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OISTは、「ハウルの動く城」であり「アリスの不思議の国」なのかも?

鈴木崇弘政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー
OISTはノーベル賞受賞がでて日本全体の知の一大拠点となった 写真:OIST提供

 筆者は現在、沖縄科学技術大学院大学(OIST)にあるレジデンスに滞在しながら、研究活動をしている(注1)。

 OISTは、高い研究水準および、その兼任教授が最近ノーベル医学生理学賞を受賞したこと等で(それらについては、また別に論じていきたい)、国内外の注目が高まっている。だが、OISTのユニークさは、それだけではない。

映像:OIST提供  (注)「設定」変更で日本語字幕を付与可能

映像:OIST提供  (注)「設定」変更で日本語字幕を付与可能

「ハウルの動く城」のような動きを感じさせる建物群

 筆者が、OISTにはじめて到着したときに、そのキャンパスをみてまず思い浮かんだのが、原生林のような森の谷に立つ「ハウルの動く城」だった。

 ご存じのように、アニメ映画「ハウルの動く城」は、ジブリがイギリスの作家ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジー小説『魔法使いハウルと火の悪魔』を元に、2004年に作成したもので、呪いで老婆にされた少女ソフィーおよび魔法使いハウルの奇妙な共同生活を描いている。それに登場する「ハウルの動く城」は、奇妙な形をしており、生き物のように四足歩行して移動する魔法使いハウルの住居だ。

ハウルの動く城 画像:ジブリHP(画像は常識の範囲で自由使用を許可)
ハウルの動く城 画像:ジブリHP(画像は常識の範囲で自由使用を許可)

OISTのLab棟など 写真:OIST提供
OISTのLab棟など 写真:OIST提供

 OISTの本部棟や研究棟は正に、この「ハウルの動く城」の雰囲気で、今にも動き出してもおかしくない様相を呈している。それは、みるものの視覚や感覚を刺激し、そこには何かエキサイティングで、これまで知らなかったものや新しいものがあるのではないかというイメージを与える。

 そのルックスと雰囲気を呈する建物群(ビル群)が、原生林を活かし保持されている森の中に、密かにかつ厳粛に建っている感じだ。そして、その逆の方向をみれば、紺碧の海が、沖縄の光のもとに、コントラスト的に輝いている。

 OISTのキャンパスの建物群は、もともとあった自然のランドスケープを活かし、それにCO2低減設備を含めた環境建築(注2)を融合させたものであると共に、さらに沖縄伝統である「大きく長いひさし」を用いて、日射の侵入を防ぎながらも、自然光を取り入れ、現地の伝統を活かして沖縄の自然環境に対応できる仕組みも取り入れているのだ。

 このことからもわかるように、OISTのキャンパスは、単に人目を引くだけではなく、その外観的においてもさまざまな工夫と知恵が活かされてつくられているのだ。

 そして、OISTのキャンパスは、このように正に自然と人工的な不思議なオブジェとのセレンディピティ的な(注3)組み合わせのなかにある存在なのだ。

さまざまな創意工夫が施された建築群や内部

 OISTのキャンパスのユニークさは、そのキャンパスはその建物群の外観だけではない。実は、その各建物(ビル)の内部やそのレイアウトにもさまざまな工夫がなされている。

 筆者は今は、OISTで活動をはじめてから少し経ったので、キャンパスにあるビル群やその内部のレイアウトをある程度理解できるようになってきているが、到着当初から少しの間は、非常に混乱し、十分には理解できなかった。ある幹部は、「OISTに着任して、半年ぐらいよくわからなかった」と告白されていた。

 そうなのだ。OISTにある建物群は、上述したように森のある谷間の地形を活かして建てられているのであるので、建物相互が、空中や地上・地下(谷の傾斜を活用して建物が建っているので、上下の空間関係がわかりにくいのだ)で複雑につながっている。このために、OISTでは、建物の階の表記は、「1、2、3…」の数字でなく、「A、B、C…」を用いている。このことが、建物の位置における上下の関係性やビル内の施設の配置などをジズソーパズルのように感じさせ、わかりにくい一面、思考を刺激するような感じがする。

OISTのキャンパス全景 キャンパスの山側とは反対の方向には紺碧の海が広がっている 写真:OIST提供
OISTのキャンパス全景 キャンパスの山側とは反対の方向には紺碧の海が広がっている 写真:OIST提供

 そして、OISTの建物内のレイアウトや施設等も、非常にユニークだ。

 まず、外部から来学すると、正面受付の脇を通り、「トンネルギャラリー」という空間を通り抜けていくことになる。

 そこは、OISTで行われている様々な研究活動が、動画(音声付き)やパネルで紹介されており、最先端の科学研究や教育が行われている異空間に誘う知の回廊となっているのだ。

 筆者は、その場を歩いていると、放送当時評判になったTVドラマ「タイム・トンネル」をいつも思い出す。同ドラマは、タイムマシーンである「タイム・トンネル」を通っていくと、主人公が過去や未来の時空を超えて訪れ、いろいろな出来事にでくわす様を描いている。その様は、外界と最先端の研究空間(つまり、ある意味で「未来」を先駆けしている場所)であるOISTを繋ぐ「トンネルギャラリー」の様相と重なっているように感じる。

ギャラリートンネル 写真:OIST提供
ギャラリートンネル 写真:OIST提供

「不思議な国のアリス」を髣髴とさせる内部レイアウトなど

 そうして、OISTのセンター棟や研究棟などに、入っていくことになる(いや、むしろ「秘密基地」に潜入するという感じかもしれない)。

 建物内も、建物毎に機能、雰囲気や色彩なども、全体的にはそれなりの統一感はありながらも、その内装は画一的でない。

 建物内部を散策するとわかるのだが、建物自体がカーブを描いていることにも関係するのだが、内部もカーブしており、全体を見渡すことができない。その代わり、そしてそのようなカーブがあるがゆえに、廊下を歩いていると景色は絶えず変化して、まるで街歩きをしているような感じなのだ。廊下の両脇には、クラスルーム、ミーティ―ングルーム、執務スペース、研究室、実験ルーム、コミュニケーションスペースなどが配置されている。

 しかも、それらの各々は、個々に異なる大きさや形状で、そのこと自体も知覚を快く刺激してくれる感じだ。これはつまり、そこを歩く者が、正にルイス・キャロルの児童小説を原作にしてウォルト・ディズニー・プロダクションが1951年に制作したアメリカのミュージカル・ファンタジー・コメディ・アニメーション映画『ふしぎの国のアリス』(原題:Alice in Wonderland)の中の、主人公アリスになったような気分を十分に味わうような感じなのだ。

カーブした室内の様子 写真:筆者撮影
カーブした室内の様子 写真:筆者撮影

 OISTを訪問してくれたある知り合いは、「OISTの建物内は、一見雑然と陳列された陳列の店舗を展開するカルディ(kaldi)コーヒーファームの雰囲気にも似ている」と発言していた。

 OISTの建物の内部は、整然としているというより、一見すると多くの異なるピースが並存している感じで、どちらかというと雑然とした感じだ。ただ、色彩は、ブラウン、緑、オレンジなどがある意味統一的に使われていて、内部全体は、落ち着いた感じだ。それらの色合いの選定は、精神をクールダウンさせる、集中力を高める、仲間意識の醸成、創造性や効率性の向上など、研究・教育機関の機能を向上させるための心理的配慮がなされているのだそうだ。

 また、OISTの内部は、美術館のように作品や物に注意が集中しないように、色の意識が向かう配慮もされているのだそうだ。

 上記のこととも関係するのだが、このようにして、建物内部は、さまざまなシーンや手法・行動の転換を行える空間であり、多様な形で多種多様な人々が、時にフォーマルに、時にインフォーマルに交流し刺激し、アイデアや情報が相互にかつ多様に交換され、化学反応が起きるような知的な創造の空間や場が、内部のいたるところにセットされているのだ。

 この意味では、OISTは、欧米から来た研究者などは、「これまでいたところと同じだ」という方もいるが、日本の大学や研究所・組織とはかなりイメージが違うのだ(注4)。

上2写真とも室内の交流エリアの例。さまざまな交流のためのエリアや空間がある 写真:共に筆者撮影
上2写真とも室内の交流エリアの例。さまざまな交流のためのエリアや空間がある 写真:共に筆者撮影

独立空間としての存在 

 大学は、英語で「university」であるが、その言葉は、一つの街・都市や宇宙(独立空間)のような意味合いがあるといわれることもある。

 OISTは、沖縄県恩納村のある意味孤立したような場にあり、そこに研究・教育の機関や施設ばかりでなく、エクササイズジム、コンビニ、コインランドリー、子供の保育・養育センター、さらに学生・教職員等のレジデンスもあり、ある意味一つの「独立し循環する生活街」が体現している。

 海外の大学などでは、このような大学を中心とした「街」が形成されていることはよくあることだが、日本でこれほどまでに「自己完結された空間」として大学が存在している例はあまりないのではないかと思われる。

さいごに

 OISTは、その教育や研究の水準や画期的さに注目が集まりがちだ。もちろんそれは重要なのだが、本記事で紹介したように、それらを実現するために生み出されている環境、空間、インフラなどにももっと注目すべきであると思う。

 またOISTのそれらに関する知見やノウハウおよびそのために実践された試みの経験などは、日本のさまざまな組織や企業および社会にも必ず役立つものであるといえるのではないかと思う。

(注1)今回このように機会を提供していただいた、ピーター・グルース学長をはじめとしてOSITおよびその教職員の皆さん方には感謝申し上げたい。

(注2)OISTのキャンパスの建築群において、環境建築としては、「環境配慮、省エネ、高フレキシビリティー(柔軟性)」を高い次元で融合されることを目指したそうだ。具体的には、もともとあった地形や自然環境を活かしたビルの形状と建築、手つかずの動植物の環境保持のために山にトンネル(トンネルギャラリー部)を掘削し外部とキャンパスの建築群を接合、屋上緑化および交流促進の屋外イベント広場であるセンター庭園などがその象徴的存在といえるだろう。

(注3)セレンディピティとは、「偶然の出来事から、大切なことや本質的なことを学びとること、あるいはその能力。18世紀の英国人作家ホレス・ウォルポールがスリランカの童話『セレンディップの3人の王子たち』をもとに作った造語とされる。細菌実験中のくしゃみをきっかけに抗生物質のペニシリンが発見され、実用化されたことなどが典型的な例としてあげられる。ビジネスや科学の分野においては新しい商品や価値などを生む力として注目されており、偶然の中から単なる幸運によって価値あるものを見出すのではなく、基礎となる知識や柔軟性、行動力などのさまざまな能力や性質が総合的に備わっていることが重要である、という文脈で言及されることが多い。(2020-2-18)」(出典:知恵蔵mini(朝日新聞出版))

(注4)近年は、日本でも、働き方改革やDX・ICT化などから、企業のオフィスなどでも、以前は考えられないような、遊びや柔軟さが活かされた空間がつくられたりもしてきていることも記しておきたい。

政策研究アーティスト、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。新医療領域実装研究会理事等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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