韓国大統領選挙と「薄毛」の因果関係 なぜ話題になっているのか?
韓国大統領選挙は政策不在で、スキャンダル合戦の様子を帯びているが、そうした中、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補の「薄毛対策」、即ち薄毛治療剤に健康保険を適用する公約が内外で波紋を呼んでいる。日本でも連日、メディアで取り上げられている。
この「薄毛治療政策」は李候補が唐突に思いつき、提案したものではない。選挙対策本部にある「青年選挙対策委員会」が昨年11月から全国17の広域で若い人を対象に行った調査(約800人を対象)の結果、薄毛に健康保険の適用を求める声が多数あったことから李候補に提言したとされている。
「小さくても確実な幸せ」を選挙スローガンの目玉にしている李候補はこれにすぐに飛びつき、「李在明をポンヌンダ(「選ぶ」及び「抜く」と言う意味)?No!李在明は植えます。李在明はこれからしっかり植えます。私の頭のために!」のフレーズを考案し、自身がモデルとなって1月4日からユーチューブで流したところ大きな反響を呼んだようだ。
この突拍子もない政策に対立候補の野党第1党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソッキョル)候補は「亡国のポピュリズムだ」と批判の声を上げ、また野党第2党の安哲秀(アン・チョルス)候補も「財政上問題がある。国民の税金を投入するのではなく、医薬品の価格を下げる対策が優先されるべきである」と反論するなどまさにホットな論争を呼んでいる。
民主党の「青年脱毛非常対策委員会」のデータによると、薄毛治療剤の年間売り上げは1100億ウォン程度。30%を個人負担とし、残り70%を国が保障し、健康保険を適用すれば、年間770億ウォンの予算を計上しなければならない。しかし、李候補は健康保険支出額が年間70兆ウォンに上り、そのうちの0.1%程度なので十分に対応できるとしている。
韓国の薄毛・脱毛人口は約1000万人に及ぶと言われている。韓国の全人口は約5130万人だが、前回(2017年)の大統領選挙の投票者は約3300万人。薄毛・脱毛で悩む人の比率は全人口の5分の1,投票者の約3分の1弱である。今回の大統領選挙は僅差の戦いになることから薄毛・脱毛市場は候補者にとっては大票田でもある。
かつては薄毛や脱毛は中高年層に多かったが、韓国では最近は若者の間にも増えている。遺伝もあるが、若い人の間で就職難やコロナ禍でストレスが増加していることも原因の一つとされている。昨今では一般化されつつあることからこれまでとは違い、隠さず、カミングアウトするケースも多い。特に、李候補が薄毛治療への保健適用を公約に打ち出してからは薄毛、脱毛治療患者が急激に増えている。
健康保険審査評価院によると、2021年に脱毛の治療を受けた患者は23万4780人に上るが、このうち20~30代が計10万2812人と、44%を占めていた。最近の趨勢では、薄毛は20代の男性が最も多い。脱毛も20代の女性が多く、続いて30代の女性となっている。
業界によると薄毛、脱毛市場は約4兆ウォン規模。このうち、国内の治療薬の年間売上は約1100億ウォン。飲み薬から、塗るクスリ、さらには注射を打つなど治療法は様々だ。また、薄毛、脱毛シャンプー市場は5分の1にあたる8000億ウォンと推算されている。対象者が若年層化していることから業界では韓国サッカーのスーパースター、ソン・フンミンや女子フィ五輪金メダリスト、キム・ヨナら30代の著名人をコマーシャルに使っている。
李候補陣営では予想外の反響を呼んでいることから大韓国毛髪協会と韓国医学バイオ記者協会と共催し、近々「脱毛患者増加、このままで大丈夫か」との演題で国会討論会を計画し、ユーチューブで生中継するようだ。
ちなみに、韓国では薄毛を「テモリ」と呼んでいる。軍事クーデターで1980年に政権の座についた全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領(昨年12月に死去)は「テモリ」だったことから当時、表現の自由、言論の自由を奪われ、自由にものが言えなかった韓国の庶民は全斗煥氏を「大統領」とは呼ばず、「テモリ」と呼んで憂さ晴らししていた。