スウェーデン×アイルランド。イブラヒモビッチ、必殺の「マイナスの折り返し」で、ドローに持ち込む
アイルランド対スウェーデンと聞いて想像するのは空中戦。早めに放り込むサッカーだ。しかし、実際にそれを行なったのはアイルランドのみ。スウェーデンは確実に繋ごうとした。「我々スウェーデンは、アイルランドとは違う。あのような古典的なサッカーではない。もっと志の高い集団だ」と、言わんばかりに。
実際、スウェーデンはW杯3位(50年、94年大会)を頂点に、これまで世界のサッカー史に名を刻んできた。現在のメンバーにはズラタン・イブラヒモビッチというバロンドール級の選手も存在する。アイルランドとどちらが格上かと言えば、スウェーデンであることは明白だ。
そのプライドがスウェーデンには災いした。格の違いを見せようとしたが、それができず焦った。無欲のアイルランドに健闘を許した。
対するアイルランドは、スウェーデンとは異なり、単純に蹴り込むことにまるでてらいがない。洒落ていない非今日的なプレーを臆面もなくやりきる遂行能力、それに格好悪さを感じない鈍感力こそが、アイルランドの強みになる。
そのサッカーをひと言でいえば守備的となる。布陣は中盤ダイヤモンド型の4−4−2ながら、菱型を成す両サイドハーフが高い位置を取れないので、4−3−1−2的になってしまう。もう少し言えば、守備的サッカーの典型と言われるクリスマスツリー型だ。よってクロスは、後方からの放り込みになる。
しかし、それでなんとかいい試合になってしまうのがサッカーの恐ろしいところだ。たいした攻撃ではないのに形勢ほぼ互角。6対4以上の関係を自負するスウェーデンにとってこれはつらい状態だ。ペースを乱される大きな原因になっていた。
アイルランドのセンタリングが初めてマイナスの角度で入ったのは後半3分。右サイドバック、シェイマス・コールマンは右サイドでボールを受けると、内へと切れ込むアクションに出た。だが、次の瞬間、進路を咄嗟に縦方向に変えた。ゴールライン付近までえぐってから、センタリングに及んだ。逆サイドで待ち受けていたのは2トップ下のウェスリー・フーラハン。ゴール右に豪快に先制点を叩き込んだ。
しかし豪快ではあったが、シュートの難易度は決して高くなかった。イージーなシュートを豪快に見せた原因は、コールマンが送球したマイナスの折り返しにある。クリスマスツリー型の攻撃にはない、理にかなった攻め。同じセンタリングでも、プラスとマイナスで、効果にこれほどの差があるのかを示した例と言える。
スウェーデンも両サイドの高い位置にボールを運べずにいた。ピッチに描き出された陣形は菱形で、クリスマスツリー型のアイルランドより、若干ましといった程度だった。誇るべきサッカーができていたわけではない。大黒柱のイブラヒモビッチは前線で孤立。業を煮やし下がってパスを受けようとすると、今度はボールがゴール前に行かなくなるという悪循環に陥った。
しかし後半3分、総合力で劣るアイルランドが先にゴールを奪ったために、試合の流れに変化が生じたことも確かだった。目の前に勝利がちらつき無欲ではなくなりだしたのか、徐々にアイルランドの動きから奔放さが失われていく。逆にスウェーデンは窮地に立たされたことで、開き直ることができた。変なプライドをかざしている余裕がなくなったというべきか。
試合は打ち合いになった。南米的な要素ほぼゼロ。洒落っ気はないが面白かった。お互い実直で真面目そうな選手で固められているのに、ドタバタしていて不安定。見慣れない種類の新鮮さ溢れる好試合となった。
後半26分。スウェーデンはさすがに追いつくことになる。それは同点に追いついたという事実より、得点に至るプロセスに意義を感じる鮮やかなゴールだった。得点者はアイルランドのセンターバック、キアラン・クラーク。オウンゴールだったにもかかわらずだ。
左サイドでまず、イブラヒモビッチがボールに絡む。キム・シェルストレーム、エミル・フォルスベリ、ヨン・グイデッティを経由して、ボールが縦に少しずつ前進する間に、ボールの外側を併走していたイブラヒモビッチに再びボールが渡った。場所は左サイドゴールライン手前。そこからイブラヒモビッチが繰り出したマイナスの折り返しが、クラークのオウンゴールを誘ったわけだが、この一連のパス交換は見事だった。アイルランドには真似のできないワンランクレベルの高いプレー。スウェーデンの意地とプライド、底力が垣間見えたスーパーゴールと言っていい。
繰り返すが、この試合で生まれた2ゴールは、マイナスの折り返しによるものだった。ある時まで両軍がそれぞれ描いたクリスマスツリー型(アイルランド)と菱型(スウェーデン)の延長上では生まれなかったゴールでもある。
その数をどれだけ増やせるか。リアクションではなく意図的に。両チームの今後と、それは深い関係にあると僕は思う。
(初出 集英社 Sportiva 6月14日掲載原稿)