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初優勝目前レスターの「隠れたヒーロー」岡崎慎司 英メディアが絶賛する理由とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
ニューカッスル戦でオーバーヘッドを決める岡崎選手(写真:ロイター/アフロ)

開幕日のオッズは5000/1

サッカーのイングランド・プレミアリーグの首位を走るダークホースのレスター・シティ。5月1日、アウェーのオールド・トラフォードで今季6位のマンチェスター・ユナイテッド戦に勝てば2試合を残して初優勝が決まります。

レスターが勝つと勝ち点が10ポイント開き、2位のトットナムは残り3試合に全勝しても追いつくことができません。レスターが引き分けたり、負けたりした場合、2日に行われるトットナムのチェルシー戦の結果に委ねられます。

2015年夏に日本代表ストライカー、岡崎慎司選手が移籍金700万ポンド(約10億8700万円)でドイツのマインツから移ってくるまで、日本のサッカーファンでも前季プレミア14位のレスターを知っていた人がどれぐらいいたでしょうか。

今季の開幕日、英国の賭け屋Ladbrokesはレスターが優勝する払戻金を約5千倍にしました。100円賭けていたら、今頃50万円を手にできていたかもしれないということです。

プレミアリーグが1992年に発足してから優勝杯を手にしたクラブはマンU13回、チェルシー4回、アーセナル3回、マンチェスター・シティ2回(初優勝は2011-12)の「ビッグ4」以外は94-95年のブラックバーン・ローバーズ(現2部チャンピオンシップ)だけなのです。

とにかくお金がないと世界中から良い監督、良い選手を集められず、競争が厳しいプレミアリーグを勝ち抜くことはできないと言われてきました。

選手の報酬総額はリーグ17位

出典:TOTAL SPORTEKデータをもとに筆者作成
出典:TOTAL SPORTEKデータをもとに筆者作成

選手の報酬総額をクラブごとに見てみましょう。スポーツサイト「TOTAL SPORTEK」が英新聞などから拾ったデータをもとにグラフをつくってみました。プレミアリーグ1の金満クラブはチェルシーで2億1560万ポンド(約335億円)。2位はマンUの2億300万ポンド(約315億4200万円)。レスターは20クラブ中17位の4820万ポンド(約74億8900万円)です。

レスター快進撃の理由は今季から指揮をとるラニエリ監督(イタリア)にあるのは間違いないでしょう。バレンシア、チェルシー、パルマ、ユベントス、インテル、ASモナコと欧州の名門クラブを渡り歩いてきた名将にはまだ1部リーグでの優勝経験がありません。今回、レスターが優勝すればラニエリ監督にとっても初の1部リーグ優勝となります。

出典:whoscored.comなどから筆者作成
出典:whoscored.comなどから筆者作成

世界は、スペイン・FCバルセロナのパスで華麗につなぐポゼション・サッカーが主流です。ボールの保有率が高い方が、失点のリスクが減り、得点の確率が増えるという考え方です。これに対して、whoscored.comCIES Football Observatoryによると、レスターのポゼションは44.8%で20クラブ中18位。対戦相手マンUは58.8%でリーグ1位です。パス成功率もレスターが71.1%で17位、マンUは85.1%でやはり1位です。

逆にレスターのロングボール率は6.9%でリーグ1位、マンUは3.3%で13位です。統計上レスターがリーグ上位を占めるのは相手ボールを奪うインターセプトの回数で、1試合19.6回で2位。マンUは17.9回で4位。タックルの回数はレスターが1試合20.8回で5位、マンUは19.4回で12位。空中戦で勝つ回数はレスターが19回で4位、マンUが12.6回で20位です。

レスターは華麗なポゼション・サッカーとは無縁の泥臭い全員サッカーに徹しています。

25メートル四方のゾーン・プレス

ボールタッチの回数を競うなら、やはり報酬の高いクラブの選手の方がテクニックに優れています。「カテナチオ(閂という意味のイタリア語)」の伝統を誇るイタリアサッカーの中で、ラニエリ監督は、アリゴ・サッキ監督の「ゾーン・プレス」をベースにしたカウンター攻撃を戦法にしています。

25メートル四方のコンパクトなゾーンを4-4-2のフォーメーションで守り、サイドバックがプレスをかけ、プレミア1のコンビと言われるMFのカンテ(フランス)とドリンクウォーター(イングランド)がボールをインターセプトします。

それをFWバーディー(イングランド)と、テクニシャンのマフレズ(アルジェリア)につなぎます。GKシュマイケル(デンマーク)やDFも正確なロングボールを最前線に放り込みます。

「1時間に1千マイル走る男」と形容される韋駄天バーディーは11試合連続ゴールというプレミアの新記録を達成し、22ゴール(リーグ3位)、6アシストの大活躍。バーディーのスピードはプレミア1で、アッという間に加速して相手DFの裏に抜けます。

5年前、7部のクラブからスタートしたバーディーの週給はわずか30ポンド(約4660円)。サッカーだけでは食えないので、工場のパートタイマーとして働いていました。地方クラブから実力でのし上がってきたバーディーに英国中のサポーターが声援を送っています。しかしバーディーはウェスト・ハム戦で退場処分となり、マンU戦には出場できません。

かつてレスターでプレーしたW杯メキシコ大会得点王リネカーも応援しています。

彗星の如く現れた天才マフレズ(アルジェリア)は巧みなドリブルで相手DFを縦横無尽に切り裂き、17ゴール、11アシストでイングランドのPFA年間最優秀選手賞に選ばれました。

「あくなきハードワーカー」岡崎

岡崎選手は26試合1900分出場で5ゴールです。岡崎選手はニューカッスル戦で見事なオーバーヘッドを決めるなど、これまで自らのゴールで勝点7に貢献しています。数字で見る以上に岡崎選手の存在感は強く、普段は辛辣な英国メディアも「あくなきハードワーカー」「エナジー」「スタミナ」「チームへの貢献を第一にする選手」と称賛の声を惜しみません。

パス成功率もそれほど高くなく、シュートを打ったり、ドリブルしたりする場面もバーディーやマフレズに比べると少ないですが、2人の得点チャンスを増やすインテリジェンスな走りと守りへの貢献、ロングボールへの対応などで高く評価されています。

ラニエリ監督は前季13ゴールを決めている大型FWウジョアをスタメンから外して岡崎選手を起用することが多いのは、運動量の多い岡崎選手のプレースタイルが今のレスターに完全にフィットしているからです。

「隠れたヒーロー」がしっかりプレーしているからこそ、バーディーとマフレズはゴールを量産できるのです。全員が力を合わせなければレスターは勝てません。もっと得点できた方が本人は満足できたのかもしれませんが、英国サポーターの心を鷲掴みにする岡崎選手のプレーがレスターの奇跡を支えています。悲願のレスター初優勝はもう目の前まで近づいています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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