【五輪野球】準決勝で日本と対戦 韓国野球、知っときゃチョイ得「基本のキ」
東京五輪の野球準決勝で対戦することとなった日本と韓国。
どんな投手がいて、打線はどうで…という点は他の専門家におまかせするとして。
ここではにわかファンがより楽しめるような超基本的情報を。
筆者自身、韓国の地でサッカーを多く取材しながら「野球、すごいな」と思うことが多々ある。韓国のプロスポーツで圧倒的人気を誇る。韓国内のサッカー派との会話でもたびたび「比較論」で話題に挙がる。そうでなくとも「酒の席での男同士のスポーツの話題」となると、半分以上は野球なのだ。日本球界への関心も高く、「西武ライオンズ黄金期の話」や「阪神タイガース優勝の可能性」などかなりコアな話題を話し込んだこともある。
筆者自身数回、韓国野球の選手インタビューや現場取材の経験もある。そういったところから見聞きした話を。
韓国メディアは「意外と冷静」
試合前のキム・ギョンムン監督の言葉は熱さを感じさせる。
「日本と対戦するとなると、選手の熱さはワンランクアップする」
「必ず勝って、東京の空に太極旗をはためかせる」
いっぽうで冷静な視点もある。今回の日韓戦を控えての韓国メディアの報道はじつに静か。国内最大のポータルサイト「NAVER」に見られる記事の見出しは、こういったところだ。
「13年ぶりの野球韓日戦、今回はどんなドラマが繰り広げられるか?」(東亜日報)
「特急投手 山本の弱点 高めを狙え」(オーマイニュース)
今回の準決勝はまだまだ”序章”というところか。仮に今日日本に敗れても敗者復活トーナメントで米国に勝てば、再び決勝で日本と対戦することになる。
それだけではなく、長年韓国スポーツ紙で野球を取材してきた”大御所”チェ・ミンギュ元記者は今回のチームへの期待度をこう口にする。
「率直なところ”メダルを狙う”というところでしょう。日本戦に関して言えば相手にホームアドバンテージもあり、勝つのは難しいのではと思います。両国の野球のレベルの差は(韓国が北京五輪で金メダルを獲得した)2008年と比べると、開いています。特に最近10年ではNPBの投手の球速アップが著しく、日本の方がレベルが高いと感じます」
韓国側がカウントする「シドニー五輪以降のプロ選手が参加した代表での日本戦」の通算成績は、韓国の9勝11敗。日本が2つ勝ち越している。
国内での野球人気はどうなのか? 年俸はどれくらい貰ってる?
現在の韓国プロ野球レギュラーシーズンは、10球団による1リーグ制で実施されている。1チームの総試合数は144試合。上位5チームがプレーオフと韓国シリーズに進出する。
2021年3月にメディアに公表された10球団532選手(外国人と新人選手は除く)の平均年俸は1億2273万ウォン(約1172万円)。リーグ最高年俸は(今回の五輪代表には入っていない)元メジャーリーガーのチュ・シンス(39歳/SSG)で、27億ウォン(約2億5800万円)。2位は今回の五輪代表メンバーのヤン・ウィジ(NC)で15億ウォン(約1億4300万円)。ベスト10には5位にオ・スンファン(サムスン)の11億ウォン(約1億500万円)、10位にイ・デホの8億ウォン(7600万円)など元NPBプレーヤーも名を連ねている。
選手全体の平均年俸は、新型コロナの影響で前年比の15.1%の減少となったという。
プロスポーツのなかでの人気は、「ダントツで1位」というところ。2010年代中盤以降2019年ではリーグ全体で年間800万人前後の観客を集めており、2位で125万人前後のサッカー(Kリーグ)を寄せ付けない。
韓国では元々、プロ野球とプロサッカーの人気が「シーソー」と言われてきた。どちらかが増えると、どちらかが減る。
その”ライバル関係”は、1980年前半にまで遡る。時の大統領全斗煥が軍事独裁政権の不満を反らすために2大人気スポーツのプロ化を推進した。全斗煥大統領自身は軍隊チームでサッカーの経験があり、周囲も当然「サッカーが先」と想像した。
しかし実際には野球が1982年、サッカーが83年となった。大統領の主導で両スポーツのプロ化を進める中で、野球側が提示したスタートへの予算がサッカーの4分の1程度だったためだ。「ではお金がかからない方を先に」と、野球が優先されたのだ。また韓国では元々高校野球の人気が高く、出身地域優先のドラフトを採用することでこの熱気をプロに持ち込む点が「見えやすかった」という事情もあったとされる。
筆者自身、90年代後半に韓国サッカーを取材する中で「1年の差が後にかなり野球に有利になった」と嘆く声も度々聞いた。
しかし野球は時を経て、2008年の北京五輪優勝。この時に人気を爆発させ、それを持続させている。当時、球場外では草野球プレーヤーが増加し、球場内では女性に向けたサービスも浸透させた。「チキンとビールとともにみんなで応援」というスタイルが定着していったのだ。
人気を下支えするのが、独特の応援スタイルだ。球団が雇用する応援団長、チアリーダーが内野席で応援をリードする。サッカー派から見ると「応援文化は自然発生的に生まれるからこそ美しい」などと構えてしまうが、現場に行くとこれが楽しい。誰でも応援に加われるからだ。「とにかく結果的に楽しいかどうか」を問う。いかにも韓国的な発想だと感じる。
ちなみに日本でも多く使われる「スティックバルーン」は韓国メディア曰く「韓国発で世界に広まった応援文化」。 1994年に「バルーンスティックコリア」社のキム・チョロ社長が開発。「拍手の10倍の音が出る」という触れ込みでこの年の韓国シリーズから採用され、LGツインズが優勝したことから浸透していったという。
仮に今大会が海外からの観客を受け入れていたのなら「応援団にスティックバルーン」という応援風景が見られたはずだ。
日本野球をどう見ているか?
では、そんな韓国球界が日本のことをどう見ているのか。90年代から韓国スポーツ界を取材する中では、「大いなるリスペクト」を感じる。なかでも「守備の細やかさが違う」という声を多く聞いてきた。前出のチェ元記者もこう言う。
「イ・スンヨプが日本に行って驚いたこと…それはじつは一塁を守っていて感じる『球の速さ』だったと言います。打球が速いから内野の守備も上手い。その内野手からの送球もめちゃくちゃ速いと感じたのだと」
そんな背景もあり、2012年から18年頃まで韓国球界では「日本人コーチ」がブームのようなかたちになった。2018年には、各チーム1軍・2軍合わせて20~25人のコーチが指導にあたるなか、4チームで6人の日本人コーチが活動していた。
2015年にハンファ・イーグルスで投手コーチを務めていた西本聖氏を取材したことがある。在日コリアン出身のキム・ソングン監督から「現役時代の打者と勝負する姿勢を教えてほしい」とオファーを受けた。キャンプ時から「まるで長嶋茂雄監督時代の伊東キャンプばり」の練習をしていて驚いたという。投手に関しては「自身のストロングポイントにこだわるあまり、いかにして打者を打ち取るのかというアイデアに欠ける面があった」と話していた。西本氏はそこにあって「新しい野球を知る」という姿勢で指導に取り組んだのだという。
荒削りながらもゴリゴリのパワーを打ち出す野球。よく言われる韓国野球のイメージと一致する話でもあった。
東京五輪の日韓戦でもこういった特徴を見せてくるだろうか。韓国球界のベテラン記者チェ・ミンギュ氏は見どころをこう話す。
「イ・ジョンフ(背番号51)とカン・ベクホ(50)の二人です。韓国野球の未来を背負う2人の左バッター。イ・ジョンフは2019年のプレミア12の時、(日本の先発が予想される)山本由伸のカーブとスプリットにまったくタイミングが合わず3球三振。今回はどうなるのか、楽しみにしています。いっぽうのカン・ベクホは今大会、欲張りすぎて前がかりになるスイングが多く、気にかかるところですが…」(了)