論の練習をして、政治の話をする自信を育んているのだなと背景の一面を知ることができた。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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